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第14話 質問の答
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「どうした? 注文が来ましたが」
ナギの声でシルベスタははっと我に戻った。
「何か考え事か? それとも私は何かまずいことを言ったかな」
「ああごめん。ちょっと思い出したことがあって」
「まあ人間いろいろあるさ」
「ナギ、君ねえ…」
「何ですか?」
お茶にたっぷり香り高いジャムを入れて彼女はかき回す。
「そういう台詞は年上に言うもんじゃないと思うよ」
「そうですね。ところでシルベスタ、さっきの私の質問の答は出たんですか?」
「質問?」
「人形の意味」
ああ、あれか、と彼もまたコーヒーにミルクを入れた。
母親がそうだったせいか、彼はコーヒーか茶かと聞かれたらコーヒー派で、しかも濃いのは呑めなかった。
「二番ではないことは確かだね? ホロベシ男爵には息子はいない筈だ。一番は確実だろう。君は男爵の令嬢と一緒に学校へ行っている」
「三番目は?」
「君が男爵自身の遊び相手だったかっていうこと?」
「ええ」
そうだな、と彼はつぶやく。考えられないことではないのだ。
「可能性はある、と俺は思った」
「どうして?」
「君がずいぶんな美人だということ」
「それはどうも」
「誉めるのとは別次元だよ」
「ええそれは判っています。続きをどうぞ」
ふう、と彼は一口コーヒーをすする。どうしてこうも向こうのテンポの中に入れられてしまうのだろう。
「君がどう思っているのか判らないが、ひどく客観的に見て、君はずいぶん綺麗だと思う。だけど、だとすると君の言う『一般的な』一番… 令嬢の勉強相手の条件には欠ける」
「シラさんは可愛いですよ」
「ああそうかもしれない。写真は見たことはないけどね。俺への資料の中には入ってなかったし。だが君の場合、そう滅多に居る類の美人じゃないじゃないか」
「そうですか?」
「はぐらかすのはやめてくれ!」
声が荒くなる。
屋外でやはりお茶を呑んでいた人々の視線が一瞬彼らのテーブルに集まる。
「とにかく俺は率直に俺の見解を述べているだけなんだ。頼むから話を混乱させるのはよしてくれ。それに君が言い出したことだ。知っている情報は交換しようというのは」
「ああすみません。ついくせで」
「くせね。まあいいさ。とにかく君は美人。それは承知してくれ」
「ええ。まあ言われたことはない訳ではないですから。ただ私は自分のことをそう思ったことはないので」
「そういうものかな? 普通女の子は綺麗と言われればよろこぶんじゃないのか?」
「普通なら」
ナギはお茶を口に含む。
それ以上は言いたくない、ということだろうとシルベスタは思った。それは事実の範疇ではない。
「つまり、君が令嬢の勉強相手なのは事実。だけど、条件的には合わないんだ。だとすると、こうも考えられる。男爵が自分の楽しみのために連れてきた少女が、たまたま頭が良かった」
あまり考えたくはないことだ、と彼は思う。
この年頃の少女が男爵に「可愛がられて」いる図というのはあまり彼の趣味には合わなかった。
「どう?」
「大まかなところを言えば、それが正解。やはりちゃんと物事を考える訓練をしているな」
「君ねえ」
「ホロベシ男爵とそういうところで会った。で私はそこから連れ出されて、男爵が買った父姓を与えられてやっと帝国の臣民籍が得られた。私はそういう出自だ」
そう言えばそういうことをほのめかしていたな、とシルベスタは思い出す。
「そういうところ…」
「想像つかないか?」
「孤児院か何かか?」
彼女は首を横に振る。
「孤児院ならそこで自動的に父姓は与えられたさ。たとえそれが家を絶やした者だの犯罪人だの行き倒れだのそういう奴のものだったにせよ、そこに居れば、何とか臣民の戸籍は与えられる。だけどそういう恩恵にあやかることができるのは、結局ひとにぎりに過ぎないんだ。もう少し悪い方向を考えてみれないか?」
「店? 下働きの…」
「あなたはいい育ちをしているな、シルベスタ。あなたの頭の中にはおそらく『それ』はないんじゃないか?」
「ナギ!」
「娼館だ」
「!」
「私はそういうところに居た。男爵はその客だった。そして私を引き取ったんだ。遊び相手の想像がつくくせにどうして娼館を故意に想像から外すのかな?」
確かに彼はその想像をしなかった。
できなかったのだ。
何だかんだ言っても、十代はじめの少女の居る娼館というものが彼には想像ができなかった。たとえ情報として知っていても、だ。
「まあ仕方ないだろうさ。ところが引き取った私は意外にも頭が良かったので、これは使えると踏んだのだろう。令嬢と同じ学校に、彼女が高等科に進学する際に一緒の学年に入れたんだ」
「高等科、というと」
「帝国の学校制度は知っているな?」
ああ、と彼はうなづく。
「帝国は小学校・中等学校・大学校がある。小学校と中等は初等科・高等科が各三年だ。そのうち小学校の分六年が義務教育で、臣民籍のある子供にはそれだけの年数、教育を受けさせなければならない」
「六年間か」
「ところが私はその義務教育も半分しか出ていない。臣民籍が無かったんだから、別に当時私を預かっていたところも、教育など受けさせる義務はなかったんだ。でもまあ、とにかく三年は学校へ行っていた。娼館に居た頃も、多少本は読んではいたが、何しろ知識が足りない。で、男爵は私に一年家庭教師をつけて無茶苦茶な詰め込みをして、第一中等へ送り込んだんだ」
「それはすごい」
「そうか?」
「第一中等だろう? しかも高等科に編入…」
「だから私は優等生なんですってば。それもあるし、家庭教師が優秀だったってこともあるんですがね」
はあ、とシルベスタは息をつく。
ナギの声でシルベスタははっと我に戻った。
「何か考え事か? それとも私は何かまずいことを言ったかな」
「ああごめん。ちょっと思い出したことがあって」
「まあ人間いろいろあるさ」
「ナギ、君ねえ…」
「何ですか?」
お茶にたっぷり香り高いジャムを入れて彼女はかき回す。
「そういう台詞は年上に言うもんじゃないと思うよ」
「そうですね。ところでシルベスタ、さっきの私の質問の答は出たんですか?」
「質問?」
「人形の意味」
ああ、あれか、と彼もまたコーヒーにミルクを入れた。
母親がそうだったせいか、彼はコーヒーか茶かと聞かれたらコーヒー派で、しかも濃いのは呑めなかった。
「二番ではないことは確かだね? ホロベシ男爵には息子はいない筈だ。一番は確実だろう。君は男爵の令嬢と一緒に学校へ行っている」
「三番目は?」
「君が男爵自身の遊び相手だったかっていうこと?」
「ええ」
そうだな、と彼はつぶやく。考えられないことではないのだ。
「可能性はある、と俺は思った」
「どうして?」
「君がずいぶんな美人だということ」
「それはどうも」
「誉めるのとは別次元だよ」
「ええそれは判っています。続きをどうぞ」
ふう、と彼は一口コーヒーをすする。どうしてこうも向こうのテンポの中に入れられてしまうのだろう。
「君がどう思っているのか判らないが、ひどく客観的に見て、君はずいぶん綺麗だと思う。だけど、だとすると君の言う『一般的な』一番… 令嬢の勉強相手の条件には欠ける」
「シラさんは可愛いですよ」
「ああそうかもしれない。写真は見たことはないけどね。俺への資料の中には入ってなかったし。だが君の場合、そう滅多に居る類の美人じゃないじゃないか」
「そうですか?」
「はぐらかすのはやめてくれ!」
声が荒くなる。
屋外でやはりお茶を呑んでいた人々の視線が一瞬彼らのテーブルに集まる。
「とにかく俺は率直に俺の見解を述べているだけなんだ。頼むから話を混乱させるのはよしてくれ。それに君が言い出したことだ。知っている情報は交換しようというのは」
「ああすみません。ついくせで」
「くせね。まあいいさ。とにかく君は美人。それは承知してくれ」
「ええ。まあ言われたことはない訳ではないですから。ただ私は自分のことをそう思ったことはないので」
「そういうものかな? 普通女の子は綺麗と言われればよろこぶんじゃないのか?」
「普通なら」
ナギはお茶を口に含む。
それ以上は言いたくない、ということだろうとシルベスタは思った。それは事実の範疇ではない。
「つまり、君が令嬢の勉強相手なのは事実。だけど、条件的には合わないんだ。だとすると、こうも考えられる。男爵が自分の楽しみのために連れてきた少女が、たまたま頭が良かった」
あまり考えたくはないことだ、と彼は思う。
この年頃の少女が男爵に「可愛がられて」いる図というのはあまり彼の趣味には合わなかった。
「どう?」
「大まかなところを言えば、それが正解。やはりちゃんと物事を考える訓練をしているな」
「君ねえ」
「ホロベシ男爵とそういうところで会った。で私はそこから連れ出されて、男爵が買った父姓を与えられてやっと帝国の臣民籍が得られた。私はそういう出自だ」
そう言えばそういうことをほのめかしていたな、とシルベスタは思い出す。
「そういうところ…」
「想像つかないか?」
「孤児院か何かか?」
彼女は首を横に振る。
「孤児院ならそこで自動的に父姓は与えられたさ。たとえそれが家を絶やした者だの犯罪人だの行き倒れだのそういう奴のものだったにせよ、そこに居れば、何とか臣民の戸籍は与えられる。だけどそういう恩恵にあやかることができるのは、結局ひとにぎりに過ぎないんだ。もう少し悪い方向を考えてみれないか?」
「店? 下働きの…」
「あなたはいい育ちをしているな、シルベスタ。あなたの頭の中にはおそらく『それ』はないんじゃないか?」
「ナギ!」
「娼館だ」
「!」
「私はそういうところに居た。男爵はその客だった。そして私を引き取ったんだ。遊び相手の想像がつくくせにどうして娼館を故意に想像から外すのかな?」
確かに彼はその想像をしなかった。
できなかったのだ。
何だかんだ言っても、十代はじめの少女の居る娼館というものが彼には想像ができなかった。たとえ情報として知っていても、だ。
「まあ仕方ないだろうさ。ところが引き取った私は意外にも頭が良かったので、これは使えると踏んだのだろう。令嬢と同じ学校に、彼女が高等科に進学する際に一緒の学年に入れたんだ」
「高等科、というと」
「帝国の学校制度は知っているな?」
ああ、と彼はうなづく。
「帝国は小学校・中等学校・大学校がある。小学校と中等は初等科・高等科が各三年だ。そのうち小学校の分六年が義務教育で、臣民籍のある子供にはそれだけの年数、教育を受けさせなければならない」
「六年間か」
「ところが私はその義務教育も半分しか出ていない。臣民籍が無かったんだから、別に当時私を預かっていたところも、教育など受けさせる義務はなかったんだ。でもまあ、とにかく三年は学校へ行っていた。娼館に居た頃も、多少本は読んではいたが、何しろ知識が足りない。で、男爵は私に一年家庭教師をつけて無茶苦茶な詰め込みをして、第一中等へ送り込んだんだ」
「それはすごい」
「そうか?」
「第一中等だろう? しかも高等科に編入…」
「だから私は優等生なんですってば。それもあるし、家庭教師が優秀だったってこともあるんですがね」
はあ、とシルベスタは息をつく。
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