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156 新しい店①新しい工房とそのスタッフ
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しばらくして「123」の側に、テンダーの小さな工房が開かれた。
あくまでひっそりと。
三階建てのその場所は、一階を店舗と作業場に食堂も兼ねた厨房、二階に居間、テンダーとポーレの寝室、三階は倉庫と住み込みの下働き兼弟子や雑役女中のための寝室と決めた。
イリッカとサミューリンが順調だったことから、その後北西からもう一人の少女が送られてきた。
そこで元々のウッドマンズ工房から一人、少女を借り受けることとした。
「では私が」
と言い出したのはサミューリンの方だった。
「ポーレ様が向こうに行かれるなら、きっとイリッカが残った方がいいかと」
確かに、と皆うなずいた。
「いやでも私それじゃあ寂しいんだけど」
そう言うイリッカにテンダーは。
「大丈夫、まだ叔母様の指導は続いているのでしょう? こちらの作業の手伝いはそちらの指導が終わって帰ってからにすればいいわ」
良かった! とイリッカは笑顔になった。
カメリアは工房の一部を割いて、まず塾を開く前の予行演習としてこの少女達に教えていた。
教える内容に関して、とりあえずまとめてからの方が良いのだろう、という判断もある。
そして半年だの一年だの、といった区切りも必要だろうと。
一人で引き受けられる人数はどれだけだろう? という問題もある。
とりあえずは二人、そして途中から入ったリーカ・リエッテ。
この途中から入った子に対する教え方というのも、カメリアにとっては今後の参考になった。
ちなみにこのリーカは最初の二人より一つ下だった。やはり両親が居ない子だという。
イリッカは仲の良い同輩と別れ、自分とこの後輩だけになってしまうのをやや怖れていた。
そこでテンダーの言葉である。
朝の支度が済んだらすぐにサミューリンはウッドマンズ工房へ行き、三人で「先生」から学ぶ。
共に昼を食べたらテンダーの工房に戻り、今度は仕事に就く、という形となるのだった。
「それにまず最初は大きな仕事が来る訳ではないしね」
そう、本当にテンダーの工房はひっそり始まったことから――客は元々の常連がぽつぽつやってくることしか、とりあえずはなかった。
「いいんですか?」
そう問いかけるポーレに。
「まだいいの。ともかくこの場で服作りがちゃんとできるかどうかが軌道に乗ったら、したいことがあるんだけど」
「したいこと」
「うん。何となく前々から考えていたことはあるの。ただそれはすぐにできるものじゃないし、色々曖昧すぎるから、まだポーレにも上手く言えないのよ」
「そうですか。まあそれはそれでいいですが。でも『123』の目と鼻の先というのは良かったですね。お客様との打ち合わせにあの場を使いやすいですし」
「そこが狙い目」
ふふ、とテンダーは笑った。
大概の工房は、大きな場所を取り、そこでそれまでに作られた、もしくは作成中のドレスを見ながら、その場で応対し客の注文を聞いていく。
「でも今のところ、私のお得意はこちらから出向けばいいところばかりだし。それにここはあくまで私の色で染めたいしね」
「それで、この新しい生地の山ですか?」
ポーレは落ち着いた青鈍色の生地を手に取る。
一階の作業場にはセレ経由でやってきた新たな生地の見本がどん、と置かれている。
「そう。ちょっとこれは使い勝手が面白そうだと思って」
「……織り…… じゃないですよね。これ細い糸を編んであるものですよね」
伸びるわ、とばかりにポーレは生地を両手で軽く引っ張ってみる。
「そう。最近セレの関係している工場で、織機ではなくて編機を入手したんですって」
「編機って、例えば靴下とかの、あれですか? ってわざわざ今更?」
「あ、たぶんそれ考えているのと違うと思うのよ」
「?」
「ポーレたぶん、小さな内職用のを考えてるでしょ。そうじゃなくて、大きな筒でたっぷりとした布を編む機械なのよ」
「え? そんなのあるんですか?」
あくまでひっそりと。
三階建てのその場所は、一階を店舗と作業場に食堂も兼ねた厨房、二階に居間、テンダーとポーレの寝室、三階は倉庫と住み込みの下働き兼弟子や雑役女中のための寝室と決めた。
イリッカとサミューリンが順調だったことから、その後北西からもう一人の少女が送られてきた。
そこで元々のウッドマンズ工房から一人、少女を借り受けることとした。
「では私が」
と言い出したのはサミューリンの方だった。
「ポーレ様が向こうに行かれるなら、きっとイリッカが残った方がいいかと」
確かに、と皆うなずいた。
「いやでも私それじゃあ寂しいんだけど」
そう言うイリッカにテンダーは。
「大丈夫、まだ叔母様の指導は続いているのでしょう? こちらの作業の手伝いはそちらの指導が終わって帰ってからにすればいいわ」
良かった! とイリッカは笑顔になった。
カメリアは工房の一部を割いて、まず塾を開く前の予行演習としてこの少女達に教えていた。
教える内容に関して、とりあえずまとめてからの方が良いのだろう、という判断もある。
そして半年だの一年だの、といった区切りも必要だろうと。
一人で引き受けられる人数はどれだけだろう? という問題もある。
とりあえずは二人、そして途中から入ったリーカ・リエッテ。
この途中から入った子に対する教え方というのも、カメリアにとっては今後の参考になった。
ちなみにこのリーカは最初の二人より一つ下だった。やはり両親が居ない子だという。
イリッカは仲の良い同輩と別れ、自分とこの後輩だけになってしまうのをやや怖れていた。
そこでテンダーの言葉である。
朝の支度が済んだらすぐにサミューリンはウッドマンズ工房へ行き、三人で「先生」から学ぶ。
共に昼を食べたらテンダーの工房に戻り、今度は仕事に就く、という形となるのだった。
「それにまず最初は大きな仕事が来る訳ではないしね」
そう、本当にテンダーの工房はひっそり始まったことから――客は元々の常連がぽつぽつやってくることしか、とりあえずはなかった。
「いいんですか?」
そう問いかけるポーレに。
「まだいいの。ともかくこの場で服作りがちゃんとできるかどうかが軌道に乗ったら、したいことがあるんだけど」
「したいこと」
「うん。何となく前々から考えていたことはあるの。ただそれはすぐにできるものじゃないし、色々曖昧すぎるから、まだポーレにも上手く言えないのよ」
「そうですか。まあそれはそれでいいですが。でも『123』の目と鼻の先というのは良かったですね。お客様との打ち合わせにあの場を使いやすいですし」
「そこが狙い目」
ふふ、とテンダーは笑った。
大概の工房は、大きな場所を取り、そこでそれまでに作られた、もしくは作成中のドレスを見ながら、その場で応対し客の注文を聞いていく。
「でも今のところ、私のお得意はこちらから出向けばいいところばかりだし。それにここはあくまで私の色で染めたいしね」
「それで、この新しい生地の山ですか?」
ポーレは落ち着いた青鈍色の生地を手に取る。
一階の作業場にはセレ経由でやってきた新たな生地の見本がどん、と置かれている。
「そう。ちょっとこれは使い勝手が面白そうだと思って」
「……織り…… じゃないですよね。これ細い糸を編んであるものですよね」
伸びるわ、とばかりにポーレは生地を両手で軽く引っ張ってみる。
「そう。最近セレの関係している工場で、織機ではなくて編機を入手したんですって」
「編機って、例えば靴下とかの、あれですか? ってわざわざ今更?」
「あ、たぶんそれ考えているのと違うと思うのよ」
「?」
「ポーレたぶん、小さな内職用のを考えてるでしょ。そうじゃなくて、大きな筒でたっぷりとした布を編む機械なのよ」
「え? そんなのあるんですか?」
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