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186 発表会来たる⑦花の様な花嫁の横には
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ゆっくり、ゆっくりと大地を踏みしめていく様に花嫁衣装のヒドゥンは花道を歩いて行く。
さて、と彼は考える。
この衣装は元々北西辺境領の結婚式を見た時の印象が強かったのだ、と彼は聞いていた。
それと同時に、全く腰を絞らなくても美しいラインがあるということを強調したかったのだ、とも。
では何故花嫁衣装でそれをするのか、と彼が問いかけたらテンダーはこう答えた。
「普段着でそこまで変えるのは無理ですが、祝祭だったら別でしょう?」
特別な日、普段とは違う自分になったかの様に衣装をつける日だ。
自分は着る気が無いのに、と彼はヴェールの下でほんの少しだけ口の端を上げた。
やがてその足取りも端で止まる。
挨拶にテンダーが出てくるまでは待っていなくてはならない。
彼は手にした花束を中心にするイメージでその場でふわりと一周回ってみせた。
元々たっぷりとした布地のそれは、動きに連れて美しく広がった。
好きな花によって布地の色を変えるつもりなのだと聞いていた。
「そもそも花嫁衣装の色は帝国全土でも色々違う訳ですし」
現在帝都近郊の主流は白乃至はそれに近い色だが、そうと決まった訳でもない。
草原の地では深紅や朱の色に金銀の色の糸で刺繍をすることもあると聞く。
北東の地の伝統的な衣装は空の様な青だとも。
「だったら花嫁が好きな花と色を着ればいいと思うんですよ」
ちなみにヴェールや袖の花は細かい同色の糸の刺繍だった。
これだけでも相当手が込んでいる。
「ただ意匠は実のところ単純だから、別にこれは注文できない花嫁でも似たものを自分で作れればいいし」
それでは商売にならないと思うのだが、と彼はその時やや呆れて言ったのだが。
「今の帝都の主流のドレスだと、似たものはできないひとも結構居るものですし。それに私、前から『友』や『画報』でうちの服の作り方の基本は出してますし。それでも作って欲しいって人がうちの客になるんですし」
実際のところ、同じものを作ったとしても職人のそれと素人のそれではまるで違う。
彼にしても、約束を守ってくれて以来作ってくれる自分の服のことを考えれば納得だった。
ヒドゥンがテンダーに最も感謝し、そして替えが効かない存在としている根拠は、この「自分に似合うぴったりの服を作ってくれる」という点だった。
婚約者権限でこれは材料費以外商売抜きの作業となっている。
テンダーが作るまで、彼にとって衣装以外の服を頼むというのは色んな意味で不安要素が大きかった。
吊るしを適当に矯正する程度で済ませていたのは、この世間にごまんとある紳士服の裁縫師に信用がおけなかったということが大きい。
一度だけ、学生時代に学友と共に作りにいったことがあった。
だがそこで感じたのは屈辱以外の何ものでもなかった。
寸法を取る時の好奇に満ちた視線、学校でも時折あった性的な視線、そして出来上がったものが今一つ動きづらいものだったとしても、へらへらとした笑いで。
「こちらはお客様の寸法にお合わせして一般的な紳士服を作らせていただいただけにございます」
そう言われたこと。
彼はあの視線を二度と浴びたくないと思った。
それだけに、安心して身体に合う服を任せられる彼女の存在はやはり大きかった。
仮縫いの段階から何度も修正をして、動きやすいもの、そしてあくまで彼の容姿が引き立つものを――時には埋もれるものを――要望に応じて作ってくれること。
熱情ではない。だがそこに信頼と友愛が確実に強く存在するのだ。
――そんなことをつらつらと思い返していた時、背後から気配がした。
そして彼の前に手が差し出された。
ふっと見ると、そこには夜の部で発表されるはずの上着に真っ白な柔らかなタイを結び、ずいぶん細身なスカートを身に付けたテンダーが居た。
背がいつもより高い。
どうやら上げ底をしている様だ。
そして彼はそれがスカートではないことに気付くのも早かった。
だがこの深い濃い藍色の上着の下は――生地こそ柔らかいが、ズボンだった。
そしてテンダーはそのまま花嫁衣装のヒドゥンの手を取り、観客にお辞儀をした。
さて、と彼は考える。
この衣装は元々北西辺境領の結婚式を見た時の印象が強かったのだ、と彼は聞いていた。
それと同時に、全く腰を絞らなくても美しいラインがあるということを強調したかったのだ、とも。
では何故花嫁衣装でそれをするのか、と彼が問いかけたらテンダーはこう答えた。
「普段着でそこまで変えるのは無理ですが、祝祭だったら別でしょう?」
特別な日、普段とは違う自分になったかの様に衣装をつける日だ。
自分は着る気が無いのに、と彼はヴェールの下でほんの少しだけ口の端を上げた。
やがてその足取りも端で止まる。
挨拶にテンダーが出てくるまでは待っていなくてはならない。
彼は手にした花束を中心にするイメージでその場でふわりと一周回ってみせた。
元々たっぷりとした布地のそれは、動きに連れて美しく広がった。
好きな花によって布地の色を変えるつもりなのだと聞いていた。
「そもそも花嫁衣装の色は帝国全土でも色々違う訳ですし」
現在帝都近郊の主流は白乃至はそれに近い色だが、そうと決まった訳でもない。
草原の地では深紅や朱の色に金銀の色の糸で刺繍をすることもあると聞く。
北東の地の伝統的な衣装は空の様な青だとも。
「だったら花嫁が好きな花と色を着ればいいと思うんですよ」
ちなみにヴェールや袖の花は細かい同色の糸の刺繍だった。
これだけでも相当手が込んでいる。
「ただ意匠は実のところ単純だから、別にこれは注文できない花嫁でも似たものを自分で作れればいいし」
それでは商売にならないと思うのだが、と彼はその時やや呆れて言ったのだが。
「今の帝都の主流のドレスだと、似たものはできないひとも結構居るものですし。それに私、前から『友』や『画報』でうちの服の作り方の基本は出してますし。それでも作って欲しいって人がうちの客になるんですし」
実際のところ、同じものを作ったとしても職人のそれと素人のそれではまるで違う。
彼にしても、約束を守ってくれて以来作ってくれる自分の服のことを考えれば納得だった。
ヒドゥンがテンダーに最も感謝し、そして替えが効かない存在としている根拠は、この「自分に似合うぴったりの服を作ってくれる」という点だった。
婚約者権限でこれは材料費以外商売抜きの作業となっている。
テンダーが作るまで、彼にとって衣装以外の服を頼むというのは色んな意味で不安要素が大きかった。
吊るしを適当に矯正する程度で済ませていたのは、この世間にごまんとある紳士服の裁縫師に信用がおけなかったということが大きい。
一度だけ、学生時代に学友と共に作りにいったことがあった。
だがそこで感じたのは屈辱以外の何ものでもなかった。
寸法を取る時の好奇に満ちた視線、学校でも時折あった性的な視線、そして出来上がったものが今一つ動きづらいものだったとしても、へらへらとした笑いで。
「こちらはお客様の寸法にお合わせして一般的な紳士服を作らせていただいただけにございます」
そう言われたこと。
彼はあの視線を二度と浴びたくないと思った。
それだけに、安心して身体に合う服を任せられる彼女の存在はやはり大きかった。
仮縫いの段階から何度も修正をして、動きやすいもの、そしてあくまで彼の容姿が引き立つものを――時には埋もれるものを――要望に応じて作ってくれること。
熱情ではない。だがそこに信頼と友愛が確実に強く存在するのだ。
――そんなことをつらつらと思い返していた時、背後から気配がした。
そして彼の前に手が差し出された。
ふっと見ると、そこには夜の部で発表されるはずの上着に真っ白な柔らかなタイを結び、ずいぶん細身なスカートを身に付けたテンダーが居た。
背がいつもより高い。
どうやら上げ底をしている様だ。
そして彼はそれがスカートではないことに気付くのも早かった。
だがこの深い濃い藍色の上着の下は――生地こそ柔らかいが、ズボンだった。
そしてテンダーはそのまま花嫁衣装のヒドゥンの手を取り、観客にお辞儀をした。
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