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第10話 夏の日が終わる。
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「ほらまた居た」
そしてそのたびに、目敏くコノエは薄暗い人混みの中から、マキノを見つけだした。
「ああ、今日も彼等出るんだったっけ」
「と言うより、あたし達が当ててるんじゃない。そうゆう日」
そう言えばそうだった。
ベルファの音は嫌いではない。結構好きだった。熱狂まではしない。そういう類の音ではないのだ。だけどテクニックは確かだし、安心して音を楽しめる。ドラムの音も重いし、ベースの音が跳ね回る様は、見ていて頼もしい。
黒い上下のベーシスト。いつも黒ばかりだった。
そしてマキノの視線は、彼に向いている。さすがに通って、奴の姿をきちんと見つけることができるようになったら、そんなことにも気付き始めた。
結局奴はあれからどうしたのだろう? 学校に翌日来なかった。あのベーシストの家に泊まったのだろうか。
あの視線が、気になる。
でも俺のお目当ては違うのだ。ベルファでもマキノでもない。
週一、月五回くらいの中で、俺はちゃんと、RINGERの出る日を「当てて」いるのだ。まあそれにたまたま、対バンで、ベルファが当たる日が多いという訳で……
この日もまた、そういう日だったのだ。
前の方を陣取っている女の子達の高い声が、メンバーの名を呼び始める。さすがに俺も最近は、コノエとタキノのおかげで、このバンドのメンバーのことは少しは知っていた。
四人編成。ヴォーカルにギターにベースにドラム。
ヴォーカルはそれでも最近入った人らしい。通称「Kちゃん」。本名はめぐみとか言うらしい。男だ。だがなまじの女の子より可愛い顔立ちをしている。
彼がギターのケンショーという人とステージ上で絡むと、見ていた女の子達から悲鳴が上がる。中には顔を見合わせて笑い合う子も。
俺は何となくそんな女の子達をみて、むっとする。
そしてその横で、ベースを黙々と刻むのはナカヤマさんとか聞いた。そのベースと一緒にリズム隊を組んでいるのは、ドラムスのオズさん。
俺は「Kちゃん」さんの歌にじっと耳を澄ます。決して好みの声ではない。だってそうだ。確かに面白い声なんだけど、ある程度上手いんだけど……
何となく、不安になる。
曲のメロディ自体が明るいから、あまり気にもならないのかもしれないけど、時々、奇妙にひっくり返る声が、背筋をぞく、とさせる。
そういう所が、魅力な人には、魅力なのかもしれないけど……
「不安定ですねえ」
そしてコノエが、俺の言葉にならない何か、を言い当てた。俺達は、前に出て見る訳じゃない。そうゆうのは、女の子にまかせる。それに、何かそういうタイプの「好き」とは違う気がするのだ。
「不安定?」
俺はコノエに訊ねる。奴はうなづいた。
「そう。何かね、揺れてる」
奴にしては、曖昧な言い方だった。抽象的な言い方だった。その俺の不満そうな顔つきに気付いたのか、奴は言い足した。
「……歌詞、聞こえますかね」
「歌詞?」
「そう、歌詞」
言われてみて、そう言えば自分が歌詞など聞いていないことに俺は気付いた。「音」と「声」には敏感なのに、コトバには。
「どんなのだよ」
「……うーん……」
コノエは頬を軽く人差し指でひっかく。
「あまりこうゆう所では言いたくないですな」
「こうゆう所?」
「ファンな方々が多そうではないですか」
「ふーん……」
じゃ後で聞くことにしよう、と俺は改めて耳を傾けた。
それにしてもいいギターだ。歌詞が聞き取れないのは、このギターのせいもある。どうしても耳が、ギターの音に吸い寄せられてしまうのだ。
何でだろう。
歌詞を聞こう聞こうと思う。歌を。メロディを聞こうと思う。なのに、結局俺の耳はギターの音に傾き、視線はギタリストに向いてしまう。
背の高い、長い髪を無造作に結んだ、ギタリスト。整った顔だけど、目つきが決して良くない……
「すごく真剣だったから、声掛けられなかったよぉ」
タキノはRINGERのステージが終わると、オレンジジュースを口にしながら、俺にそう言った。
「そうだったか?」
「そうですな。途中からワタシもそういう気が失せましたな」
コノエまでそう言う。言いつつも、俺達の目は我らがクラスメートの動向を追っていた。
「それでも前の方に行ったりすることはないんだね」
と、頬杖をつきながらタキノが言う。さすがにこうも俺達がチェックしているから、彼女にまで奴がどれだか最近では覚えられてしまった。
「そりゃ個人的にお知り合いなら、別にわざわざ自分の存在をアピールしなくてもいいでしょう?」
あっさりとコノエは答えを返す。
「そういうものかな」
「そういうものじゃないですかね。ああいうのは、お知り合いになるまでが楽しいってこともありますしね。まあお知り合いになってからも楽しいんでしょうが…… やや意味合いが違ってくるでしょう?」
「と言うと」
「ただのファンのうちは、夢を持っていられますよね。ただ好きでいればいい。届かない代わりに失望もしない。それはそれで、一種のとても幸せな状態ですな」
「……結構辛辣だな」
「そうですかね」
そりゃ無論、奴が結構辛辣な中身を持っているのは知っているけど。さすがにこうさらりと口に出されると、……それもこんな場で。
「別にねカナイ君や。それが悪いとかいいとか言ってるんじゃないですよ。……それで満足できれば、それはそれでいいんですってば。ただ満足できなくなる場合もあるでしょ」
「と言うと?」
更に俺は重ねて訊ねた。
「とっても、好きな場合」
「だったら俺達がなる心配はないだろ」
「そうですかね」
「何だよ、そのそうですかね、ってのは」
奴はウーロン茶を一口含む。そしてまた、視線をマキノの方へと向ける。ベルファのステージが始まっていた。遠くで、だけどマキノの視線はじっとステージにだけ注がれている。静かな熱意。
「何となく、ですよ」
奴は再びウーロン茶を口に含んだ。
*
「……さっきの話の続きだけどさ」
そのまま俺達は、コノエの部屋になだれ込んでいた。
さすがにこの部屋の空調はいい感じに効いている。外のうだるような暑さから解放されたのか守られているのか……床の上、めいめいが好きなクッションの上に、座ったり寝ころんだりしている。
「さっきの話?」
「ほら、あのヴォーカリストの」
「……ああ。そうそう。RINGERのでしたっけ。いやあのですね、何か妙に自虐的だなあと思いましてね」
「自虐的……というと」
んー、とコノエは仰向けになって俺の方を向く。
「例えば、二曲目、覚えてますかねカナイ君」
「二曲目? 明るい曲だったよね」
「曲はそうですね」
曲は。やけにそこが強調されて聞こえる。どういう意味、と俺は重ねて訊ねた。
「んー…… こう聞こえたんですがね。『望むならあなたの好きなように』……でこの手もこの身体も、とかあなたのために、とか続くんですけどね」
「好きにして、かよ」
「そんな感じでしたけどね」
「……別にいいんじゃないの?」
「何となく、心配になるような歌詞だなあと」
そんなものかなあ、と俺は考えた。だけどそれ以上に奴は言う気配はない。手を伸ばして、クッションの上で膝を抱えているタキノに手を伸ばしてくすぐっている。
どうもそれは、勉強の時と同様、俺が何か気付かない限り、判らないものらしい。
仕方ないから、話題を変えることにする。
「……結局マキノさ、いつの間にかあそこから消えてたよな」
「そうですな」
「やっぱりベルファのメンバーと一緒に居るのかな。今頃」
「……でしょうな」
何となく眠そうな気配。俺は奴の顔をのぞき込む。目が確かに半分寝ている。タキノの方をちら、と向くと、くす、と珍しく彼女は大人びた苦笑を返した。
そして夏の日が終わる。
*
……だが秋が始まった頃、そのマキノの姿がいきなりACID-JAMから消えた。
そしてそのたびに、目敏くコノエは薄暗い人混みの中から、マキノを見つけだした。
「ああ、今日も彼等出るんだったっけ」
「と言うより、あたし達が当ててるんじゃない。そうゆう日」
そう言えばそうだった。
ベルファの音は嫌いではない。結構好きだった。熱狂まではしない。そういう類の音ではないのだ。だけどテクニックは確かだし、安心して音を楽しめる。ドラムの音も重いし、ベースの音が跳ね回る様は、見ていて頼もしい。
黒い上下のベーシスト。いつも黒ばかりだった。
そしてマキノの視線は、彼に向いている。さすがに通って、奴の姿をきちんと見つけることができるようになったら、そんなことにも気付き始めた。
結局奴はあれからどうしたのだろう? 学校に翌日来なかった。あのベーシストの家に泊まったのだろうか。
あの視線が、気になる。
でも俺のお目当ては違うのだ。ベルファでもマキノでもない。
週一、月五回くらいの中で、俺はちゃんと、RINGERの出る日を「当てて」いるのだ。まあそれにたまたま、対バンで、ベルファが当たる日が多いという訳で……
この日もまた、そういう日だったのだ。
前の方を陣取っている女の子達の高い声が、メンバーの名を呼び始める。さすがに俺も最近は、コノエとタキノのおかげで、このバンドのメンバーのことは少しは知っていた。
四人編成。ヴォーカルにギターにベースにドラム。
ヴォーカルはそれでも最近入った人らしい。通称「Kちゃん」。本名はめぐみとか言うらしい。男だ。だがなまじの女の子より可愛い顔立ちをしている。
彼がギターのケンショーという人とステージ上で絡むと、見ていた女の子達から悲鳴が上がる。中には顔を見合わせて笑い合う子も。
俺は何となくそんな女の子達をみて、むっとする。
そしてその横で、ベースを黙々と刻むのはナカヤマさんとか聞いた。そのベースと一緒にリズム隊を組んでいるのは、ドラムスのオズさん。
俺は「Kちゃん」さんの歌にじっと耳を澄ます。決して好みの声ではない。だってそうだ。確かに面白い声なんだけど、ある程度上手いんだけど……
何となく、不安になる。
曲のメロディ自体が明るいから、あまり気にもならないのかもしれないけど、時々、奇妙にひっくり返る声が、背筋をぞく、とさせる。
そういう所が、魅力な人には、魅力なのかもしれないけど……
「不安定ですねえ」
そしてコノエが、俺の言葉にならない何か、を言い当てた。俺達は、前に出て見る訳じゃない。そうゆうのは、女の子にまかせる。それに、何かそういうタイプの「好き」とは違う気がするのだ。
「不安定?」
俺はコノエに訊ねる。奴はうなづいた。
「そう。何かね、揺れてる」
奴にしては、曖昧な言い方だった。抽象的な言い方だった。その俺の不満そうな顔つきに気付いたのか、奴は言い足した。
「……歌詞、聞こえますかね」
「歌詞?」
「そう、歌詞」
言われてみて、そう言えば自分が歌詞など聞いていないことに俺は気付いた。「音」と「声」には敏感なのに、コトバには。
「どんなのだよ」
「……うーん……」
コノエは頬を軽く人差し指でひっかく。
「あまりこうゆう所では言いたくないですな」
「こうゆう所?」
「ファンな方々が多そうではないですか」
「ふーん……」
じゃ後で聞くことにしよう、と俺は改めて耳を傾けた。
それにしてもいいギターだ。歌詞が聞き取れないのは、このギターのせいもある。どうしても耳が、ギターの音に吸い寄せられてしまうのだ。
何でだろう。
歌詞を聞こう聞こうと思う。歌を。メロディを聞こうと思う。なのに、結局俺の耳はギターの音に傾き、視線はギタリストに向いてしまう。
背の高い、長い髪を無造作に結んだ、ギタリスト。整った顔だけど、目つきが決して良くない……
「すごく真剣だったから、声掛けられなかったよぉ」
タキノはRINGERのステージが終わると、オレンジジュースを口にしながら、俺にそう言った。
「そうだったか?」
