8 / 26
第8話 「不可解なリボン」なリボンの作成
しおりを挟む
「楽しみなのよ」
と実に嬉しそうに、サエナは言った。
冬休みも過ぎ、生徒会も軌道に乗り、女子ではこの学校初の生徒会長の彼女は、あまり美術準備室には来なくなった。
時間が無いのだ。前も忙しそうだったが、今はそれに輪を掛けて忙しそうだ。
だから、だろうか。今までよりも来る時には疲れているようにも見えた。
いつものように起こしてね、と言われても、声をかけるのをためらいたくなる程、彼女の眠りは心地よさそうだった。
冬のこの美術準備室なんて、大して暖かくはない。昼間の日射しの温もりの残りだけが降り積もっただけの場所が決して眠るには心地よいとは思えないのに。
何故そこまでして忙しくするのか、ワタシには未だに理解できない。
もちろんワタシだって、本気で絵の仕上げにかかった時には、それこそ寝食忘れて取り組むこともある訳だから、忙しくすること自体には決して文句はつけない。
ただ、サエナのそれはいつも、何かに追われているかのように見えるのだ。
さりげなく指摘すると、そんなことないわよ、と彼女は言う。
だが、見えるのだ。ここからは。
彼女はそれに気付いているのかどうか知らないが、この美術準備室からは、生徒会室が。
ワタシはその姿を、父親譲りの良い目で眺めながら、鉛筆を走らす。
南向きの窓のカーテンは時々閉められるが、ワタシの居る窓に面した北向きはそのようなことはない。いつでも全開で、ワタシは忙しく立ち働く彼女の姿を見ることができる。
今の時期は、卒業生の送別会の関係だろう。入れ替わり立ち替わり、様々な部の代表や、有志が、当日の講堂の出演許可を取りに、生徒会室にやって来る。
元々この学校は、こういうお祭りに関しては、無茶苦茶積極的という訳でもないが、「恒例」のものとして、それなりに参加者は居る。
劇的な盛り上がりは無いにせよ、おおむね危なげなく仕切れば成功する、と美術部の先輩達も言っていた。
美術部が卒業生に送るのは、講堂から正門まで続く、「不可解なリボン」だった。
まあ基本的には花道の類であるのだが、その時に、全校生徒が卒業生を送り出す時に、そのリボンを持つのだ。
ただ、そのリボンに花でもついていれば実に古典的な花道になるのだが、―――そこは美術部。毎年毎年、卒業生をどう驚かせるか、が伝統的テーマなのである。
ワタシ個人としては、芸大や美大に受かった先輩達には、それなりに敬意を表したい気分ではあるので、いつもより真面目にその作業に取り組んでいた。
ただ、皆一緒にやる、というのはこの部の気質とは違うので、皆それぞれ与えられたノルマの長さで、好きな飾り付けをする。
そこに空き缶をつけようが、もっとゴージャスなリボンを花のようにつけようが、小さな金属片を並べて音を立てるようにするのも、全くの自由なのである。
なので、ワタシもここ数日というもの、その作業にかかりきっていた。
ノルマの長さは、3メートルを2本。普段人がいないように見える美術部も、一年二年足すと、三十人を少し越すくらい居るので、一人あたり3メートルでも、全員のぶんを足すと、100メートルくらいになるのだ。それが道の両側、ということで2本。
まあそう口にすれば結構簡単に思えるかもしれないが、結構ワタシは苦労していた。構想ではない。単純に手作業として、である。
「リボン」の土台は、本物のリボンだった。それも光を受けると柔らかく光る、薔薇色のサテン。
ワタシはゼムクリップをひたすらそこにつけていた。
全部で十箱くらいだろうか、ゼムクリップを買ってきて、その一つ一つを、ペンチで色々な形に曲げる。
初等部の時には、色のついたクリップをハート型に曲げたりすることもしたが、とりあえずそれだけではすまないだろう。
それでいて一つづつそのリボンの土台につけていくんだが、リボンを裂いてしまうようなことがあっては仕方ない……
