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第8話 「不可解なリボン」なリボンの作成

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「楽しみなのよ」

と実に嬉しそうに、サエナは言った。

 冬休みも過ぎ、生徒会も軌道に乗り、女子ではこの学校初の生徒会長の彼女は、あまり美術準備室には来なくなった。
 時間が無いのだ。前も忙しそうだったが、今はそれに輪を掛けて忙しそうだ。
 だから、だろうか。今までよりも来る時には疲れているようにも見えた。
 いつものように起こしてね、と言われても、声をかけるのをためらいたくなる程、彼女の眠りは心地よさそうだった。
 冬のこの美術準備室なんて、大して暖かくはない。昼間の日射しの温もりの残りだけが降り積もっただけの場所が決して眠るには心地よいとは思えないのに。
 何故そこまでして忙しくするのか、ワタシには未だに理解できない。
 もちろんワタシだって、本気で絵の仕上げにかかった時には、それこそ寝食忘れて取り組むこともある訳だから、忙しくすること自体には決して文句はつけない。
 ただ、サエナのそれはいつも、何かに追われているかのように見えるのだ。
 さりげなく指摘すると、そんなことないわよ、と彼女は言う。
 だが、見えるのだ。ここからは。
 彼女はそれに気付いているのかどうか知らないが、この美術準備室からは、生徒会室が。
 ワタシはその姿を、父親譲りの良い目で眺めながら、鉛筆を走らす。
 南向きの窓のカーテンは時々閉められるが、ワタシの居る窓に面した北向きはそのようなことはない。いつでも全開で、ワタシは忙しく立ち働く彼女の姿を見ることができる。
 今の時期は、卒業生の送別会の関係だろう。入れ替わり立ち替わり、様々な部の代表や、有志が、当日の講堂の出演許可を取りに、生徒会室にやって来る。
 元々この学校は、こういうお祭りに関しては、無茶苦茶積極的という訳でもないが、「恒例」のものとして、それなりに参加者は居る。
 劇的な盛り上がりは無いにせよ、おおむね危なげなく仕切れば成功する、と美術部の先輩達も言っていた。

 美術部が卒業生に送るのは、講堂から正門まで続く、「不可解なリボン」だった。

 まあ基本的には花道の類であるのだが、その時に、全校生徒が卒業生を送り出す時に、そのリボンを持つのだ。
 ただ、そのリボンに花でもついていれば実に古典的な花道になるのだが、―――そこは美術部。毎年毎年、卒業生をどう驚かせるか、が伝統的テーマなのである。
 ワタシ個人としては、芸大や美大に受かった先輩達には、それなりに敬意を表したい気分ではあるので、いつもより真面目にその作業に取り組んでいた。
 ただ、皆一緒にやる、というのはこの部の気質とは違うので、皆それぞれ与えられたノルマの長さで、好きな飾り付けをする。
 そこに空き缶をつけようが、もっとゴージャスなリボンを花のようにつけようが、小さな金属片を並べて音を立てるようにするのも、全くの自由なのである。
 なので、ワタシもここ数日というもの、その作業にかかりきっていた。
 ノルマの長さは、3メートルを2本。普段人がいないように見える美術部も、一年二年足すと、三十人を少し越すくらい居るので、一人あたり3メートルでも、全員のぶんを足すと、100メートルくらいになるのだ。それが道の両側、ということで2本。
 まあそう口にすれば結構簡単に思えるかもしれないが、結構ワタシは苦労していた。構想ではない。単純に手作業として、である。
 「リボン」の土台は、本物のリボンだった。それも光を受けると柔らかく光る、薔薇色のサテン。
 ワタシはゼムクリップをひたすらそこにつけていた。
 全部で十箱くらいだろうか、ゼムクリップを買ってきて、その一つ一つを、ペンチで色々な形に曲げる。
 初等部の時には、色のついたクリップをハート型に曲げたりすることもしたが、とりあえずそれだけではすまないだろう。
 それでいて一つづつそのリボンの土台につけていくんだが、リボンを裂いてしまうようなことがあっては仕方ない…… 
 できればそれを何連かにして、下の方でつなげれば、それこそ美術館に入っている宝石の首飾りのような感じに見え――― ないかなあ、と思っていたりする訳だ。
 ゼムクリップは、つなげただけで、遠目で見れば銀の鎖のように見えなくもない。
 ―――と構想だけはあるのだが、その手作業自体が思った以上に手間取るものだったのが、誤算だったのだ……
 そして気がつくと、外は真っ暗になっていたりする。
 冬至や立春も過ぎて、確かに陽もこれからだんだん長くなるのだろうが、それでもまだ暗くなるのは早い。
 じゃら、と音を立てるワタシのリボンを机の上に置くと、さすがに帰ろうか、とワタシは窓際から立ち上がり、制服のほこりを払った。
 と、その時扉が開く音がした。愛しの生徒会長どのは、カバンと手提げとコートを持っている。なるほど仕事は終わったのか。

「何あんた、さすがに今日はもう来ないと思ってたけど」
「やっと空いたの。でもヤナセ、もう帰るの?」
「まあね。さすがにちとばかり疲れた」

 そう言って、ワタシはややわざとらしく伸びなどしてみせる。するとサエナは机に置かれたリボンをつまみ上げて、実に適切な批評をする。

「あなた向きじゃあないわよ、そんな細かい仕事」
「うるさいね」

 ふふん、と笑ってサエナはしゃらん、と音をさせてそれを再び机の上に下ろした。

「帰りましょ。それにちょっと今日は寄って行きたいとこがあるの。だからそこに寄って、その後クレープでも食べましょ」

 妙に上機嫌だ。そうだね、と言ってワタシもまた、椅子に掛けたコートを取った。
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