上 下
79 / 125
落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)

第79話 幼馴染みの見送り

しおりを挟む
 その同行する少女を、翌朝迎えに行ってほしい、とユカリは言い渡された。慌てて部屋に戻り、旅行仕様の荷物をまとめ始める。
 着任以来、近場の職務であちこちに出向くことはあったが、大陸横断鉄道を使用して、などというのはさすがに初めてだった。
 これは大事だ、と彼は思った。だが、その「大事」が、一人の少女の手助け、というのが、少しばかり気抜けがしたのだが。
 いずれにせよ、それは彼の敬愛なる皇太后の命令なので、自分は全力を尽くさなくてはならない、と彼は内心、燃えていた。
 燃えて、荷造りをしていた時だった。

「……何してるの?」

 彼はぎょっとして声のする方を見る。それは自分の寝台の方からだった。

「アイノお前…… まだ自分の部屋に戻ってなかったのか?」
「主さまが今日は休んでいいっておっしゃったわ。だから」
「主さまが?」
「でもその様子だと、あんた仕事のようね。今朝、呼ばれて、あたしのこと、何か言われなかった?」
「言われなかった、って…… お前何かしたの? アイノ」

 そう彼が言うと、アイノは長い黒い、二つに分けたお下げ髪を大きく揺らせた。

「したの、じゃないのよ! されたの」
「されたって、何を」
「ああやだやだやだ。絶対あんたってそうなんだもの。あたしが昨夜何回、あんたに抱いて抱いてって頼んだのか、それでも意味判らないのよね? 言うんじゃなかったわ、こんな恥ずかしい言葉」

 ユカリは荷物をまとめる手を止めた。

「鈍感」
「……お前まさか、……その」
「されちゃったのよ。でも安心して。お相手は、男じゃないから」
「ちょっと待てよ」

 彼は立ち上がり、友人のそばに寄った。アイノは見上げるユカリからふいっと目を逸らす。

「待てよ、じゃないわよ」
「って、お前、それって……」
「あたしが最近主さまの命で、芙蓉館に出入りしていたことは知ってるでしょ?」
「ああ、確か後宮の、……客人専用の館だよな? たくさん館は敷地内にはあるけど……」
「最近、そこに女の子が一人連れられてきて、世話を命じられたんだけど」

 女の子? ユカリは軽く眉を寄せる。どうも最近お互いに女の子に縁があるらしい。

「何、その女の子ってのは、そういう類の娘なのか?」
「ううん、そうじゃないわ。だって第一中等の制服だったもの。あたしだって判るわよ。白い大きな襟に白いタイ。真っ黒な制服なんて、第一しかないわ」

 まただ、と彼は思う。そしてまさか自分の同行する相手がそれではないか、と思わず考えてしまう。

「第一中等で、何かいいとこのお嬢さんみたいだから、あたしも丁寧に相手していた…… つもりなんだけど……」
「ちょっと待てお前、その『お嬢さん』に何かされたのか?」

 う、とアイノは喉から声を立てる。そして寝台に座る自分の前でしゃがみ込むユカリの首に腕を回した。よしよし、と彼は友人の背中に手を回すと、それがやがてぴくぴくと動き出すのに気付く。どうやら泣いているらしい。
 もっとも、彼らは声を立てて泣くこととは無縁だった。小さな頃から、そう訓練されているのだ。
 やがて一時の嵐が治まったのか、アイノはそれでも顔を伏せたまま、小さな声でつぶやく。

「……そりゃ、あたしだって残桜衆の一員だから、いつかそんなことが必要になったら、それはやるしかない、って思ってたわ。だってそれがあたし達の仕事じゃない…… 主さま…… 皇太后さまから最も信頼される、隠密の…… 直属の部下なんだから…… だけど、それでも、最初は、あたし、あんたとしたかったのよ」

 ユカリは回した手でぽんぽんと背を軽く叩く。確かにそのくらいだったらしてやっても良かった。彼女は友人だし、頼まれれば、それは。ただ昨夜の取り乱した様子では、さすがにそういう気にはなれなかったが。
 残桜衆、と彼らは呼ばれている。アイノが言う通り、彼らはこの帝国の皇宮において、皇太后から直接の命を受け取って動く、隠密だった。
 その成立は、既に百年程さかのぼることになる。
 元々「残桜衆」というのは、かつてこの帝国が統一を果たす三代の皇帝の御代において、最後まで抵抗を続けた藩国「桜」の残党だった。
 それは長い間に分裂と増殖を繰り返し、いつの間にか、本体は何処に行ったのか判らなくなっていたが、その一派が六代の皇帝の御代において、当時の皇后エファ・カラシェイナの元についた。
 それ以来約百年、彼らは皇后そして皇太后の直属の部下として、その手足となって働いている。
 もっとも、この帝国において、皇后および夫人が直属の部下を持ち、政治に参加することは禁じられているので、あくまで彼らは隠密である。普段は、この皇宮において、何かと別の仕事についている。
 そして、その必要に応じて、皇太后カラシェイナの直々の命令が下るのである。

「……ごめんね。仕事に出かける矢先に」
「いいよ、別に」
「ううんそうは行かないわよ。あたしはお休みをいただけたけど、あんたはそうじゃないわ、せっかくのお仕事なのよ。体調も万全にして行かなくちゃ。……ごめんね、何か目赤い」
「本当にいいって」

 そう言って、ユカリはもう一度、彼女の背を軽く叩いた。そして身体を離すと、今度は正面から向き合った。

「けどお前、その芙蓉館に居るお嬢さんって、誰なのか聞いているか?」
「ううん」

 アイノは首を横に振る。

「聞いていないわ。確かに第一中等の生徒さんだってことは確からしいんだけど……あたしが知るべきことではないし」
「そうだよな」

 その送られてきた「お嬢さん」の世話をするのはアイノの「仕事」。しかし、その「お嬢さん」の素性に関心を持つのはその範疇には無い。それ以上の関心をもつべきではない。それが二人の共通した考えだった。

「何か主さまにもお考えがあってそうなされているのだとは思うわ」
「そうだよな」

 彼はうなづく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」 「……どこにでもいる、冴えない男?」 (※本編より抜粋) 主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。 毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。 紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。 名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは? 途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

荒んだ目をしたあなた

三笹
恋愛
ホームレスのミノル(女)が、日常に変化が欲しくなったアズサ(女)と出会って知り合いになって最終的に恋愛する話。 ※本編はカクヨムに載せているものと同じです。

おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ
恋愛
本編:おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい の番外編になります。本編もよろしくお願いします。

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...