〈完結〉暇を持て余す19世紀英国のご婦人方が夫の留守に集まったけどとうとう話題も尽きたので「怖い話」をそれぞれ持ち寄って語り出した結果。

33 ルーカス軌道会社社長夫人レイチェルが語る①

　軍とかそういうものに機密はつきものですわ。
　その「伯爵夫人」が本物であったのか、もしかして亡命貴族のつもりになっているひとだったのか判らないですけどね……
　貴族というものは本当に色々と確執を生みますわね。
　あと軍人とそうでないひととか。
　そうそう、それでちょっと思い出しましたけど、「アンナ・カレーニナ」はご存じ？
　ロシア帝国の政治高官カレーニン氏の妻アンナと、軍人のヴロンスキーが真剣な恋をしてしまったが故に堕ちていく話。
　何って言うんでしょうねえ。
　貴族の奥方達は昔から戯れの恋であるなら、それは女性としての魅力を飾る宝石のようなものだというのですわ。
　なのに本気で相手を愛してどうにもならない関係にまでなってしまうと、無粋だの神に背いただの、となってしまうんですのね。
　私その辺りよく判らないのですわ。
　ええ、私は夫が成り上がりですから。
　そう、軌道会社。
　国内を今はどれだけ早く駆け回るかで、それぞれの会社が競争していますわ。
　有象無象の会社が今しのぎを削っていますのよ。
　私も夫の会社のために、こんな庶民出の、貴女方から見たらきっととてもがさつで仕方の無い女でも、やはり社交はしなくてはならないの。
　それでも私はまだ良かったわ。
　元々が商家の出。
　社交界にしても、どんな初顔のお客に対しては堂々としていること、そしてちゃんとその方々の顔を覚えて、お相手をすること。　
　失敗はいつだってありますわ。
　私は特にあるでしょう。
　でもそれはどうしようもないことですから、次から何とかいたしますのよ。
　私が笑われることくらいは大した問題ではないのですわ。
　それで夫の会社の名を知られればそれはそれで良いのですから。
　この界隈、悪評でも知られないよりましですもの。
　でもそうもいかない方も居るのですわ。
　がさつな私とは違い、とてもとても気の小さい、優しい方……
　私には昔、やはり同じ商家の出の友達がいましたのよ。
　彼女もやはり同じ様な商家へと嫁いだのですわ。
　だけど、相手方がこの社会の変化の中、どんどん大きくなっていってしまって。
　うちもそうですが、それでもまだうちはいいのですわ。
　うちの両親であり、夫の両親が何よりその変化に何とかして対応しようとしてきた側ですもの。
　私はそれを見てきたから、何とかこの社会での生き抜き方を見てきましたわ。
　だけど私の友はそうではなかったのですわ。
　親の代までは淡々と行ってきた事業が、息子の代になってぱーん！　といきなり大きくなったものですの。
　すると彼女は結婚した時にはまだ地味な衣装で、お客も周囲の身近な方々ばかりだった生活だったのが、いきなり！　社交界ですわ。