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第47話 『落ちてきた場所』

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「まあ細かいことまでちまちまと」
「細かいことではないでしょう? 彼は現在カラ・ハンの族長だわ。帝国にとってそう見逃せる存在ではないでしょう」
「でもそれとどう私がホロベシをどうこうしたということと関係がありますか?」
「さて」

 カラシュは首を軽くかしげる。

「動機がいまいちはっきりしなかったのよ。ホロベシを殺した所であなたにメリットはないわ。少なくとも、私との取引を知らなかった貴女にはね。だってそうでしょう。彼は貴女のスポンサーでしょう。彼が亡くなったら混乱は目に見えている。ただの『令嬢の学友』などはじき出される可能性の方が強い訳じゃない」
「そうでしょうね」
「だけどさっきの反応を見て非常によく判ったわ。それに貴女のお友達も。……貴女ホロベシ社団を彼女に渡したいんでしょう。あの少年ではなく」
「それは、男爵の庶子の少年のことを言ってますか」
「ええそうよ。このままでは彼のものになってしまうでしょうね。そしてシラ嬢は誰か何処かの男と政略結婚させられてしまう。嫌でしょう?」

 ナギは黙っている。当然すぎて言う気もなかった。カラシュは軽くため息をつく。

「どうやらずいぶん変わってしまったようね。第一中等も」
「お聞きになったんですか」
「ええ。驚いたわ。確かに私達の頃も仲がいい友達は多かったわ。私にも親友は居たし。でもそこまでする訳ではなかったわ」
「平和だったんですね」

 明らかな嫌みにカラシュはふふっと笑って受け流す。

「イラ・ナギ、貴女がシラ嬢をそう仕込んだんでしょう?」
「そうですよ」
「言うわね」
「それがそこの慣習で、それが嫌なら、対抗策を考えなくてはならないのは当然のことでしょう。何もしなかったらそれは結局服従と同じですからね」
「服従するのは嫌い?」
「大嫌いですね」
「でしょうね」
「続きをどうぞ」
「貴女、前から機会をうかがっていたんじゃないの? イラ・ナギ」
「残念ながらその余裕はありませんでしたよ。何せ例の少年のことも、私は帝都に来て初めて聞きました。それに、私は私で、結構めまぐるしい事態に巻き込まれていたのですから」
「だけどそのめまぐるしい事態を利用したのではなくって?」

 ナギは苦笑し、首を横に振る。

「買いかぶらないでくださいな、皇太后様。そんな偶然、そう簡単にある訳はないじゃないですか」
「別に偶然なんて言っていないわ。もしも貴女が事前にカラ・ハンに自分がそちらへ向かうと連絡していたらどお?」
「さあ。何せ私は向こうの高速通信の番号さえ知らないですから」
「別に高速通信なんて言っていないわ。誰かを向こうにやればいいのよ」
「誰が? そんなこと私がどうしてできましょう?」
「カン・ティファン・フェイはちゃんと帰ることができたようね」

 カラシュは一枚の紙をぱらりと落とす。 

「ティファンは自殺したと聞きましたが?」
「制服の遺体が見つかっただけで、別にカン・ティファンと当局は断定した訳ではないわ。警察局長官と教育庁長官は二人とも、あれは別人と言った。つまりは彼らの『辺境学生狩り』手の内の者だったらしいわね。返り討ちに遭っている」
「……」
「貴女彼女を逃がしたでしょう」
「だとしたら?」
「そして族長ディ・カドゥン・マーイェに近々そちらへ向かうという連絡を送る。そして狂言誘拐をさせる。別に何か物資が本当に欲しい訳ではない。要は時間。向こうの手のうちに時間と位置を固定させておきたかっただけじゃないの?ホロベシを撃ち殺しやすいように」

 ナギは軽く目を伏せる。だが動揺はしていない。

「面白い話ですねえ」
「別にだからどうって訳ではないのよ。正直言って、こちらにとっても都合はいいの。ホロベシが消えたことで、ほら、貴女はここの、私の手の内に居る」
「さあそれはどうですか」
「貴女は逆らえない筈よ? こちらにシラ嬢が居る限り」

 それは事実である。ナギにとってシラは最大の弱点である。
 いつからそうなってしまったのか。会った時からと言ってしまえばおしまいであるが、実際そうなのだから仕方がない。

「最初に言った通り、別にシラ嬢に危害を加えようという気はないわ。大切な人質よ。でも単にそれだけでは貴女に分が悪すぎる。だから、条件を出しましょう」
「……」
「シラ嬢の相続と、ホロベシの提示した青海区の航路を保証してもいい。つまりはシラ嬢に、青海区の航路を進呈しましょうと」
「青海を航行できるようになると言うのですか?」
「だから、それを貴女にして欲しいの」

 ナギはさすがに耳を疑った。



「『落ちてきた場所』のことは聞いている筈よ」

 カラシュは二杯目のお茶を注ぐ。

「ええまあ。帝国の、最初の皇帝陛下が何かと出逢った場所ですね」
「ええそう。空から何かが落ちてきた。そしてそのために皇帝陛下は不老不死の身体になったと伝えられている。実際そうでしょうね。ダーリヤ様はなんとおっしゃった?」

 カラシュは初代皇后の名を持ち出す。

「皇太后様と同じようなことを。そこ出てきた何かが、初代のイリヤ皇帝陛下と一体になられたと。その何か、のために身体が変化したのだ、と」
「そうよね。私も夫から…… 六代の陛下から聞いたのはそういう話だったわ。今上もおそらくその話はあの方から聞かされている筈。そして今上の中に何か、はまだ居る筈。―――だけどその今上が現在はご病気なのよ」
「……そんな馬鹿な」

 ナギは目を大きく見開いた。
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