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161 新しい店⑥機械の導入

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「おかげで注文は増えたのだけど…… 増えすぎてしまって!」

 宣伝は当たり、テンダーの思っていたよりも沢山の新規の注文客が増えた。
 「友」や「画報」に服の写真を載せたり、「ご家庭でできる縫製教室」の連載をカメリアが始めたこともある。
 それに「123」にやってくる客は基本的にテンダーの服の購買層だ。
 少女達をふわふわさせ始めたのが初夏というのも良かった。冬の服に較べ、夏服はそれなりに着回しの関係で数が必要でありつつ、材料の価格が冬より掛からないことから、一枚の単価は低く抑えられていた。
 手が出しやすい状況だったのだ。

「だけどさすがに今の人数では手が回らないから、お針子を募集することにしたし、第五の卒業生とかで興味のあるひとに声を掛けたりとかしてはいるんだけど」
「うーん」

 久々のサロンでテンダーはヘリテージュに状況を説明した。
 そもそもこのサロンへの久々の参加にしても、立て込んだ仕事にテンダーが溺れそうになっているのをポーレが見かねて息抜きしてこい、と送り出したのだ。
 久しぶりの友の来訪にヘリテージュは実に喜んだ。
 社交に勤しんではいたが、基本的にヘリテージュはテンダー程日々に追われてはいない。

「……何か門外漢の私からすると、お針子だけで回そうとするから駄目なんじゃないかと思うんだけど」

 え? とテンダーは顔を上げた。
 睡眠時間が少なくなっているのだろう、目の下の隈は隠せない。

「何で機械を入れないの? 縫製用の」
「え」

 そういうものがあるのはテンダーも知っている。
 だがそれは。

「いえね、夫の関係で何かと軍の話とかも耳に入ってくるんだけど、兵士の軍服とか背嚢とか野営用の天幕とかの縫製ってみな機械でしょ? まあ、布が分厚いからとか、真っ直ぐ縫うだけだから、とか色々理由はあるんでしょうけど、そういうのはドレスではできないのか、と思ったんだけど」

 テンダーは目を大きく見開いた。
 考えたことが無かった。
 ドレスというものはともかく細かく細かく手縫いでするものだと思い込んでいたのだ。
 実際、叔母の工房の方で作るものに関してはそれが当然なのは仕方がない。
 絹やレースを扱う繊細な作業なのだ。それにパーツの曲線が非常に多い。
 だが自分の服だったら。
 少なくともスカート部分を機械で真っ直ぐ縫うのだったら、ずいぶんと手間は減る。

「試しに使っている現場を見に行かない?」

 ヘリテージュは誘い、テンダーを軍用製品を作っている工場へと連れ出した。



「こちらでは、常に三十台の縫製機械を使用しております」

 工場長は訪問に来た貴族の夫人達に対し、うやうやしい礼をしつつ説明をする。

「重そうな機械ですのね」
「本体は重いですね。ですが動かすこと自体に力はさほど必要ではありません」

 働いているのは、老若男女関係が無かった。
 天幕を縫う者は真っ直ぐ一気に長い布を一つにしていく。

「どうですか?」

 テンダーは縫製されたばかりの製品を手に取る。

「……あまり今まで気をつけて見たことが無いんですが、ずいぶんと細かい目で縫うことができるのですね」
「無論縫い目は調整ができます。生地の厚みにも対応が」
「下着に使うくらいの厚さもですか?」

 現在彼女達が見ているものは、非常に厚く堅いものだった。
 使っている針も糸も太そうだ。

「そこは調整次第でしょう。兵士の下着も作るところもありますし。何ならメーカーの方へ紹介状を出しますが」



「ポーレ! 機械を入れるわ!」

 何だかんだであちこち回ったテンダーが出した結果はそれだった。
 「機械?」と復唱し、首を傾げるサミューリンの声を尻目に、がたがたと機械を置く場所を用意すべく、工房の一画を空けだした彼女の肩をポーレは叩き。

「まずは何が何だか説明してください」

 にっこりと笑う彼女に、テンダーはこの日あったことをひたすら説明するしかなかった。

「ともかく一台。高いことは高いのだけど、これは必要だと思うのよこれからは」
「けど、布を傷つけたりしませんか?」

 サミューリンは訊ねる。
 彼女はカメリアから縫う時には布の目に針を入れることをきつく言われているのだ。

「無論手縫いしなくてはならないところはそうするわ。だけど、そうでないところは機械の作る細かい縫い目というのは強いと思うの」
 そう言って貰ってきた見本を示す。
 機械の製作元が用意したそれは、厚手から薄手の生地まで様々なものだった。

「でも誰が動かすんですか? ……すぐには覚えられそうにないですよ」

 それに関してはポーレも不安だった。

「ええ。だから機械の指導員をしばらくお借りすることにしたわ」

 そこまでかい! とポーレもサミューリンも驚いた。

「それで沢山のお嬢さん方がもっと楽しく軽く服を着ることができる様になればいいんじゃない?」
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