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第7話 だからそういうことかいっ!起
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むずむずむず。
う… わっ。何だ一体。
何かが僕の鼻をくすぐっている。
「くふくふくふっ」
しかもこんな不気味な音まで漏らしている…
耐えきれず、うっすらと目を開ける。すると何か明るい色合いのものが目の前に…
ま、まさか「エックス君」!?
ドクターの言葉が頭をよぎる。ぎょっとして僕は目を大きく開けた。だがよくよく見ると。
「な、ナヴィ!!」
頭の上には、上下逆さまのナヴィ。そして顔一杯の笑顔で、何処かに向かって言い放った。
「ムラくん、おきたよ~」
「おおっ、起きたか!」
聞き慣れたダミ声。僕は視界に入ってきた顔を見て、思わず跳ねる様に起き上がった。
「ぷ、プロフェッサー!? …え? 何が、いったい…」
辺りをきょろきょろと見渡す。うっ。顔を動かした時だった。
「いっ、痛ぁーっ!! 何だ、これ…」
ずきずきずき、と鈍い痛みが左目の上に走った。僕は思わず、痛む場所を押さえてうめいた。
「落ち着け、落ち着かんかムラサキ! ほれ」
プロフェッサーは「ICE」と書かれたパックを僕に見せた。
「単なる打ち身じゃ。当ててるがいい」
打ち身… そう言われればこの痛みにも納得する。きっとここに鏡があったら、僕の顔には大きな青あざが出来ていることを確認できることだろう。
言われるままに、僕は放り投げられたパックを受け取る。ひっ、と思わずその冷たさに一瞬お手玉をする。だが確かに、顔に当ててみると、その冷たさが…いいなあ。
「くーっ… 効きますねえ」
「まあ後でちゃんと、ドクターに診てみらえ」
はい、と僕はうなづく。しかし。
「…それにしても、プロフェッサー、無事で良かったぁ… あ、あれ? 眼鏡…」
いつもしている角眼鏡が無い。
「ああ、ちーっとひびが入ってしもうたから外してるんじゃが、まあ細かい作業する訳でなし、不自由はせんよ」
「はあ…」
僕はうなづきながら辺りを見渡す。
プロフェッサーの向こう側に、ライトが一つ二つある様で、一応顔の判別ができる程度には、明るくなっている。…決して明るいとは言えないけれど、さっきの悪夢の様な暗さに比べれば…充分だ。
「でも一体何が… それに、ここは何処なんです?」
どう見ても、ここは見慣れないフロアだ。少なくとも僕は今まで来たことが無い。毎日掃除する場所とも違う。
まあでも、この船も広いし、結構細々とエリアが分けられているし。そういう所があってもおかしくはないのだけど。
だが向こう側に見える、背の高い棚には見覚えがある。それに、光のある方からは、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。
…嫌な予感がした。
「ここは、酒蔵じゃよ」
プロフェッサーはあっさりと答えた。
「酒蔵ぁ?」
「まあ、お前はここに用事も無いことだし… マーサも来させたことが無いじゃろな。ま、とりあえず、目も覚ました、応急処置もした。よし、あっち行こうかの」
プロフェッサーは、親指を立て、光の方を肩越しに指した。僕は言われるままに、とりあえず立ち上がる。するとその時ようやく僕は、光源の存在をはっきり見ることができた。
キャンプ用のランタンが三つ。一つは壁に、一つは床に、そしてもう一つは…テーブル代わりの酒樽に…
「あー!!!」
思わず僕は、叫んでいた。
「うっせー! お前、何っー声出すんだよっ!」
負けじと大きなボマーの声が響いた。
「ああムラサキ君、ケガしちゃったんですね…」
王子の申し訳なさそうな顔。そして。
「やあ、ムラサキ君、お目覚めですね」
このひとが。
「せ、船長…」
嘘っぽい温和な笑顔の持ち主が、木製のテーブルチェアに座っていた。足の力が一気に抜けた。僕は思わず、その場にへたへたと座り込んでしまった。
「はっはっは。まあそう顔を引きつらせていないで、こっちいらっしゃい」
そう言って手招きされても… 全然嬉しくない…
それだけじゃない。よく見て見ると、フランドもアリも… 要するにみんな、そこにある色んな物を椅子代わりにして、気ままに座っているじゃないかっ!
と、こん、と頭の上に何か当たる。
「おや坊や、お目覚めかね。悪かったねえ、色々」
「お、おかみさん」
「まあお食べお食べ」
そう言って、僕の前の床にどん、と料理の乗った皿を置いた。
「あー、ムラサキばっかり! それさっきアタシが頼んだんでしょっ!」
「お黙りフラン。あんた、あたしの秘蔵のキャビア、勝手に持ち出しただろ」
「いいものは食べられるうちに食べるのが、アタシの信念よっ」
判ったよ待っといで、とおかみさんは他の皿を皆の真ん中に置いた。
そして隊長は。船長の陰に居たので気付かなかったのだが、良く見ると、横の壁に身体をもたれさせ、これ以上無いくらい気怠げにグラスを傾けていた。
「…船長…」
「おやムラサキ君、怖い顔ですね」
「…何なんですか、一体これは!」
「酒盛りに、見えませんか?」
見えますが。
「説明して下さい!! 僕にも判る言葉で!」
さすがに僕も叫んでいた。
ドクターが居たら、また体温上昇、血圧上昇、と言われるだろう。ああそうだ。その時の僕の頭の頭の上にヤカンを乗せたら、軽く数秒でお湯が沸いただろう。
「判りやすい言葉ですか」
しかし船長は顔色一つ変えない。逆に周囲が「おおっあのムラサキがっ」という顔で半ば驚き、半ば楽しがって見ている様だった。
「そうですねえ…『隠れんぼ』ですよ」
船長はあっさりと言った。
「か、かくれんぼ?」
「ムラサキ君は、子供の頃やりませんでしたか? ワタシはよくやりましたがねえ」
「は」
「ま、しかし子供じゃあ無いんだから、そのあたりは知力体力時の運を全て使ってもらわないことには面白く無いでしょう」
そう言えば、辺りを良く見ると、部屋の隅には幾つかの通信機が、エネルギーパーツを解体されて転がっている。…怒りを通り越して、目眩がしてきた。
「おわかりですか? ムラサキ君」
「あ、ムラサキがたおれる~」
ナヴィが何か言ってる。しかしそこでめげてはならないのだ。僕は力を奮い起こし、体勢を立て直すと、船長に向かって叫んだ。
「でも船長! プロフェッサーとおかみさんが今朝消えて、心配だって…」
「ああムラサキ、儂らのは、単なる事故じゃ」
愛用の古典的な金属製の工具箱に腰掛けながら、プロフェッサーが口をはさむ。彼は純米酒を、小さなコップでちびりちびりと飲んでいた。
「ほれ、そこの入り口の扉に、新しいロック機能を付けようと思うての」
「ロック機能…」
プロフェッサーの指さす方向を僕は見る。確かに。でも何でまた。
「それでまあ、朝早く、マーサとここに入って作業しておったのじゃが、何の拍子か、上から酒瓶が落ちてきての」
「そぉそぉ」
おかみさんも口をはさむ。
「あれはホントにびっくりしたよ。何せこのひとがいつもの惚れ惚れする様な早さでさくさく工具を取り出しては、あちこちの配線やら回路やらの作業をしていたと思ったら…」
…さりげなく惚気が入ってるし。
「そぉじゃな。いきなり… じゃ。まあそれからから大変じゃ。助けを求めようにも、儂の通信機は壊れるし」
彼はそう言って、壊れた眼鏡を取り出した。
「切断しっぱなしのコードはショートして焼き付くわ、扉はその時の衝撃で開かんくなるわ、照明はつかんわで、身動きが取れんようになってしまったんじゃ」
「はあ…」
そんなことがあったんですかい。
「まあ、じゃから船長が気付いて捜し出してくれんかったら、さすがの儂らも、えらい事になってたわい」
「二人で閉じこめられるのはいいけれど、さすがに酒蔵には食料も無いしねえ」
おかみさんも大きく頷いている。
「はっはっは。と言う訳で、私は実はお二人の恩人ってことなんですよ」
「…そうですか。じゃあ何で、船長がそれをさっさと見付けられたんですか」
隊長には負けるが、僕も低音で攻めてみた。笑いながらいばっているこのひとに、ふと殺意が芽生えたのは確かだ。
「それにどーして、それが『隠れんぼ』に発展するんですか?」
「おお、ムラサキにしては鋭いっ!!」
数人の声と拍手が重なった。
「や、今朝工事するって言うのは、前々から船長に連絡しておいたんじゃ」
プロフェッサーが口をはさむ。
「じゃから、朝、儂らが居ないってことで、すぐに気付いたんじゃろ。まあその後それを『隠れんぼ』に発展させたのは儂らの知ったことでは無いがな」
と彼もまたちら、と船長を見る。
「そーですか、判ってたんですね…じゃあすぐにここを探せば良かったじゃないですか! あの時点で!」
そう、あの食堂の時点で。…そうでなけりゃ、こんな苦労をすることも無かったはずだ。
「いーや」
ひらひら、と船長は手を振った。
「それだけで何が楽しいんですか」
は。僕は思わず絶句した。…そーだ、このひとはそういうひとだっけ…
船長の行動は、「楽しいか、楽しくないか」に尽きる。もっともこの場合、「自分が楽しい」が、最優先なので、周囲に迷惑は… 当然の様にかかる。
「ま、それもあるんですが、ワタシ的には、これはある一部の人に対する罰ゲームでもありまして」
「ある一部じゃ、なくて、隊長だけでしょ」
フランドが口をはさんだ。だがその突っ込みに船長はブランデーを、グラスの中でゆっくりとたゆたわせるだけで、まるで動じない。
「隊長への…?」
言われている本人は、関係なさそうにぼんやりと、何か呑んでいる。
「ムラサキ君」
「は、はい」
「さて質問です。まず何で、プロフェッサーは酒蔵のロックを、今朝早くなんて時間につけなくてはならなかったでしょう? そしてまた、どうして、普通なら上手いバランスで、しっかりとホルダーに収まっているはずの酒瓶に強襲されて、眼鏡を壊されなければならなかったのでしょう?」
う、と僕は答えに詰まった。それと隊長と…
「あ」
ふと、船長室に転がった酒瓶の数を思い出した。
「判りました? つまりそれは全て、ここ頻繁に出没する、悪質な『酒蔵荒らし』のせいなんです… ねっ、ヘルさん」
そしてにっこりと隣に視線を落とす。だが言われたほうは、うるさいなあ、とばかりに上目遣いで船長を睨め付けるばかりだった。
「えーと… つまりこうゆうことですか? 『隊長が最近ちょくちょく酒蔵におかみさんの許可も無しにやってきては、酒を乱暴に物色して持って行く』『だから防犯用にロックをつけ直そうとした』」
ぱちぱち、と船長は手を叩いた。
「おおさすがムラサキ君、それで正解」
…そこまで言われて判らなかったら、さすがに僕もアホだ。
「ですからさすがに昨夜は、ヘルさんにも大人しくしていてもらおうと、ワタシもがんばったんですがねー… 力不足でした」
ふう、と船長は天井を見上げ、わざとらしい程のため息をついた。そして両手を広げ、古典演劇めいた口調でこう高らかに宣言した。
「そして悲劇は繰り返されたのだ!」
やれー、とフランドがはやし立てる。
「…いやあ、さすがに私も心が痛みましたよ。ヘルさんのことだからワタシの管轄なのに、お二人を巻き込んでしまったばかりか、事故にまで遭わせてしまった… 実にこれはワタシの不徳の致すところであります」
もしかして、今日の隊長の不機嫌と、これでもかとばかりの寝汚さは! …そりゃあ寝不足の上、深酒なら… 仕方ないだろう…
僕はもう腹いせに、どんどん船長に言葉をぶつけて行った。
「だからって船長! みんなまで、騙す事無かったじゃないですか! あくまでこれは隊長に対する罰ゲームだったんでしょ!」
「だって『隠れんぼ』は人数が多いほうが楽しいし。それにわざとらしい方法取ったおかけで、このひとにハンディもつけられたし。ヘルさんアナタ、途中でやる気無くしたでしょ」
くくく、と船長は笑う。それに対しては、さすがに隊長も面白くない様だった。ワイングラスを一気に空にし、船長の膝に空いている手を掛け、立ち上がる。そして細いその腕を、するりと相手の首に回した。
…あまり見たくない光景が目の前で展開されようとしていた。
「だいたい、あんたが自分で捜すなんて言うの、おかしいって思ったのにさあ…」
船長の目の前に、隊長の空のグラスがゆらゆら揺れている。
ぞく。何だこの色気は… この雰囲気は…!! やめろやめろ、僕にはその気は無い!!
「まーさーか、ここでみんなで楽しく酒飲んでるなんてさあ。ホントずるいよ。あんたは…」
「まあまあ」
船長は隊長のグラスにさりげなく、血のように赤いカベルネのワインを足した。
ふん、と一瞬、隊長の鼻息が荒くなったが、とりあえずは目の前の酒が重要な様だ。そのままひょい、と彼は船長の膝の上に座り込んだ。…恐ろしいことに、ちゃんとサイズ的に収まっている…
「さて納得いただけましたか? ムラサキ君」
「…はい」
納得したくはないが。
「という訳で、君もゲームオーバーです。賞品の『食べ放題、飲み放題』を楽しんでください」
「はあ」
納得… いや、できない。何か知らないが、したくない。
そんな自分が次第に大きくなってくるのを僕は感じていた。だけど具体的に、何に対して? と問われると、それが上手く出て来ない。胸の中で、もやもやとわだかまっているばかりだった。
だがここのクルーは、僕に考える時間など与えてくれやしない。
「うわっ!」
思わず腕を引っ張られ、僕はその場に倒れ込んだ。目の前に、大きなコップがぐっ、と突き出される。
そのまた向こうに、にやりと笑うボマーの顔があった。…いい加減出来上がっている顔だ。
「呑め呑め! お前もガンガン行け!」
言いながら彼は、僕のコップにビールを思い切り注いだ。
「ちょ、ちょっとボマーさんっ、こぼれるこぼれるっ」
「いいじゃなーい」
ぽん、と背後から肩を叩かれる。フランドもいい気分に出来上がっている様だった。ただでさえ露出の多い彼女の肌は全体的にほんのりと赤みがかっていて、…色っぽい。
「まあ、今日は無礼講だって言うし。おかみさんにガミガミ言われずに、イイお酒、好きに飲めるんだったら、こういうのもたまにはいいじゃない? チャンスをアリガトっ、タイチョ」
ふん、と隊長はその言葉に露骨に「無視」を返した。彼女はふふーん、と笑うと、スツールに足を組んで座り、自作のカクテルを口にする。
「…それ、何ですか?」
「何かしら。ラムベースで色々作ったけど… もう忘れたわ」
なるほど、彼女もかなりの酒豪らしい。しかしきっと頭ははっきりしているのだろう。
だったら。
「あのー」
何だよ、と半分座った目で、ボマーはくいっとこっちを向いた。
「皆さんはどうやって、ここにたどり着いたんですか?」
全員の動きが一瞬止まる。
う… わっ。何だ一体。
何かが僕の鼻をくすぐっている。
「くふくふくふっ」
しかもこんな不気味な音まで漏らしている…
耐えきれず、うっすらと目を開ける。すると何か明るい色合いのものが目の前に…
ま、まさか「エックス君」!?
ドクターの言葉が頭をよぎる。ぎょっとして僕は目を大きく開けた。だがよくよく見ると。
「な、ナヴィ!!」
頭の上には、上下逆さまのナヴィ。そして顔一杯の笑顔で、何処かに向かって言い放った。
「ムラくん、おきたよ~」
「おおっ、起きたか!」
聞き慣れたダミ声。僕は視界に入ってきた顔を見て、思わず跳ねる様に起き上がった。
「ぷ、プロフェッサー!? …え? 何が、いったい…」
辺りをきょろきょろと見渡す。うっ。顔を動かした時だった。
「いっ、痛ぁーっ!! 何だ、これ…」
ずきずきずき、と鈍い痛みが左目の上に走った。僕は思わず、痛む場所を押さえてうめいた。
「落ち着け、落ち着かんかムラサキ! ほれ」
プロフェッサーは「ICE」と書かれたパックを僕に見せた。
「単なる打ち身じゃ。当ててるがいい」
打ち身… そう言われればこの痛みにも納得する。きっとここに鏡があったら、僕の顔には大きな青あざが出来ていることを確認できることだろう。
言われるままに、僕は放り投げられたパックを受け取る。ひっ、と思わずその冷たさに一瞬お手玉をする。だが確かに、顔に当ててみると、その冷たさが…いいなあ。
「くーっ… 効きますねえ」
「まあ後でちゃんと、ドクターに診てみらえ」
はい、と僕はうなづく。しかし。
「…それにしても、プロフェッサー、無事で良かったぁ… あ、あれ? 眼鏡…」
いつもしている角眼鏡が無い。
「ああ、ちーっとひびが入ってしもうたから外してるんじゃが、まあ細かい作業する訳でなし、不自由はせんよ」
「はあ…」
僕はうなづきながら辺りを見渡す。
プロフェッサーの向こう側に、ライトが一つ二つある様で、一応顔の判別ができる程度には、明るくなっている。…決して明るいとは言えないけれど、さっきの悪夢の様な暗さに比べれば…充分だ。
「でも一体何が… それに、ここは何処なんです?」
どう見ても、ここは見慣れないフロアだ。少なくとも僕は今まで来たことが無い。毎日掃除する場所とも違う。
まあでも、この船も広いし、結構細々とエリアが分けられているし。そういう所があってもおかしくはないのだけど。
だが向こう側に見える、背の高い棚には見覚えがある。それに、光のある方からは、何やら騒ぐ声が聞こえてくる。
…嫌な予感がした。
「ここは、酒蔵じゃよ」
プロフェッサーはあっさりと答えた。
「酒蔵ぁ?」
「まあ、お前はここに用事も無いことだし… マーサも来させたことが無いじゃろな。ま、とりあえず、目も覚ました、応急処置もした。よし、あっち行こうかの」
プロフェッサーは、親指を立て、光の方を肩越しに指した。僕は言われるままに、とりあえず立ち上がる。するとその時ようやく僕は、光源の存在をはっきり見ることができた。
キャンプ用のランタンが三つ。一つは壁に、一つは床に、そしてもう一つは…テーブル代わりの酒樽に…
「あー!!!」
思わず僕は、叫んでいた。
「うっせー! お前、何っー声出すんだよっ!」
負けじと大きなボマーの声が響いた。
「ああムラサキ君、ケガしちゃったんですね…」
王子の申し訳なさそうな顔。そして。
「やあ、ムラサキ君、お目覚めですね」
このひとが。
「せ、船長…」
嘘っぽい温和な笑顔の持ち主が、木製のテーブルチェアに座っていた。足の力が一気に抜けた。僕は思わず、その場にへたへたと座り込んでしまった。
「はっはっは。まあそう顔を引きつらせていないで、こっちいらっしゃい」
そう言って手招きされても… 全然嬉しくない…
それだけじゃない。よく見て見ると、フランドもアリも… 要するにみんな、そこにある色んな物を椅子代わりにして、気ままに座っているじゃないかっ!
と、こん、と頭の上に何か当たる。
「おや坊や、お目覚めかね。悪かったねえ、色々」
「お、おかみさん」
「まあお食べお食べ」
そう言って、僕の前の床にどん、と料理の乗った皿を置いた。
「あー、ムラサキばっかり! それさっきアタシが頼んだんでしょっ!」
「お黙りフラン。あんた、あたしの秘蔵のキャビア、勝手に持ち出しただろ」
「いいものは食べられるうちに食べるのが、アタシの信念よっ」
判ったよ待っといで、とおかみさんは他の皿を皆の真ん中に置いた。
そして隊長は。船長の陰に居たので気付かなかったのだが、良く見ると、横の壁に身体をもたれさせ、これ以上無いくらい気怠げにグラスを傾けていた。
「…船長…」
「おやムラサキ君、怖い顔ですね」
「…何なんですか、一体これは!」
「酒盛りに、見えませんか?」
見えますが。
「説明して下さい!! 僕にも判る言葉で!」
さすがに僕も叫んでいた。
ドクターが居たら、また体温上昇、血圧上昇、と言われるだろう。ああそうだ。その時の僕の頭の頭の上にヤカンを乗せたら、軽く数秒でお湯が沸いただろう。
「判りやすい言葉ですか」
しかし船長は顔色一つ変えない。逆に周囲が「おおっあのムラサキがっ」という顔で半ば驚き、半ば楽しがって見ている様だった。
「そうですねえ…『隠れんぼ』ですよ」
船長はあっさりと言った。
「か、かくれんぼ?」
「ムラサキ君は、子供の頃やりませんでしたか? ワタシはよくやりましたがねえ」
「は」
「ま、しかし子供じゃあ無いんだから、そのあたりは知力体力時の運を全て使ってもらわないことには面白く無いでしょう」
そう言えば、辺りを良く見ると、部屋の隅には幾つかの通信機が、エネルギーパーツを解体されて転がっている。…怒りを通り越して、目眩がしてきた。
「おわかりですか? ムラサキ君」
「あ、ムラサキがたおれる~」
ナヴィが何か言ってる。しかしそこでめげてはならないのだ。僕は力を奮い起こし、体勢を立て直すと、船長に向かって叫んだ。
「でも船長! プロフェッサーとおかみさんが今朝消えて、心配だって…」
「ああムラサキ、儂らのは、単なる事故じゃ」
愛用の古典的な金属製の工具箱に腰掛けながら、プロフェッサーが口をはさむ。彼は純米酒を、小さなコップでちびりちびりと飲んでいた。
「ほれ、そこの入り口の扉に、新しいロック機能を付けようと思うての」
「ロック機能…」
プロフェッサーの指さす方向を僕は見る。確かに。でも何でまた。
「それでまあ、朝早く、マーサとここに入って作業しておったのじゃが、何の拍子か、上から酒瓶が落ちてきての」
「そぉそぉ」
おかみさんも口をはさむ。
「あれはホントにびっくりしたよ。何せこのひとがいつもの惚れ惚れする様な早さでさくさく工具を取り出しては、あちこちの配線やら回路やらの作業をしていたと思ったら…」
…さりげなく惚気が入ってるし。
「そぉじゃな。いきなり… じゃ。まあそれからから大変じゃ。助けを求めようにも、儂の通信機は壊れるし」
彼はそう言って、壊れた眼鏡を取り出した。
「切断しっぱなしのコードはショートして焼き付くわ、扉はその時の衝撃で開かんくなるわ、照明はつかんわで、身動きが取れんようになってしまったんじゃ」
「はあ…」
そんなことがあったんですかい。
「まあ、じゃから船長が気付いて捜し出してくれんかったら、さすがの儂らも、えらい事になってたわい」
「二人で閉じこめられるのはいいけれど、さすがに酒蔵には食料も無いしねえ」
おかみさんも大きく頷いている。
「はっはっは。と言う訳で、私は実はお二人の恩人ってことなんですよ」
「…そうですか。じゃあ何で、船長がそれをさっさと見付けられたんですか」
隊長には負けるが、僕も低音で攻めてみた。笑いながらいばっているこのひとに、ふと殺意が芽生えたのは確かだ。
「それにどーして、それが『隠れんぼ』に発展するんですか?」
「おお、ムラサキにしては鋭いっ!!」
数人の声と拍手が重なった。
「や、今朝工事するって言うのは、前々から船長に連絡しておいたんじゃ」
プロフェッサーが口をはさむ。
「じゃから、朝、儂らが居ないってことで、すぐに気付いたんじゃろ。まあその後それを『隠れんぼ』に発展させたのは儂らの知ったことでは無いがな」
と彼もまたちら、と船長を見る。
「そーですか、判ってたんですね…じゃあすぐにここを探せば良かったじゃないですか! あの時点で!」
そう、あの食堂の時点で。…そうでなけりゃ、こんな苦労をすることも無かったはずだ。
「いーや」
ひらひら、と船長は手を振った。
「それだけで何が楽しいんですか」
は。僕は思わず絶句した。…そーだ、このひとはそういうひとだっけ…
船長の行動は、「楽しいか、楽しくないか」に尽きる。もっともこの場合、「自分が楽しい」が、最優先なので、周囲に迷惑は… 当然の様にかかる。
「ま、それもあるんですが、ワタシ的には、これはある一部の人に対する罰ゲームでもありまして」
「ある一部じゃ、なくて、隊長だけでしょ」
フランドが口をはさんだ。だがその突っ込みに船長はブランデーを、グラスの中でゆっくりとたゆたわせるだけで、まるで動じない。
「隊長への…?」
言われている本人は、関係なさそうにぼんやりと、何か呑んでいる。
「ムラサキ君」
「は、はい」
「さて質問です。まず何で、プロフェッサーは酒蔵のロックを、今朝早くなんて時間につけなくてはならなかったでしょう? そしてまた、どうして、普通なら上手いバランスで、しっかりとホルダーに収まっているはずの酒瓶に強襲されて、眼鏡を壊されなければならなかったのでしょう?」
う、と僕は答えに詰まった。それと隊長と…
「あ」
ふと、船長室に転がった酒瓶の数を思い出した。
「判りました? つまりそれは全て、ここ頻繁に出没する、悪質な『酒蔵荒らし』のせいなんです… ねっ、ヘルさん」
そしてにっこりと隣に視線を落とす。だが言われたほうは、うるさいなあ、とばかりに上目遣いで船長を睨め付けるばかりだった。
「えーと… つまりこうゆうことですか? 『隊長が最近ちょくちょく酒蔵におかみさんの許可も無しにやってきては、酒を乱暴に物色して持って行く』『だから防犯用にロックをつけ直そうとした』」
ぱちぱち、と船長は手を叩いた。
「おおさすがムラサキ君、それで正解」
…そこまで言われて判らなかったら、さすがに僕もアホだ。
「ですからさすがに昨夜は、ヘルさんにも大人しくしていてもらおうと、ワタシもがんばったんですがねー… 力不足でした」
ふう、と船長は天井を見上げ、わざとらしい程のため息をついた。そして両手を広げ、古典演劇めいた口調でこう高らかに宣言した。
「そして悲劇は繰り返されたのだ!」
やれー、とフランドがはやし立てる。
「…いやあ、さすがに私も心が痛みましたよ。ヘルさんのことだからワタシの管轄なのに、お二人を巻き込んでしまったばかりか、事故にまで遭わせてしまった… 実にこれはワタシの不徳の致すところであります」
もしかして、今日の隊長の不機嫌と、これでもかとばかりの寝汚さは! …そりゃあ寝不足の上、深酒なら… 仕方ないだろう…
僕はもう腹いせに、どんどん船長に言葉をぶつけて行った。
「だからって船長! みんなまで、騙す事無かったじゃないですか! あくまでこれは隊長に対する罰ゲームだったんでしょ!」
「だって『隠れんぼ』は人数が多いほうが楽しいし。それにわざとらしい方法取ったおかけで、このひとにハンディもつけられたし。ヘルさんアナタ、途中でやる気無くしたでしょ」
くくく、と船長は笑う。それに対しては、さすがに隊長も面白くない様だった。ワイングラスを一気に空にし、船長の膝に空いている手を掛け、立ち上がる。そして細いその腕を、するりと相手の首に回した。
…あまり見たくない光景が目の前で展開されようとしていた。
「だいたい、あんたが自分で捜すなんて言うの、おかしいって思ったのにさあ…」
船長の目の前に、隊長の空のグラスがゆらゆら揺れている。
ぞく。何だこの色気は… この雰囲気は…!! やめろやめろ、僕にはその気は無い!!
「まーさーか、ここでみんなで楽しく酒飲んでるなんてさあ。ホントずるいよ。あんたは…」
「まあまあ」
船長は隊長のグラスにさりげなく、血のように赤いカベルネのワインを足した。
ふん、と一瞬、隊長の鼻息が荒くなったが、とりあえずは目の前の酒が重要な様だ。そのままひょい、と彼は船長の膝の上に座り込んだ。…恐ろしいことに、ちゃんとサイズ的に収まっている…
「さて納得いただけましたか? ムラサキ君」
「…はい」
納得したくはないが。
「という訳で、君もゲームオーバーです。賞品の『食べ放題、飲み放題』を楽しんでください」
「はあ」
納得… いや、できない。何か知らないが、したくない。
そんな自分が次第に大きくなってくるのを僕は感じていた。だけど具体的に、何に対して? と問われると、それが上手く出て来ない。胸の中で、もやもやとわだかまっているばかりだった。
だがここのクルーは、僕に考える時間など与えてくれやしない。
「うわっ!」
思わず腕を引っ張られ、僕はその場に倒れ込んだ。目の前に、大きなコップがぐっ、と突き出される。
そのまた向こうに、にやりと笑うボマーの顔があった。…いい加減出来上がっている顔だ。
「呑め呑め! お前もガンガン行け!」
言いながら彼は、僕のコップにビールを思い切り注いだ。
「ちょ、ちょっとボマーさんっ、こぼれるこぼれるっ」
「いいじゃなーい」
ぽん、と背後から肩を叩かれる。フランドもいい気分に出来上がっている様だった。ただでさえ露出の多い彼女の肌は全体的にほんのりと赤みがかっていて、…色っぽい。
「まあ、今日は無礼講だって言うし。おかみさんにガミガミ言われずに、イイお酒、好きに飲めるんだったら、こういうのもたまにはいいじゃない? チャンスをアリガトっ、タイチョ」
ふん、と隊長はその言葉に露骨に「無視」を返した。彼女はふふーん、と笑うと、スツールに足を組んで座り、自作のカクテルを口にする。
「…それ、何ですか?」
「何かしら。ラムベースで色々作ったけど… もう忘れたわ」
なるほど、彼女もかなりの酒豪らしい。しかしきっと頭ははっきりしているのだろう。
だったら。
「あのー」
何だよ、と半分座った目で、ボマーはくいっとこっちを向いた。
「皆さんはどうやって、ここにたどり着いたんですか?」
全員の動きが一瞬止まる。
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
ラストフライト スペースシャトル エンデバー号のラスト・ミッショ
のせ しげる
SF
2017年9月、11年ぶりに大規模は太陽フレアが発生した。幸い地球には大きな被害はなかったが、バーストは7日間に及び、第24期太陽活動期中、最大級とされた。
同じころ、NASAの、若い宇宙物理学者ロジャーは、自身が開発したシミレーションプログラムの完成を急いでいた。2018年、新型のスパコン「エイトケン」が導入されテストプログラムが実行された。その結果は、2021年の夏に、黒点が合体成長し超巨大黒点となり、人類史上最大級の「フレア・バースト」が発生するとの結果を出した。このバーストは、地球に正対し発生し、地球の生物を滅ぼし地球の大気と水を宇宙空間へ持ち去ってしまう。地球の存続に係る重大な問題だった。
アメリカ政府は、人工衛星の打ち上げコストを削減する為、老朽化した衛星の回収にスペースシャトルを利用するとして、2018年の年の暮れに、アメリカ各地で展示していた「スペースシャトル」4機を搬出した。ロシアは、旧ソ連時代に開発し中断していた、ソ連版シャトル「ブラン」を再整備し、ISSへの大型資材の運搬に使用すると発表した。中国は、自国の宇宙ステイションの建設の為シャトル「天空」を打ち上げると発表した。
2020年の春から夏にかけ、シャトル七機が次々と打ち上げられた。実は、無人シャトル六機には核弾頭が搭載され、太陽黒点にシャトルごと打ち込み、黒点の成長を阻止しようとするミッションだった。そして、このミッションを成功させる為には、誰かが太陽まで行かなければならなかった。選ばれたのは、身寄りの無い、60歳代の元アメリカ空軍パイロット。もう一人が20歳代の日本人自衛官だった。この、二人が搭乗した「エンデバー号」が2020年7月4日に打ち上げられたのだ。
本作は、太陽活動を題材とし創作しております。しかしながら、このコ○ナ禍で「コ○ナ」はNGワードとされており、入力できませんので文中では「プラズマ」と表現しておりますので御容赦ください。
この物語はフィクションです。実際に起きた事象や、現代の技術、現存する設備を参考に創作した物語です。登場する人物・企業・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。
マザーレスチルドレン
カノウマコト
SF
【ディストピア・暗黒小説】 パラレルワールド近未来、資本主義社会の崩落。この国の平均寿命は五十歳足らずになっていた。子供の頃に生き別れた母親を探す主人公ハルト。彼の前に現れるマザーレスチルドレン。未来を託す子供たちを守れるか…ハルト。ディストピア小説、群像劇
「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)
あおっち
SF
港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。
遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。
その第1次上陸先が苫小牧市だった。
これは、現実なのだ!
その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。
それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。
同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。
台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。
新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。
目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。
昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。
そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。
SF大河小説の前章譚、第4部作。
是非ご覧ください。
※加筆や修正が予告なしにあります。
もうダメだ。俺の人生詰んでいる。
静馬⭐︎GTR
SF
『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。
(アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)
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