できればそれを何連かにして、下の方でつなげれば、それこそ美術館に入っている宝石の首飾りのような感じに見え――― ないかなあ、と思っていたりする訳だ。
ゼムクリップは、つなげただけで、遠目で見れば銀の鎖のように見えなくもない。
―――と構想だけはあるのだが、その手作業自体が思った以上に手間取るものだったのが、誤算だったのだ……
そして気がつくと、外は真っ暗になっていたりする。
冬至や立春も過ぎて、確かに陽もこれからだんだん長くなるのだろうが、それでもまだ暗くなるのは早い。
じゃら、と音を立てるワタシのリボンを机の上に置くと、さすがに帰ろうか、とワタシは窓際から立ち上がり、制服のほこりを払った。
と、その時扉が開く音がした。愛しの生徒会長どのは、カバンと手提げとコートを持っている。なるほど仕事は終わったのか。
「何あんた、さすがに今日はもう来ないと思ってたけど」
「やっと空いたの。でもヤナセ、もう帰るの?」
「まあね。さすがにちとばかり疲れた」
そう言って、ワタシはややわざとらしく伸びなどしてみせる。するとサエナは机に置かれたリボンをつまみ上げて、実に適切な批評をする。
「あなた向きじゃあないわよ、そんな細かい仕事」
「うるさいね」
ふふん、と笑ってサエナはしゃらん、と音をさせてそれを再び机の上に下ろした。
「帰りましょ。それにちょっと今日は寄って行きたいとこがあるの。だからそこに寄って、その後クレープでも食べましょ」
妙に上機嫌だ。そうだね、と言ってワタシもまた、椅子に掛けたコートを取った。
と実に嬉しそうに、サエナは言った。
冬休みも過ぎ、生徒会も軌道に乗り、女子ではこの学校初の生徒会長の彼女は、あまり美術準備室には来なくなった。
時間が無いのだ。前も忙しそうだったが、今はそれに輪を掛けて忙しそうだ。
だから、だろうか。今までよりも来る時には疲れているようにも見えた。
いつものように起こしてね、と言われても、声をかけるのをためらいたくなる程、彼女の眠りは心地よさそうだった。
冬のこの美術準備室なんて、大して暖かくはない。昼間の日射しの温もりの残りだけが降り積もっただけの場所が決して眠るには心地よいとは思えないのに。
何故そこまでして忙しくするのか、ワタシには未だに理解できない。
もちろんワタシだって、本気で絵の仕上げにかかった時には、それこそ寝食忘れて取り組むこともある訳だから、忙しくすること自体には決して文句はつけない。
ただ、サエナのそれはいつも、何かに追われているかのように見えるのだ。
さりげなく指摘すると、そんなことないわよ、と彼女は言う。
だが、見えるのだ。ここからは。
彼女はそれに気付いているのかどうか知らないが、この美術準備室からは、生徒会室が。
ワタシはその姿を、父親譲りの良い目で眺めながら、鉛筆を走らす。
南向きの窓のカーテンは時々閉められるが、ワタシの居る窓に面した北向きはそのようなことはない。いつでも全開で、ワタシは忙しく立ち働く彼女の姿を見ることができる。
今の時期は、卒業生の送別会の関係だろう。入れ替わり立ち替わり、様々な部の代表や、有志が、当日の講堂の出演許可を取りに、生徒会室にやって来る。
元々この学校は、こういうお祭りに関しては、無茶苦茶積極的という訳でもないが、「恒例」のものとして、それなりに参加者は居る。
劇的な盛り上がりは無いにせよ、おおむね危なげなく仕切れば成功する、と美術部の先輩達も言っていた。
美術部が卒業生に送るのは、講堂から正門まで続く、「不可解なリボン」だった。
まあ基本的には花道の類であるのだが、その時に、全校生徒が卒業生を送り出す時に、そのリボンを持つのだ。
ただ、そのリボンに花でもついていれば実に古典的な花道になるのだが、―――そこは美術部。毎年毎年、卒業生をどう驚かせるか、が伝統的テーマなのである。
ワタシ個人としては、芸大や美大に受かった先輩達には、それなりに敬意を表したい気分ではあるので、いつもより真面目にその作業に取り組んでいた。
ただ、皆一緒にやる、というのはこの部の気質とは違うので、皆それぞれ与えられたノルマの長さで、好きな飾り付けをする。
そこに空き缶をつけようが、もっとゴージャスなリボンを花のようにつけようが、小さな金属片を並べて音を立てるようにするのも、全くの自由なのである。
なので、ワタシもここ数日というもの、その作業にかかりきっていた。
ノルマの長さは、3メートルを2本。普段人がいないように見える美術部も、一年二年足すと、三十人を少し越すくらい居るので、一人あたり3メートルでも、全員のぶんを足すと、100メートルくらいになるのだ。それが道の両側、ということで2本。
まあそう口にすれば結構簡単に思えるかもしれないが、結構ワタシは苦労していた。構想ではない。単純に手作業として、である。
「リボン」の土台は、本物のリボンだった。それも光を受けると柔らかく光る、薔薇色のサテン。
ワタシはゼムクリップをひたすらそこにつけていた。
全部で十箱くらいだろうか、ゼムクリップを買ってきて、その一つ一つを、ペンチで色々な形に曲げる。
初等部の時には、色のついたクリップをハート型に曲げたりすることもしたが、とりあえずそれだけではすまないだろう。
それでいて一つづつそのリボンの土台につけていくんだが、リボンを裂いてしまうようなことがあっては仕方ない……
できればそれを何連かにして、下の方でつなげれば、それこそ美術館に入っている宝石の首飾りのような感じに見え――― ないかなあ、と思っていたりする訳だ。
ゼムクリップは、つなげただけで、遠目で見れば銀の鎖のように見えなくもない。
―――と構想だけはあるのだが、その手作業自体が思った以上に手間取るものだったのが、誤算だったのだ……
そして気がつくと、外は真っ暗になっていたりする。
冬至や立春も過ぎて、確かに陽もこれからだんだん長くなるのだろうが、それでもまだ暗くなるのは早い。
じゃら、と音を立てるワタシのリボンを机の上に置くと、さすがに帰ろうか、とワタシは窓際から立ち上がり、制服のほこりを払った。
と、その時扉が開く音がした。愛しの生徒会長どのは、カバンと手提げとコートを持っている。なるほど仕事は終わったのか。
「何あんた、さすがに今日はもう来ないと思ってたけど」
「やっと空いたの。でもヤナセ、もう帰るの?」
「まあね。さすがにちとばかり疲れた」
そう言って、ワタシはややわざとらしく伸びなどしてみせる。するとサエナは机に置かれたリボンをつまみ上げて、実に適切な批評をする。
「あなた向きじゃあないわよ、そんな細かい仕事」
「うるさいね」
ふふん、と笑ってサエナはしゃらん、と音をさせてそれを再び机の上に下ろした。
「帰りましょ。それにちょっと今日は寄って行きたいとこがあるの。だからそこに寄って、その後クレープでも食べましょ」
妙に上機嫌だ。そうだね、と言ってワタシもまた、椅子に掛けたコートを取った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
「風を切る打球」
ログ
青春
石井翔太は、田舎町の中学校に通う普通の少年。しかし、翔太には大きな夢があった。それは、甲子園でプレイすること。翔太は地元の野球チーム「風切りタイガース」に所属しているが、チームは弱小で、甲子園出場の夢は遠いものと思われていた。
ある日、新しいコーチがチームにやってきた。彼の名は佐藤先生。彼はかつてプロ野球選手として活躍していたが、怪我のために引退していた。佐藤先生は翔太の持つポテンシャルを見抜き、彼を特訓することに。日々の厳しい練習の中で、翔太は自分の限界を超えて成長していく。
夏の大会が近づき、風切りタイガースは予選を勝ち進む。そして、ついに甲子園の舞台に立つこととなった。翔太はチームを背負い、甲子園での勝利を目指す。
この物語は、夢を追い続ける少年の成長と、彼を支える仲間たちの絆を描いています。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる