91 / 125
落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)
第91話 「殺しはしないだろう」
しおりを挟む
ナギはそう言うと、トランクを掴み、駈けだした。細い銀に近い金の三つ編みが、揺れる。
彼もまた、荷物を握ると、その場から駆け出す。ちら、と後ろに視線をやると、確かに、居た。三人だった。
ああそうだ、と彼は思う。確かに、あの時店に居た、作業服を着た者がその中には混じっている。
彼は足を早め、ナギの横に並ぶと、呼吸を乱さない様に注意しながら声を掛ける。
「……居た」
「ああ」
「何処まで走るつもり?」
ナギは時々呼吸を整えながら、そうだな、と言葉を入れる。
「上手く行けば、もうじき……」
彼女がそう言った時だった。ユカリははっとして彼女の腕を強く下に引いた。
「伏せろ!」
ひゅん、と頭上を、何かが通っていく。
気配を感じて、ユカリはとっさに彼女を避けさせた。
砂ぼこりが舞う。
ぷ、と彼女は口の中に入ったらしい砂と一緒に、大地に唾を吐く。すぐに体勢を立て直す。
それはユカリも同様だった。幾らかか離れている相手は、銃を手にしている。
「……あの銃は」
「見たことがあるのか?」
ナギは彼に問いかけた。ああ、とユカリはつぶやく。そういう訓練は、されているのだ。現在帝国内で使われている携帯兵器の種類は、一瞬で見極めることはできる。
「応戦は可能か?」
ナギは短く、かつ重要なことを問いかける。どうだろう、とユカリは思う。向こうの意図が、自分達をどうしたいのか、どうにもよく判らないのだ。
「心配するな。殺しはしないだろう」
「そうなのか?」
「たぶん」
彼女にしては歯切れの悪い言葉に、ユカリはやや不安を覚える。だが、かと言って立ち止まっている訳にもいかない。この広い、ただ広いばかりの大地の上で、逃げも隠れもできないとなれば。
三人。若すぎもせず、歳をとってもいない。作業服は動きやすいだろう。何よりも、銃を持っている。しかも、それは拳銃だ。
しかし、それは決して遠距離における精度を目的としたものではない。実弾をそのまま輪胴に込める方式のものだ。この方式は、素早く連続して発射することを目的としているので、精度は二の次となる。そして、込められている弾丸数もそう多くはないはずだった。少なくとも、正規軍の新型よりは。
となると。
帝国内で銃はまず滅多に出回ることが無い。武器として決してそれは一般的ではないのだ。内乱を抑える意味で成立しているこの国の正規軍には、あまり必要も開発も行われないものだった。
「むしろ、あれは……」
軍よりは。
「警察機関?」
彼はつぶやいてみる。もしくは、それに近いもの。内務省の管轄の…… 可能性はある。
しかし殺さないと言ったところで、そういった機関に、何故追われて、そして反撃するのかの理由を問われるとまた厄介である。彼の主にとって、決してそれは良い事態ではない。
「どうする!」
「どうするって!」
問われたナギの方も、どうしたものか、という表情をしている。隠れる所も無いこの場所で。
ち、と舌打ちをすると、ユカリは自分の服のボタンを素早く二つ三つと引きちぎる。そして指でそれを鋭くはじき出した。
お、という声が上がり、一人が手を押さえる。そしてもう一人が顔を。
そしてそのスキをつくように、彼は三人の方へと駈けだした。
ナギは大きく辺りを見渡す。そして何かを探す様に、ぐるりと首を動かした。
ユカリは迷わずに顔を押さえている方の男に駆け寄る。
そして鋭い一撃を、その押さえた手の上からくらわせた。
ふらり、と男はその場に砂ぼこりを立てて倒れた。
だが。
「動くな」
重い、冷たい金属の感触が首に当たっているのを彼は感じた。押し付けられているものが何なのか、それはすぐに判った。
しかし次の瞬間、背後の男はおっと目を広げた。
身をかがめ、ユカリは足を後ろにぐるりと回す。頭を下げる。頭上で、大きな音が響いた。うわ、と声がした。目の前に赤が弾けた。
そして、そのままその銃を持った手を空に勢いよく向けさせ、手を開かせた。ぽろり、と銃が落ちる。何だ、案外筋肉が無い、と彼は思う。
「ナギ!」
彼は離れた場所に居た彼女に合図を送った。トランクを置いて、彼女は近づいてくる。そして落ちた銃を拾うと、慣れた手つきで、ユカリが手を押さえている男に向かって突き付けた。
「強いな、ユカリ」
「どういたしまして」
彼はあっさりと答える。こういうことだったら、と彼は思うのだ。こういうことなら、自分は何も考えずに、ただ、相手を倒すことだけを頭に置いて動けるのだ。
そして気絶している一人、間違って肩を打たれた一人の両方に視線をやりながら、ナギはうなづく。
「あなた達にはちょっとつきあってもらおう」
え、と手を掴まれている男とユカリが同時に彼女の方を向いた。
「このひとの傷の手当もせんといかんしな。ほら」
彼女はぐるり、と先の見えない平地の方へとあごをしゃくる。あ、とユカリは思わず声を立てた。
いつの間にだろう。ずらり、と馬に乗った人々がその平地にちは並んでいた。
「何とか、間に合ったようだ」
ナギはそう言って、空に向けて拳銃を一発、打った。
彼もまた、荷物を握ると、その場から駆け出す。ちら、と後ろに視線をやると、確かに、居た。三人だった。
ああそうだ、と彼は思う。確かに、あの時店に居た、作業服を着た者がその中には混じっている。
彼は足を早め、ナギの横に並ぶと、呼吸を乱さない様に注意しながら声を掛ける。
「……居た」
「ああ」
「何処まで走るつもり?」
ナギは時々呼吸を整えながら、そうだな、と言葉を入れる。
「上手く行けば、もうじき……」
彼女がそう言った時だった。ユカリははっとして彼女の腕を強く下に引いた。
「伏せろ!」
ひゅん、と頭上を、何かが通っていく。
気配を感じて、ユカリはとっさに彼女を避けさせた。
砂ぼこりが舞う。
ぷ、と彼女は口の中に入ったらしい砂と一緒に、大地に唾を吐く。すぐに体勢を立て直す。
それはユカリも同様だった。幾らかか離れている相手は、銃を手にしている。
「……あの銃は」
「見たことがあるのか?」
ナギは彼に問いかけた。ああ、とユカリはつぶやく。そういう訓練は、されているのだ。現在帝国内で使われている携帯兵器の種類は、一瞬で見極めることはできる。
「応戦は可能か?」
ナギは短く、かつ重要なことを問いかける。どうだろう、とユカリは思う。向こうの意図が、自分達をどうしたいのか、どうにもよく判らないのだ。
「心配するな。殺しはしないだろう」
「そうなのか?」
「たぶん」
彼女にしては歯切れの悪い言葉に、ユカリはやや不安を覚える。だが、かと言って立ち止まっている訳にもいかない。この広い、ただ広いばかりの大地の上で、逃げも隠れもできないとなれば。
三人。若すぎもせず、歳をとってもいない。作業服は動きやすいだろう。何よりも、銃を持っている。しかも、それは拳銃だ。
しかし、それは決して遠距離における精度を目的としたものではない。実弾をそのまま輪胴に込める方式のものだ。この方式は、素早く連続して発射することを目的としているので、精度は二の次となる。そして、込められている弾丸数もそう多くはないはずだった。少なくとも、正規軍の新型よりは。
となると。
帝国内で銃はまず滅多に出回ることが無い。武器として決してそれは一般的ではないのだ。内乱を抑える意味で成立しているこの国の正規軍には、あまり必要も開発も行われないものだった。
「むしろ、あれは……」
軍よりは。
「警察機関?」
彼はつぶやいてみる。もしくは、それに近いもの。内務省の管轄の…… 可能性はある。
しかし殺さないと言ったところで、そういった機関に、何故追われて、そして反撃するのかの理由を問われるとまた厄介である。彼の主にとって、決してそれは良い事態ではない。
「どうする!」
「どうするって!」
問われたナギの方も、どうしたものか、という表情をしている。隠れる所も無いこの場所で。
ち、と舌打ちをすると、ユカリは自分の服のボタンを素早く二つ三つと引きちぎる。そして指でそれを鋭くはじき出した。
お、という声が上がり、一人が手を押さえる。そしてもう一人が顔を。
そしてそのスキをつくように、彼は三人の方へと駈けだした。
ナギは大きく辺りを見渡す。そして何かを探す様に、ぐるりと首を動かした。
ユカリは迷わずに顔を押さえている方の男に駆け寄る。
そして鋭い一撃を、その押さえた手の上からくらわせた。
ふらり、と男はその場に砂ぼこりを立てて倒れた。
だが。
「動くな」
重い、冷たい金属の感触が首に当たっているのを彼は感じた。押し付けられているものが何なのか、それはすぐに判った。
しかし次の瞬間、背後の男はおっと目を広げた。
身をかがめ、ユカリは足を後ろにぐるりと回す。頭を下げる。頭上で、大きな音が響いた。うわ、と声がした。目の前に赤が弾けた。
そして、そのままその銃を持った手を空に勢いよく向けさせ、手を開かせた。ぽろり、と銃が落ちる。何だ、案外筋肉が無い、と彼は思う。
「ナギ!」
彼は離れた場所に居た彼女に合図を送った。トランクを置いて、彼女は近づいてくる。そして落ちた銃を拾うと、慣れた手つきで、ユカリが手を押さえている男に向かって突き付けた。
「強いな、ユカリ」
「どういたしまして」
彼はあっさりと答える。こういうことだったら、と彼は思うのだ。こういうことなら、自分は何も考えずに、ただ、相手を倒すことだけを頭に置いて動けるのだ。
そして気絶している一人、間違って肩を打たれた一人の両方に視線をやりながら、ナギはうなづく。
「あなた達にはちょっとつきあってもらおう」
え、と手を掴まれている男とユカリが同時に彼女の方を向いた。
「このひとの傷の手当もせんといかんしな。ほら」
彼女はぐるり、と先の見えない平地の方へとあごをしゃくる。あ、とユカリは思わず声を立てた。
いつの間にだろう。ずらり、と馬に乗った人々がその平地にちは並んでいた。
「何とか、間に合ったようだ」
ナギはそう言って、空に向けて拳銃を一発、打った。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
モヒート・モスキート・モヒート
片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」
「……どこにでもいる、冴えない男?」
(※本編より抜粋)
主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。
毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。
紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。
名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは?
途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる