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第39話 一方その頃令嬢は
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だいたいにおいて、アヤカ・シラ・ホロベシという少女は閉じこめられるのは嫌いだった。
我慢はできる。だが嫌いだった。それが例え、どれだけ広い敷地の中にある、広い建物であろうとも。
いや、閉じこめられているとしても、例えば寮舎のように、何処かしらに抜けがあって、しかも相棒が居る時だったら、それは特に苦はない。逆に、その閉じこめられてる状況をどうしようかと、半ばわくわくするような気持ちになることが多い。
一種の冒険好きと言えよう。
そのお嬢さん外見に係わらず、彼女にはそういう性質があった。
例えば寮の部屋に一つ残らず取り付けられている盗聴器。その中でどうやって内緒話をしましょう?
そこで頭を働かせる。情事の際には盗聴も薄れるわ。
だから情事の際に内緒話はする。昼間なら筆談をする。耳打ちをする。時にはその際に相棒の耳たぶなんて咬んだりもする。
ナギはそれは嫌いじゃあないらしい。攻められてばかりいる(でも気持ちいい)シラのささやかな抵抗である。
閉じこめられているは嫌い。だけど相棒が居れば。
だけど相棒はここにはいない。
シラは眉根を寄せて窓の下を見る。与えられた部屋は三階、下にはいつも誰かしらうろうろしている。ただ、男の姿はほとんど見かけたことがない。
シラはここが何処なのか知らない。だが少なくとも、黒夫人の、ミナセイ侯爵の家ではないことは確かだ。
ある朝気がついたらここの寝台に寝かされていた。
それからもう三日になるが、食事と着替えと入浴の世話をする少女以外、誰一人としてやってこない。
少女は黒い髪黒い目で、やや小柄で、あまり長くはない髪を全部一度上げて、それを二つに分けている。そういう風にしつけられているのか、必要なこと以外一言も口を利かない。
部屋そのものは良い。一つ一つの調度品もどうやら相当に上等なもののようである。こういう時でなければ、「こんな部屋に住んでみたい!」とひとこと言いたくなるような部屋である。
淡いモスグリーンのカーテンは、シラが今まで捜していた色である。
用意される食事にしても、渡される着替えにしても同様だった。上等きわまりない。
だけどそれだけだった。
部屋からは一歩も出られない。扉には鍵が掛かっているし、例え扉自体を壊そうとしても、外には見張りが居る。
窓は一応開いているけれど、三階では降りようがない。外に見える景色は多少の庭と、あとは何やら様々の木が勝手気ままにはびこっている……
森だろうとシラは思う。
つまりは優雅な虜囚の役を自分はさせられているのだ、と彼女は気付く。
三日もその状態で、気付かない方がおかしい。
まあ暇自体はそれなりにつぶせる。この部屋には実に大量の本があった。
もしかしたらここは、この家の中の図書室かもしれない、と彼女はふと思う。
壁一面に、本棚があった。
その中に、所狭しと本が入っている。それも、ほこりをかぶって放っておかれたのではなく、つい最近まで誰かが使っていたような形跡だ。
その背表紙の題名を一つ一つ眺めていく。
「帝国地誌総覧」「帝国本紀」といった実にぶ厚く、人の一人くらい殴り殺せそうな程堅い本。
「**年度卒業生一覧」「家政」「究理学」と言った学生の鞄に入っていそうなもの、かと思えば「旅好きのあなたのために-桜州」「大陸横断四等車貧乏旅」「辺境とは何ぞや!」といった旅行本があったりする。
小説では極端な流行作家オデギン・フルラ・クーボウの「悲しみの果て」「静けさの中で」、フレップ・ミドゥシュ・カランの「秘密の合図」「生涯最高の輝かしき年」「この雨さえも」といったもの。果てには「キネマ・キネマ」「新星」といった活動スタアの雑誌まである。
図書館というよりは、誰かの本棚、と言う方が正しいのかもしれない、とシラは思う。
そしてあまりにも暇だったので、その幾つかに手をつけた。シラは割合本を読むのは速い。そんな訳で、わかりやすい言葉で一気に読める流行小説は一気だった。
もちろん全部が全部を一字一句逃さずに読んだ訳ではない。ぱっと見て、波長が合ったものは読むし、ああ無理だと思ったものはそのまま本棚へ逆戻りである。
この本棚の持ち主は、よほどクーボウやカランの小説が好きだったらしく、小振りな本が、実に綺麗に並べられていた。
シラはどちらも大して知らなかった。そこで一応ざっと目を通してみたのだが、どうもクーボウよりはカランの方が性に合うらしい。クーボウも悪くはないのだが、気がつくと読み返しているのはカランの方だった。
出られたら買い揃えてみようか、とシラは思う。
だが。
問題はその出ることなのだ。
*
「ねえねえ、あなた本は好き?」
シラは食事を持ってくる少女に訊ねる。
「……いえ別に……」
少女は聞かれるのがうっとうしい、という調子で答える。無論シラもそれには気付いているのだが、気付かないフリをして、話を強引に続ける。
「そーお? それってつまんなくない?」
「……いえ……」
少女は困っている。歳の頃はシラと同じくらいに見える。それで働いているのだから、義務の初等学校しか行ってないのだろう。
「そおっ? あたしはすごくつまらないと思うわよっ!」
「そうですか……」
「ほらこれこれ! これ見たことはない?」
「……いえ……」
「つまんないわねえ。せめてお世辞でもいいから見たとか言いなさいよ」
「見ました」
素直な子である。あまりに素直なんで、思わず意地悪したくなってくる。
「ふーん。じゃどのへんが面白いと思った?」
「あ、あの……」
少女はさらに困る。あがり易い体質らしく、顔が真っ赤になっている。もともと白い肌なので、染まった頬が実に綺麗な色に見える。七分袖から出た、手首よりやや上の所まで赤くなっている。
我慢はできる。だが嫌いだった。それが例え、どれだけ広い敷地の中にある、広い建物であろうとも。
いや、閉じこめられているとしても、例えば寮舎のように、何処かしらに抜けがあって、しかも相棒が居る時だったら、それは特に苦はない。逆に、その閉じこめられてる状況をどうしようかと、半ばわくわくするような気持ちになることが多い。
一種の冒険好きと言えよう。
そのお嬢さん外見に係わらず、彼女にはそういう性質があった。
例えば寮の部屋に一つ残らず取り付けられている盗聴器。その中でどうやって内緒話をしましょう?
そこで頭を働かせる。情事の際には盗聴も薄れるわ。
だから情事の際に内緒話はする。昼間なら筆談をする。耳打ちをする。時にはその際に相棒の耳たぶなんて咬んだりもする。
ナギはそれは嫌いじゃあないらしい。攻められてばかりいる(でも気持ちいい)シラのささやかな抵抗である。
閉じこめられているは嫌い。だけど相棒が居れば。
だけど相棒はここにはいない。
シラは眉根を寄せて窓の下を見る。与えられた部屋は三階、下にはいつも誰かしらうろうろしている。ただ、男の姿はほとんど見かけたことがない。
シラはここが何処なのか知らない。だが少なくとも、黒夫人の、ミナセイ侯爵の家ではないことは確かだ。
ある朝気がついたらここの寝台に寝かされていた。
それからもう三日になるが、食事と着替えと入浴の世話をする少女以外、誰一人としてやってこない。
少女は黒い髪黒い目で、やや小柄で、あまり長くはない髪を全部一度上げて、それを二つに分けている。そういう風にしつけられているのか、必要なこと以外一言も口を利かない。
部屋そのものは良い。一つ一つの調度品もどうやら相当に上等なもののようである。こういう時でなければ、「こんな部屋に住んでみたい!」とひとこと言いたくなるような部屋である。
淡いモスグリーンのカーテンは、シラが今まで捜していた色である。
用意される食事にしても、渡される着替えにしても同様だった。上等きわまりない。
だけどそれだけだった。
部屋からは一歩も出られない。扉には鍵が掛かっているし、例え扉自体を壊そうとしても、外には見張りが居る。
窓は一応開いているけれど、三階では降りようがない。外に見える景色は多少の庭と、あとは何やら様々の木が勝手気ままにはびこっている……
森だろうとシラは思う。
つまりは優雅な虜囚の役を自分はさせられているのだ、と彼女は気付く。
三日もその状態で、気付かない方がおかしい。
まあ暇自体はそれなりにつぶせる。この部屋には実に大量の本があった。
もしかしたらここは、この家の中の図書室かもしれない、と彼女はふと思う。
壁一面に、本棚があった。
その中に、所狭しと本が入っている。それも、ほこりをかぶって放っておかれたのではなく、つい最近まで誰かが使っていたような形跡だ。
その背表紙の題名を一つ一つ眺めていく。
「帝国地誌総覧」「帝国本紀」といった実にぶ厚く、人の一人くらい殴り殺せそうな程堅い本。
「**年度卒業生一覧」「家政」「究理学」と言った学生の鞄に入っていそうなもの、かと思えば「旅好きのあなたのために-桜州」「大陸横断四等車貧乏旅」「辺境とは何ぞや!」といった旅行本があったりする。
小説では極端な流行作家オデギン・フルラ・クーボウの「悲しみの果て」「静けさの中で」、フレップ・ミドゥシュ・カランの「秘密の合図」「生涯最高の輝かしき年」「この雨さえも」といったもの。果てには「キネマ・キネマ」「新星」といった活動スタアの雑誌まである。
図書館というよりは、誰かの本棚、と言う方が正しいのかもしれない、とシラは思う。
そしてあまりにも暇だったので、その幾つかに手をつけた。シラは割合本を読むのは速い。そんな訳で、わかりやすい言葉で一気に読める流行小説は一気だった。
もちろん全部が全部を一字一句逃さずに読んだ訳ではない。ぱっと見て、波長が合ったものは読むし、ああ無理だと思ったものはそのまま本棚へ逆戻りである。
この本棚の持ち主は、よほどクーボウやカランの小説が好きだったらしく、小振りな本が、実に綺麗に並べられていた。
シラはどちらも大して知らなかった。そこで一応ざっと目を通してみたのだが、どうもクーボウよりはカランの方が性に合うらしい。クーボウも悪くはないのだが、気がつくと読み返しているのはカランの方だった。
出られたら買い揃えてみようか、とシラは思う。
だが。
問題はその出ることなのだ。
*
「ねえねえ、あなた本は好き?」
シラは食事を持ってくる少女に訊ねる。
「……いえ別に……」
少女は聞かれるのがうっとうしい、という調子で答える。無論シラもそれには気付いているのだが、気付かないフリをして、話を強引に続ける。
「そーお? それってつまんなくない?」
「……いえ……」
少女は困っている。歳の頃はシラと同じくらいに見える。それで働いているのだから、義務の初等学校しか行ってないのだろう。
「そおっ? あたしはすごくつまらないと思うわよっ!」
「そうですか……」
「ほらこれこれ! これ見たことはない?」
「……いえ……」
「つまんないわねえ。せめてお世辞でもいいから見たとか言いなさいよ」
「見ました」
素直な子である。あまりに素直なんで、思わず意地悪したくなってくる。
「ふーん。じゃどのへんが面白いと思った?」
「あ、あの……」
少女はさらに困る。あがり易い体質らしく、顔が真っ赤になっている。もともと白い肌なので、染まった頬が実に綺麗な色に見える。七分袖から出た、手首よりやや上の所まで赤くなっている。
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