105 / 208
幕間3 キリューテリャは市場を歩く(前)
しおりを挟む
テンダー達が卒業した翌々年のことだ。
*
南東辺境領都ランミャン、通称「海の都」。
ふらふらとその日、辺境伯家へとご機嫌伺いに行く途中、男爵令嬢キリューテリャは侍女と護衛それぞれ一人ずつを連れ、市場を眺めながら歩いていた。
「お約束の時間は大丈夫ですか?」
侍女は尋ねる。
「大丈夫。それに今日は一姫様に綺麗な布を一つ選んで行くと言ってあるし」
帝都で使っていたよりは砕けた言葉。
というよりは、この地方独自の言葉――文法は同じだが、発音や語彙が異なった方言である。
キリューテリャが学校でやや丁寧過ぎる言葉づかいをしていたのは、この方言を使わないようにしていたためだった。
郷里に戻ってくれば、無論それにならう。
ここで侍女なり護衛などが使うのは、またそこにおける微妙な敬意を払った言葉だ。
「一姫様にですか。また何故に」
「お人形遊びの服を作りたいのですって。ねえ、端切れを売っているのはどの辺りかしら」
一姫。
そう、彼女はこの時期、まだ若い辺境伯夫妻の小さな娘の家庭教師をしていた。
この土地において男爵だ子爵だ、というのは元々あった上下関係に帝都風の名を付けたに過ぎない。
元々この地域の辺境伯領というのは、一つの王国だった場所だった。
海を挟んで広い島嶼国家との国境に面していることから、範囲は広い地域を所持しつつも帝国に編入することを選んだという歴史を持っている。
それだけに他の地域より文化に独自色が強い。
言葉もそうだが、特に衣食住という基本的なところが帝都のそれとは全く異なっていることが多い。
市場は全体的に高い天幕で覆われている。
白い、厚い布地で覆われてようやく強い日差しを防ぐことができる。
キリューテリヤはここに来るまでには頭から布をばっさりとかぶっていた。
布自体は陽を通さず風通しが良い。
そしてその下の身体にはぴったりとした上着と、たっぷりの布を巻いたスカート。
貴族であれ、この地では基本的にその姿である。
さもなくば、この高温多湿の地域では保たないのだ。
なので、キリューテリャが買い求める人形の服にしても、そのスカート部分のための柄の様々な端切れが欲しい、ということになる。
侍女は自身の記憶で端切れを売っている露店を探す。
「ああ、あそこです。あの鸚鵡を吊している」
「ああ」
キリューテリャは弾む様な足取りで侍女の示す方向へと進んだ。
庶民の女性が少しお洒落をする時の材料の布が色とりどりに吊されている。
「最近は染めが多いのね」
「刺繍よりずっと安くできますし、それでいて軽いですから」
とは言え、正式な場では無論刺繍がふんだんにされたものが良しとされるのがこの地方である。
「あのー、子供の人形遊びに使いたいんですが、端切れ売ってますか?」
*
南東辺境領都ランミャン、通称「海の都」。
ふらふらとその日、辺境伯家へとご機嫌伺いに行く途中、男爵令嬢キリューテリャは侍女と護衛それぞれ一人ずつを連れ、市場を眺めながら歩いていた。
「お約束の時間は大丈夫ですか?」
侍女は尋ねる。
「大丈夫。それに今日は一姫様に綺麗な布を一つ選んで行くと言ってあるし」
帝都で使っていたよりは砕けた言葉。
というよりは、この地方独自の言葉――文法は同じだが、発音や語彙が異なった方言である。
キリューテリャが学校でやや丁寧過ぎる言葉づかいをしていたのは、この方言を使わないようにしていたためだった。
郷里に戻ってくれば、無論それにならう。
ここで侍女なり護衛などが使うのは、またそこにおける微妙な敬意を払った言葉だ。
「一姫様にですか。また何故に」
「お人形遊びの服を作りたいのですって。ねえ、端切れを売っているのはどの辺りかしら」
一姫。
そう、彼女はこの時期、まだ若い辺境伯夫妻の小さな娘の家庭教師をしていた。
この土地において男爵だ子爵だ、というのは元々あった上下関係に帝都風の名を付けたに過ぎない。
元々この地域の辺境伯領というのは、一つの王国だった場所だった。
海を挟んで広い島嶼国家との国境に面していることから、範囲は広い地域を所持しつつも帝国に編入することを選んだという歴史を持っている。
それだけに他の地域より文化に独自色が強い。
言葉もそうだが、特に衣食住という基本的なところが帝都のそれとは全く異なっていることが多い。
市場は全体的に高い天幕で覆われている。
白い、厚い布地で覆われてようやく強い日差しを防ぐことができる。
キリューテリヤはここに来るまでには頭から布をばっさりとかぶっていた。
布自体は陽を通さず風通しが良い。
そしてその下の身体にはぴったりとした上着と、たっぷりの布を巻いたスカート。
貴族であれ、この地では基本的にその姿である。
さもなくば、この高温多湿の地域では保たないのだ。
なので、キリューテリャが買い求める人形の服にしても、そのスカート部分のための柄の様々な端切れが欲しい、ということになる。
侍女は自身の記憶で端切れを売っている露店を探す。
「ああ、あそこです。あの鸚鵡を吊している」
「ああ」
キリューテリャは弾む様な足取りで侍女の示す方向へと進んだ。
庶民の女性が少しお洒落をする時の材料の布が色とりどりに吊されている。
「最近は染めが多いのね」
「刺繍よりずっと安くできますし、それでいて軽いですから」
とは言え、正式な場では無論刺繍がふんだんにされたものが良しとされるのがこの地方である。
「あのー、子供の人形遊びに使いたいんですが、端切れ売ってますか?」
53
お気に入りに追加
2,552
あなたにおすすめの小説

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。
妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる