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15.三年経っていた。

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「……あ?」

 「ACID-JAM」の扉を開いた時、トモミは不意に声を立てた。

「どうしたの」

 何かに関心を持った様な声。珍しい。ナナは思わず問いかけた。

「あれ」

 トモミはベースを掛けていない方の手をつ、と真っ直ぐ伸ばした。ん? とナナはその肩越しに指さす方向を見る。

「あ、男の子が」

 ひょい、と能勢はちょっとごめんよ、と言いながらナナを越え、トモミの横をすり抜けた。トモミは軽く右に避ける。

「うっわー可哀想。おいちょっとリーダー」
「何、一体」
「『多勢に無勢』しよう。伊沢も来いよっ」
「え、ええっ!!」
「はあい」

 トモミは自分の左側をすりぬけて行く男達に身体を軽くすくめた。そして彼等が抜けた後をついて行こうとする。

「あ、ちょっと、トモちゃん、あんたまで…… 危ないわよ」
「ワタシなら大丈夫、ナナさん」

 大丈夫じゃないって! とナナは背後から声を飛ばすが、トモミは聞く耳を持たない。

「あーもう…… 仕方ないわね」

 ナナもまた、その後を追いかける。「多勢に無勢」と言っても、男の子に絡んでいるのは三人なのだ。
 ナナに背を向け走るトモミの姿は、確かに一見して女には見えなかった。
 背は高い。170センチ近かった。髪もこれでもかとばかりに短く刈り込み、更に前髪がうるさい、とばかりにおでこを丸出しにしている。
 化粧気も無い。黒いジーンズに黒い上着、黒いハイネックのシャツが、大きくならない胸、しっかりした肩幅もあって実に似合っている。それが今のトモミだった。

 倉瀬の死から三年、経っていた。

「野郎でもいーじゃん。綺麗さんだしさ。ちょっとそこまで付き合ってくんない?」
「やだ!」

 駆けつけるベルファのメンバーは聞こえて来る声に嫌そうに顔を見合わせた。

「でもあの子、元気がいいねえ」
「でもこのまま放って置いたら、あの子、貞操の危機かも」

 能勢は上着を脱ぐと、ほい、とナナの方へ投げた。ナナは何よ、と言いながら器用にそれを取った。

「貞操の危機って…… お前いつの人間よ」

 言いながら奈崎もまた、シャツの袖をまくる。お前と同じでしょ、と能勢は口走る。

「あ、あの子、もしかして」

 ナナは思わず口にする。何、と奈崎は振り向いた。

「さっき、あんた達のライヴに来てた子よ」
「ウチの客!?」
「ええ。何か終わった後、ぼーっとして最後まで残ってたから、もう閉めるって……」
「そりゃあ、ウチの演奏に感動したってことかなあ。ねえ能勢?」
「そうそう。ますます助けなくちゃ男が……」

 能勢は言いかけて、ちら、とトモミを見る。

「いや、人倫に反するってね」
「お前本当に…… 以下略!」
「略すなよ」

 昔なじみは察しが早い。格別な合図も無いのに、能勢も奈崎も、勢い良く三人に向かって飛びかかって行った。後を慌てて伊沢が追う。トモミもその後に続く。しかも三人の真似をして、男の一人に蹴りまで入れている。

「……全くもう……」

 荷物を一手に持ったナナは、思わずため息をついた。

「……覚えてろ!」
「どーして覚えてなくちゃならない訳?」

 トモミは不思議そうに、心底不思議そうに口にした。聞こえたのだろうか、男達はけっ、と道路に唾を吐いて逃げ出して行った。
 多勢に無勢、も無かった。
 能勢と奈崎は実に良い連携プレイで、三人をあっという間に転がしてしまった。伊沢とトモミはその後に蹴りやパンチを入れていた。
 何でこんな優男達が、と言いたげな目で、転ばされた男達は彼等をにらみ付けた。すると奈崎はにっ、と笑ってこう言った。

「あいにく僕、合気道二段なんだ」
「俺は少林寺拳法三段」

 うわ、とそれを聞くと、男達は慌てて立ち上がった。そして前の捨て台詞を吐いて逃げ出したのである。

「……あんた達、そんなこと、初耳だわよ」

 ナナは能勢に上着を渡しながら言う。へへへ、と彼は笑いながら相棒の方を向く。

「それゃあ、中学の頃のことだし、な」
「そ。何とかなるもんだねえ」
「あ、ナナさん俺も剣道は初段ですよー」

 伊沢も負けじと口にする。そんな奴等がどうして揃って音楽の道に走ったんだ? と突っ込みたい気持ちがナナの中に軽くよぎる。
 だがとりあえずはそれどころではない。あの男の子は大丈夫だろうか? そう彼女が思った時だった。

「大丈夫?」

 え、とナナはその声の主が誰なのか、一瞬疑った。奈崎もギターを受け取りながら、不思議そうに視線を移す。トモミが何と、少年に向かって手を差し出しているではないか。

「……大丈夫です」

 そう言って、少年はトモミの手を借りて立ち上がった。

「わ、可愛い」

 能勢は思わず声を上げた。少年はトモミより頭一つくらい背が低かった。様子見を兼ねて彼は少年に近づき、つんとその頬をつつく。

「あー、ここすりむいてる」

 痛、と少年は目を細めた。道路に押しつけられたのだろうか、確かにそこは擦り傷ができていた。

「ねえトモちゃん、この子、ケガしてるよ。どうしたらいいだろうねえ」
「……戻りましょうか?」

 能勢の質問に対し、トモミはそう言いながら、少年の手をぐい、と引っ張った。わわわ、と彼はうろたえた。にやり、と能勢は笑う。
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