43 / 125
第43話 相棒到着する。
しおりを挟む
食事は毎度ながら良いものだった。
毒は入っていないようなので、とにかく体力は温存させておかなくちゃ(太るのは嫌だけど)、という訳でシラもまた、別の場所の相棒同様よく食べる。
珍しく、この夜は魚料理だった。平べったい白身魚のムニエルが香ばしく、美味である。付け合わせは青いアスパラガスととうもろこしの茹でたものである。
主食はパンの時もあるし、時には麺であることもある。
帝都は基本的に粉食地域である。南東部など、麦や米を直接調理して食べる所もあるが、帝都及びその周辺、辺境地までは粉に挽いたものを焼いたり煮たりするのが通例である。
食事に魚が出るのはこの時が初めてだった。基本的には焼かれた肉か、煮込み料理か、さもなければ豆料理が出る。
あまり肉が好きではないシラは、魚料理はちょっと嬉しい。野菜は主菜の付け合わせか、さもなくば煮込み料理にふんだんに加えられている。
そしてお茶のセットと、デザートまでつく。この日は真っ白なブラマンジェに濃い赤紫のソースが掛かっている。何のソースかはシラは判らなかったが、下の端々までつんとくる酸味が奇妙に心地よいと思えた。
これはなかなか本格的な食事の構成である。しかも魚まで。
帝都は内地である。魚は海か、川でしかとれない。
いずれにせよ帝都からは遠い。輸送手段が発達した現在だからある程度市場には出回るが、それでも魚はそうそう一般庶民の口には入らない。
とすると。
こんな客人(もしくは囚人)にそんなものを出すというのは。
そして紅はまた明日、と無表情のまま出て行った。
ちょっと待てよ。そしてシラは彼女が出て行ってから気付く。
連絡済み。ご心配なく。
心配をうちの連中がしなくともいい、ということかしら。それとも?
これは誘拐ではない、とシラは考えていた。もし誘拐だとしても、金だの物だのを目的としたものではない。どう見ても相手の方がそういったものは持っていそうである。必要がない。
だとしたら、自分をこうやって閉じこめておく理由は何だろう?
はっきり言って、今日が何日なのか、それすら現在のシラは確かめる方法がないのだ。
*
馬車が到着する音で、目が覚めた。窓を開けたら、よく晴れた陽の光が一気に部屋の中に入ってきた。
馬車が玄関に横付けになる。シラは寝間着のままで下をのぞき込む。二階の張り出しが大きいせいで、三階の様子は下からは見えない。
馬車の扉が開く。
あれ。
シラは半分眠っていた目をこする。
……
ちょっと待って!
陽の光に、きらきらと光る、無造作な髪。適当に切ったことが丸分かりで、しかも後ろに長く伸びる細かい三つ編み!
こんな頭してる奴なんてあたし一人しか知らない!
シラは目を見はる。手を伸ばす。大声を出さなくちゃ。ナギがそこにいる!
だがすぐにその姿は建物の中に消えていく。視界から消えていく。
でも中に入ったのは確かよ。
シラは大急ぎで寝間着を脱ぎ捨てる。たたんでいる暇なんてない。
寝台の上に放り投げると、短い靴を履く。長い靴の紐を結んでる暇なんて無いわ。
ばん、と音を立てて扉を開けて、廊下を走る。真っ赤なジュータンは上等なものだから、どれだけばたばたと走っても、音一つ立てない。
階段を駆け下りる。絶対に学校でこんな降り方したら、教師に舎監に怒鳴られる。だけどここは学校ではない。寮舎でもない。
誰があたしを止められるっていうの!
シラは最後の三段を一気に飛び降りる。
一階までその要領で一気に行く。何処の階も同じような作りをしていて気持ちが悪い。ややぐるぐると勢いよく手摺を使って回ったので、平衡感覚がちょっとおかしくなってる。
でも一階!
一階と言っても結構広い。シラは耳を澄ます。長いふわふわした焦げ茶の髪を耳に掛け、少しの音でも逃すまいと神経を逆立てる。
一つ二つ三つ……
四つ目のドアの前まで来た時だった。
話し声が、聞こえる。
ここだ。
「……私は黒夫人…… のご招待を受けた筈ですが……」
「ええその通りだわ」
「なのに夫人はいらっしゃらない。これはどういうことですか?」
声が聞こえる。一つはこの家の主。そしてもう一つは――― 彼女の好きな、アルトの声。
いつもだったら、最初は多少の猫をかぶるのに、どうやらそうしない程、怒っているらしい。
シラはドアの取っ手に手をかける。ひねる。がち、と止まる感触。鍵が掛かっている。入れない。
中から鍵が掛かっている。ナギは誰かと話している(でもそれは黒夫人ではない)。このままじゃ気付かれない。ナギに会えない!