「そうですな。途中からワタシもそういう気が失せましたな」
コノエまでそう言う。言いつつも、俺達の目は我らがクラスメートの動向を追っていた。
「それでも前の方に行ったりすることはないんだね」
と、頬杖をつきながらタキノが言う。さすがにこうも俺達がチェックしているから、彼女にまで奴がどれだか最近では覚えられてしまった。
「そりゃ個人的にお知り合いなら、別にわざわざ自分の存在をアピールしなくてもいいでしょう?」
あっさりとコノエは答えを返す。
「そういうものかな」
「そういうものじゃないですかね。ああいうのは、お知り合いになるまでが楽しいってこともありますしね。まあお知り合いになってからも楽しいんでしょうが…… やや意味合いが違ってくるでしょう?」
「と言うと」
「ただのファンのうちは、夢を持っていられますよね。ただ好きでいればいい。届かない代わりに失望もしない。それはそれで、一種のとても幸せな状態ですな」
「……結構辛辣だな」
「そうですかね」
そりゃ無論、奴が結構辛辣な中身を持っているのは知っているけど。さすがにこうさらりと口に出されると、……それもこんな場で。
「別にねカナイ君や。それが悪いとかいいとか言ってるんじゃないですよ。……それで満足できれば、それはそれでいいんですってば。ただ満足できなくなる場合もあるでしょ」
「と言うと?」
更に俺は重ねて訊ねた。
「とっても、好きな場合」
「だったら俺達がなる心配はないだろ」
「そうですかね」
「何だよ、そのそうですかね、ってのは」
奴はウーロン茶を一口含む。そしてまた、視線をマキノの方へと向ける。ベルファのステージが始まっていた。遠くで、だけどマキノの視線はじっとステージにだけ注がれている。静かな熱意。
「何となく、ですよ」
奴は再びウーロン茶を口に含んだ。
*
「……さっきの話の続きだけどさ」
そのまま俺達は、コノエの部屋になだれ込んでいた。
さすがにこの部屋の空調はいい感じに効いている。外のうだるような暑さから解放されたのか守られているのか……床の上、めいめいが好きなクッションの上に、座ったり寝ころんだりしている。
「さっきの話?」
「ほら、あのヴォーカリストの」
「……ああ。そうそう。RINGERのでしたっけ。いやあのですね、何か妙に自虐的だなあと思いましてね」
「自虐的……というと」
んー、とコノエは仰向けになって俺の方を向く。
「例えば、二曲目、覚えてますかねカナイ君」
「二曲目? 明るい曲だったよね」
「曲はそうですね」
曲は。やけにそこが強調されて聞こえる。どういう意味、と俺は重ねて訊ねた。
「んー…… こう聞こえたんですがね。『望むならあなたの好きなように』……でこの手もこの身体も、とかあなたのために、とか続くんですけどね」
「好きにして、かよ」
「そんな感じでしたけどね」
「……別にいいんじゃないの?」
「何となく、心配になるような歌詞だなあと」
そんなものかなあ、と俺は考えた。だけどそれ以上に奴は言う気配はない。手を伸ばして、クッションの上で膝を抱えているタキノに手を伸ばしてくすぐっている。
どうもそれは、勉強の時と同様、俺が何か気付かない限り、判らないものらしい。
仕方ないから、話題を変えることにする。
「……結局マキノさ、いつの間にかあそこから消えてたよな」
「そうですな」
「やっぱりベルファのメンバーと一緒に居るのかな。今頃」
「……でしょうな」
何となく眠そうな気配。俺は奴の顔をのぞき込む。目が確かに半分寝ている。タキノの方をちら、と向くと、くす、と珍しく彼女は大人びた苦笑を返した。
そして夏の日が終わる。
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……だが秋が始まった頃、そのマキノの姿がいきなりACID-JAMから消えた。
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