〈完結〉ここは私のお家です。出て行くのはそちらでしょう。

江戸川ばた散歩

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 そして父はそんな妻の様子を幾日か見ていましたが、その間娘のことに気付けなかった様です。
 まあ仕方がないでしょう。
 アリシアはそもそも遊び歩く傾向があったし、使用人自体がそう思っていましたから。
 だから父に報告する者が居なかったのです。
 そんなアリシアですが。
 ともかく最初はひたすらがんがんと扉を叩いていた様でした。
 ですが、隠し扉です。
 そもそも内部の音は漏れない様に作ってあるのです。
 私に対する怨嗟の言葉を百くらいのバリエーションつぶやいた後、何とか他に出る方法がないか、と彼女は彼女なりに考えた様です。
 天窓はどうか。
 缶入りショートブレッドの入った木箱、ワイン入った木箱、そういうものを積み重ねて、何とか上に行こうとしてもみたようです。
 ただし、何度か落ちてます。
 仕方ないでしょう。
 箱の大きさが違うのですから。
 そして何とか天窓の大きさがはっきり判るあたりで、彼女は愕然としました。
 ちょっと見には出られそうに見えるのです。
 ですが、近づくと判ります。
 子供ならともかく、既に育った彼女の身体ではガラスを割ったとしても通ることはできません。
 絶望したら、お腹が空いてきた様です。
 わめきながら、木箱の中身を見ました。
 缶入りショートブレッドや、瓶入りの水。
 さてここで彼女は困りました。
 どうやって開ければいいんだ、と。
 八年経っている缶は、私にしてもそう簡単には開けることができませんので、釘を刺すのです。
 中身はともかく、蓋のふち周辺にサビが出たりして、ただでさえきつい缶が、更にきつくなっています。
 要は、間に空気を入れればいいのですが、勉強を何かと私に押しつけてきた彼女にその根本的な意味がわかるでしょうか?
 まあ判ったとしたならば、彼女はそこで自分が何も持っていないことに失望するべきです。
 たとえば銀貨の一つでもあれば、時間をかけて缶を押し曲げたり何だりして、開けることができるかもしれません。
 おそらく彼女もそれに気付いたのでしょう。

「何であの財布持ってないのよあたし!」

 あの財布、というのは彼女が小銭入れにしていたものです。
 後であの時の少年に聞いたのですが、彼女は何かあるとあんな風に銀貨や銅貨を投げて、すぐにおしまいにしようとしていた、とのことでした。
 皆お金は必要です。
 そして、今の彼女には、お金ではなく、あの形をした金属が必要でした。
 ですがそれもありません。
 彼女は床にガンガン! と缶をぶつけます。
 その音がもしかしたら、厨房にも響いているかもしれません。
 ですが、厨房は大概いつもごった返していて、人の声が響いていて。
 その騒音の一つに過ぎないと思われるでしょう。
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