どんどんどん。
シラはドアを叩く。思いきり叩く。
「ナギ! 居るんでしょ!」
会話が止まる。
「あたしよ!」
両手を握りしめて、思いきり、叩く。殴る。蹴りまで入れる。
「な……」
気配は無かった。
口がふさがれる。それだけではない。
何やら冷たい、薬品臭が鼻をつく。さほど強い力で押さえられている訳ではないのに、身動きが取れない……
がっくりと、シラは力と意識が抜けるのを感じる。感じて……何も分からなくなる。
そして紅は、その力の抜けた可愛らしい人形を、無表情のまま支え、何処にそんな力があるのか、軽々と抱き上げた。
「ご苦労様」
扉が開く。この家の主は、にこやかに微笑んで目前の光景を確かめた。
毒は入っていないようなので、とにかく体力は温存させておかなくちゃ(太るのは嫌だけど)、という訳でシラもまた、別の場所の相棒同様よく食べる。
珍しく、この夜は魚料理だった。平べったい白身魚のムニエルが香ばしく、美味である。付け合わせは青いアスパラガスととうもろこしの茹でたものである。
主食はパンの時もあるし、時には麺であることもある。
帝都は基本的に粉食地域である。南東部など、麦や米を直接調理して食べる所もあるが、帝都及びその周辺、辺境地までは粉に挽いたものを焼いたり煮たりするのが通例である。
食事に魚が出るのはこの時が初めてだった。基本的には焼かれた肉か、煮込み料理か、さもなければ豆料理が出る。
あまり肉が好きではないシラは、魚料理はちょっと嬉しい。野菜は主菜の付け合わせか、さもなくば煮込み料理にふんだんに加えられている。
そしてお茶のセットと、デザートまでつく。この日は真っ白なブラマンジェに濃い赤紫のソースが掛かっている。何のソースかはシラは判らなかったが、下の端々までつんとくる酸味が奇妙に心地よいと思えた。
これはなかなか本格的な食事の構成である。しかも魚まで。
帝都は内地である。魚は海か、川でしかとれない。
いずれにせよ帝都からは遠い。輸送手段が発達した現在だからある程度市場には出回るが、それでも魚はそうそう一般庶民の口には入らない。
とすると。
こんな客人(もしくは囚人)にそんなものを出すというのは。
そして紅はまた明日、と無表情のまま出て行った。
ちょっと待てよ。そしてシラは彼女が出て行ってから気付く。
連絡済み。ご心配なく。
心配をうちの連中がしなくともいい、ということかしら。それとも?
これは誘拐ではない、とシラは考えていた。もし誘拐だとしても、金だの物だのを目的としたものではない。どう見ても相手の方がそういったものは持っていそうである。必要がない。
だとしたら、自分をこうやって閉じこめておく理由は何だろう?
はっきり言って、今日が何日なのか、それすら現在のシラは確かめる方法がないのだ。
*
馬車が到着する音で、目が覚めた。窓を開けたら、よく晴れた陽の光が一気に部屋の中に入ってきた。
馬車が玄関に横付けになる。シラは寝間着のままで下をのぞき込む。二階の張り出しが大きいせいで、三階の様子は下からは見えない。
馬車の扉が開く。
あれ。
シラは半分眠っていた目をこする。
……
ちょっと待って!
陽の光に、きらきらと光る、無造作な髪。適当に切ったことが丸分かりで、しかも後ろに長く伸びる細かい三つ編み!
こんな頭してる奴なんてあたし一人しか知らない!
シラは目を見はる。手を伸ばす。大声を出さなくちゃ。ナギがそこにいる!
だがすぐにその姿は建物の中に消えていく。視界から消えていく。
でも中に入ったのは確かよ。
シラは大急ぎで寝間着を脱ぎ捨てる。たたんでいる暇なんてない。
寝台の上に放り投げると、短い靴を履く。長い靴の紐を結んでる暇なんて無いわ。
ばん、と音を立てて扉を開けて、廊下を走る。真っ赤なジュータンは上等なものだから、どれだけばたばたと走っても、音一つ立てない。
階段を駆け下りる。絶対に学校でこんな降り方したら、教師に舎監に怒鳴られる。だけどここは学校ではない。寮舎でもない。
誰があたしを止められるっていうの!
シラは最後の三段を一気に飛び降りる。
一階までその要領で一気に行く。何処の階も同じような作りをしていて気持ちが悪い。ややぐるぐると勢いよく手摺を使って回ったので、平衡感覚がちょっとおかしくなってる。
でも一階!
一階と言っても結構広い。シラは耳を澄ます。長いふわふわした焦げ茶の髪を耳に掛け、少しの音でも逃すまいと神経を逆立てる。
一つ二つ三つ……
四つ目のドアの前まで来た時だった。
話し声が、聞こえる。
ここだ。
「……私は黒夫人…… のご招待を受けた筈ですが……」
「ええその通りだわ」
「なのに夫人はいらっしゃらない。これはどういうことですか?」
声が聞こえる。一つはこの家の主。そしてもう一つは――― 彼女の好きな、アルトの声。
いつもだったら、最初は多少の猫をかぶるのに、どうやらそうしない程、怒っているらしい。
シラはドアの取っ手に手をかける。ひねる。がち、と止まる感触。鍵が掛かっている。入れない。
中から鍵が掛かっている。ナギは誰かと話している(でもそれは黒夫人ではない)。このままじゃ気付かれない。ナギに会えない!
どんどんどん。
シラはドアを叩く。思いきり叩く。
「ナギ! 居るんでしょ!」
会話が止まる。
「あたしよ!」
両手を握りしめて、思いきり、叩く。殴る。蹴りまで入れる。
「な……」
気配は無かった。
口がふさがれる。それだけではない。
何やら冷たい、薬品臭が鼻をつく。さほど強い力で押さえられている訳ではないのに、身動きが取れない……
がっくりと、シラは力と意識が抜けるのを感じる。感じて……何も分からなくなる。
そして紅は、その力の抜けた可愛らしい人形を、無表情のまま支え、何処にそんな力があるのか、軽々と抱き上げた。
「ご苦労様」
扉が開く。この家の主は、にこやかに微笑んで目前の光景を確かめた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
檸檬色に染まる泉
鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
モヒート・モスキート・モヒート
片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」
「……どこにでもいる、冴えない男?」
(※本編より抜粋)
主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。
毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。
紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。
名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは?
途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる