七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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第29話 皇太后が待つ者

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「……そう、入ったの」

 はい、と少女はうなづく。

朱鷺トキからそう連絡が入りました」
「そう。ならいいわ。お茶を入れてちょうだい」

 すっと少女はそこから身をひるがえす。少しだけこの柔らかいジュータンに慣れるのには時間がかかったけれど、もう今は大丈夫だ。
 少女は無駄口は叩かない。訊ねられたことにきちんと答え、なおかつ自分の職務を確実にこなす。彼女の仕事は、この茶好きの主人にいつもいい加減のお茶を出すことだ。

「それでは丁重にお出迎えしてちょうだい。今駅だとしたら、ここへ来るのはいつ頃になるかしら?いつ頃になると思う? 藍」
「……いくつかの場合が考えられますが」

 藍と呼ばれた少女は、ミルクで煮出された茶をなみなみと入れたポットを銀のワゴンの上へ置く。
 そこには大きな厚手の、濃い赤の陶製のジョッキが置かれている。彼女の主人は、これで乳茶を呑むのだ。変わっている、と藍も当初は思った。

 尤も。

 藍は思う。

 この方御自身ほど変わっているものはないのだし。

 アイは二週間前から、その女性に仕えている。何でも「順番」が巡ってきたのだ、と言われて。藍の所属している集団には、やはり藍と同じ位の少女も居る。だがその中でこの女性に仕えることができるのはたった一人だった。
 ただし一年である。十六になった少女は十七のある時までそこで働かなければならない。その時が過ぎたら、また別の役目が与えられる。

 ……いいよな女はよ。

 幼なじみの紫《ユカリ》は女の子みたいな綺麗な顔で、ぼそっとつぶやいていた。
 同じ集団に属する、同じ歳の少女は皆その人に仕えることを望んでいた。
 そして会った時には驚いた。噂と全く違わなかったからである。
 長い栗色の髪。そう美人という程ではないが、可愛らしいと十人中八人までが言うだろう姿形。ぱっと見には二十歳は越えていないように見える。
 だがその知識量と言えば、ただ可愛らしいだけの女性ではなかった。
 もともと第一中等で究理学関係を学び、嫁いだのちも、その夫君の影響で、国史にはずいぶん詳しいとのこと。その学校の時の習慣のせいか、未だに彼女は昔ながらの黒茶よりは辺境の習慣のような乳茶が好きである。
 そんなことだったら、「変わっている」範疇には入らないだろう。百年も昔ならいざ知らず、現在の帝国においては、知識欲盛んな女性も珍しくなくなってきている。確かに究理学と国史の両方に詳しいという組合せは珍しいかもしれないが、藍の考えることはそれではない。

「一番早い状態を考えてご覧なさい。彼女が何事もなく、私達の思う通りの方法でもってやってきた場合」

 彼女は重ねて訊ねる。さすがにこうなったらごまかしは効かないだろう。きちんと答えないときっとこの方はご機嫌が悪い。

「……でしたら、そうかかりません。せいぜいがところ、駅への到着時刻より四半日というところでしょう」
「そうよね。だとしたらそろそろ放っている誰かさんから連絡が来てもおかしくはないけれど……」

 満足げに彼女はうなづく。彼女は自分の周りの小間使をこうやって試すのが好きだ。それはもうずっと昔から。それはただ単に遊んでいる場合もあるし、その資質を見抜くための時もある。
 とりあえず、現在のこの会話は、ただ遊んでいるだけのようだ、と藍は思う。少しだけほっとする。

「もしかして藍、あなたまだ結構緊張していない?」
「え」

 思わず声を立てる。―――それは当然だと思う。

「何もそんな、顔色変える程」

 そう言って微笑む。

 だって仕方ないじゃない!

 藍は内心叫ぶ。

 だってこの方は。

「皇太后さま」

 女官長が開いている戸を脇からノックする。何、と彼女は答える。

「市内通信が入っていますが、こちらへ回しましょうか」
「そうね、お願い」

 彼女はすっと立ち、部屋の隅の、高速通信の前に座った。ぴ、と音がして、通信回線が開く。

『ご機嫌うるわしく、カラシュ様』

 藍は驚く。この現在の彼女達の頭領は、この方を名前…… しかも愛称で呼ぶのだ。藍は、それが伝統だということは知らない。

「あなたこそ朱鷺。それで彼女は?」
『はい。真っ直ぐホロベシ男爵の家に入りました。確認致しました』
「よろしい。では予定通り、きちんと彼女をお招きして」
『判りました』

 簡単な会話が終わる。くるりと椅子を回して、彼女は藍の方を向く。

「どうやら上手くいきそうだわ」
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