〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
191 / 208

183 発表会来たる④はじまり~お昼の部・アクシデント

しおりを挟む
 昼の鐘が何処かで鳴ったのを合図に、店内で流れる音楽が止まった。
 と同時に、それまで閉ざされていた緞帳が上がる。
 軽い昼食と共にその時間を待っていた客達のさざめきも鎮まる。
 舞台中央にテンダーはゆっくりと歩みを進め、声を張り上げた。

「本日は我がテンダー・ウッドマンズ工房の春夏の新作発表会にありがとうございます。ほんのひとときですが、この春夏に我が工房が新たに製作し売り出す予定の服を実際にご覧下さい」

 客の手には、既に三部それぞれで見せる予定の服がナンバーつきで記された二つ折りの厚紙のパンフレットがある。
 写真も絵も無し。
 ただ文字でのみその服についての情報が記されている。
 テンダーの挨拶ののち、会場には常に流れている静かな音楽とは違う、弾む様な踊りの曲が始まった。
 そして一人、また一人と番号札を持った女優達が音楽に乗った弾む様な足取りで舞台の右から中央――そして花道へとゆっくりと進んで行く。
 軽い素材のスカートは彼女達の動きにつれて揺れ、プリントされた大きな花もまた、鮮やかな軌跡を観客の目の裏に残して行く。
 マリナの様な背の高い女優はやや動きも大きい。
 花道の端、二の腕の半分辺りの袖から伸びた腕で、短い髪の上に乗せた帽子を取ってはくるり。
 帽子に飾られた花飾りもひらり。
 さりげなく、だが全身くまなく見せつけていく様が、既にある程度の年季の入った女優の貫禄をも感じさせる。
 だがその一方で、マリナは「自分自身」はかなり抑えていた。
 主役は服。
 彼女はあくまで服を見せる動きを端から端まで徹底する。
 そんな女優達が、花道に行った時点で次々にと現れる。
 一人に目を奪われていたと思ったらすぐに次が。

「……確か、あの方……」
「ええ、でも……」

 客達は女優達が誰だったか、思い出そうとするのだが、その余裕も与えずに次々と新しい服が目の前にやってくる。
 パンフレットと突き合わせ、これがいい、と思ったら客の彼女達は持っていたペンで番号に瞬時に丸をつけていく。

「速すぎません?」
「や、これでいい」

 次から次へとめまぐるしく女優達を歩かせることを決めたヒドゥンはじっとその様子を見据えている。
 腕組みをし、真剣な眼差しで、主に彼女達の足元を見つめている。
 ――と。
 総勢二十五人がほぼ2回着替えては舞台裏を慌てて回り、また右手から出ていくという流れを繰り返した終盤――
 彼の形の良い眉がひゅっ、と動き、組んでいた腕が外れた。
 慌てて舞台裏の通路へと向かうと、戻ってくる女優達に向かい声を張り上げた。

「ミナ! ミナは居る?」
「は、はい……」

 珍しい剣幕に、テンダーは何事か、と思ったが終わるまでは舞台袖を離れる訳にはいかない。
 普段はああいう声は上げない。
 その彼は、ミナ・ランシーの前にかがみ込むと、彼女の左足首をぐっと掴んだ。

「!」

 声にならない悲鳴がミナの喉から漏れる。

「やっぱりな」
「す、すみません! でもまだできます!」

 そう言うミナを黙って彼は右手の舞台袖へと引っ張って行き、椅子に掛けさせる。

「ファン先生!」
「お? 何だ俺の出番か?」
「出番だよ。ミナが足くじいてる。あと靴擦れも酷い。すぐに見て」
「よっしゃ」

 そのやりとりを聞いてテンダーはぱっと振り向いた。

「いや、キミは舞台見てて」
「でも」
「ミナの出番は昼の部はもう無いから」
「あ…… そうでしたね」

 二周の後、彼女の出番は無い。昼の部では。

「あ……!」

 昼の部では無い。
 だが、お茶の時間の大トリ。
 花嫁衣装が彼女にはあるのだ。

「だ、大丈夫でしょうか、足? 足なんですよね?」
「まあそう酷くは無いし」
「や、でもテンダー嬢、結構腫れてきたぞ」

 ファン医師の声が届く。

「大丈夫です、私できます!」

 外には聞こえない程度に、それでも叫ぶ様にミナは訴える。
 するとファン医師はやや大げさに首を横に振り。

「いやいやお嬢さん、お茶の時間にはちょっと厳しいぜ」
「それじゃ……」

 どうしよう、と思ったテンダーの肩をぽん、とヒドゥンは丸めたパンフレットで叩く。

「仕方ない」

 ふう、と彼は息をつく。

「俺がやるから」
しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...