未来史シリーズ⑦目覚めよと呼ぶ声あり~野球を忘れたウサギと家族を忘れた猫のはなし

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
45 / 46

第45話 外宇宙行きの宇宙船の放つ真っ白な飛行機雲は、ボールの軌跡に似ていた。

しおりを挟む
 戻った部屋の扉には、鍵が掛かったままだった。そしてメモが一枚貼り付けられていた。ゼルダからだった。
 珍しい、と彼は思った。自分が彼女の所へ行くことはあっても、逆は殆ど無かったのだ。
 彼女にも、どう言ったものだろう、と彼はその時初めて考えた。
 正直、彼はあの試合までの日々の中で、ゼルダのことを殆ど忘れていたのだ。相棒のことを思い出すことは時々あっても、彼女のことは。
 ひどい奴たな、と彼はメモを取りながら思う。

『戻ってきたら、連絡ください』

 言われた通りに通信を入れると、モニター越しの彼女は、直接話したいことがあるから来てほしい、と彼に言った。
 相棒の気配が無いことは不思議だし、奇妙に感じられたが、ずっと放っておいた彼女がそう言うのだから、ととりあえず彼は出向いた。
 そこで、彼女は言ったのだ。

「キディ君、レーゲンボーゲンから出ていったわよ」

 彼は耳を疑った。聞き違いかと思い、もう一度言ってくれないか、と彼女に頼んだ。彼女は同じ言葉を繰り返した。

「何で……」
「それは私の答えることじゃあないわ」

 そう言って、彼女は手紙を差し出した。マーチ・ラビットは慌ててそれを広げる。おかしなくらい、手が上手く動かなかった。
 ようやく広げた手紙は、ほとんど走り書きと言ってもよかった。

『いきなりで、ごめん。』

 そんな文句から、それは始まっていた。

『いきなりで、ごめん。
 でも、今を置いては行く時はないと思ったので。
 何か、上手い説明もできないけど、俺は、行きます。
 今のあんただったら、思い出してるかもしれない。
 PHOTO/SPORTSで昔のあんたを撮ってたカメラマン。
 ジュラっていうひとなんだけど、彼が助手しないか、って言います。
 俺は、しばらく行って来ようか、と思います』

 あ、と彼は小さく声を上げた。あの時のカメラマンだ。見覚えがあるはずだった。

『彼から、あんたの過去を教えられた。
 別にそれはどうでもいいことだったけど。
 俺が、俺の過去がつながるまでは。
 でも、つながっちゃった。
 俺は、あんたに会ってたんだよね。ライに行く前から。
 あんたが向こうに送られたのは、俺のせいでもあったんだよね』

 ああやっぱり、思い出していたのか、と彼は軽く顔を歪めた。

『俺のせいだけじゃない、とジュラは言いました。
 実は俺もそう思ってる。
 俺があそこで一緒に居たから、って、あんたがそこでひとこと、自分は招待された選手だって言えば、少なくとも、あんな場所に送られたりしなかったよね。
 だから、俺だけのせいじゃない。
 別に俺は自分を弁護する訳じゃないよ。
 弁護なんかしたくないしされたくもない。
 ただそう思ったんだ。
 あんたも、逃げたかったんだね』

 ああ全くその通りだ。さすが相棒だよ。
 マーチ・ラビットは胸のあたりで何かひどく重苦しいものが溜まってくるのを覚えた。

『だから、という訳じゃあないけど。
 俺は今ちょっと、この惑星を離れたいです。
 また逃げる、と言うかもしれないけど。
 でも、今度は、俺、帰ってくるつもりだから』

 その言葉に目が止まる。

『それはホント。
 俺は帰ってくるよ。
 ただ、どうしても、今のままの俺じゃ、何か、やばいな、と本当に思ったんだ。
 それにこの惑星だと、下手すると、俺はやっぱり過去に捕まるかもしれない。
 何処かで俺の、もっと昔の顔を知ってるひとが居るかもしれない。
 まだ俺は、自分の家族とは、顔を合わせたくない。
 でも、いつかは、ちゃんと合わせたいんだ。
 あのひと達のしたことは、間違ってはいない。それは正しかった。
 俺が誰だったか、あんたはきっともう判ってると思う。
 サンライズは今、あのひとがオーナーなんだから。
 あのひとは、あんたが俺と一緒に居たことは知ってる。
 そういうひとだ。そして間違っていない。
 ただ、間違ってはいないけど、きっと今俺があのひとと顔を合わせたら、何ひとつ言い返すことができない』

 それは俺も同じだろう、と彼は思う。
 今あの、副社長のキューパ・エンゲイに会ったら、自分は何を言うことができるだろう?

『だから少しでも何か、俺は俺として、何か、になっておきたいんだ。
 どのくらいかかるか、判らないけど』

 しかし次の一行に、彼はにやりとした。

『でもあんたがサンライズのエースになるよりは早いと思うよ』

 ぬかせ、と彼はつぶやいた。

『イリジャにも。
 せっかく再会できたのに、また何処かへ行くのか、って言われたけど。
 でも彼も、クロシャール社の一員としてがんばってるって聞く。
 俺は彼と友達でいたい、と思うんだ』

 だからどう、とはそれ以上は書かれていなかった。少し間を開けた最後の一行に、こう書かれているだけだった。

『また会おうぜ。相棒』

 くす、と彼はそれを見て笑った。

「なあに、心配したのに、その余裕な笑い」

 ゼルダはそれを見て、やや恨めしそうな声を出す。

「や、相棒は、やっぱり相棒だったよな、と思ったってこと」
「ふうん」

 彼女は腕を組むと、やや呆れたようにうなづいた。そしてため息混じりにつぶやく。

「やっぱり、かなわないのよねえ」
「え?」
「ここいらで、お別れしましょ、マーティ」

 ええっ、と彼は目を大きく開けて、声を上げた。

「そんなに驚くことかしら?」
「……や、だって、なあ……」
「だって、あなた結局、私のことなんて、忘れていたでしょ。向こうでベースボールしていた時、ずっと」

 ぐっ、と彼は言葉に詰まる。間違いではない。

「それにあなたお引っ越しするんでしょ。サンライズに入るんだったら」
「どうしてそれを」

 彼女はマーチ・ラビットの前に、今朝のニュースペイパーを投げ出した。そのスポーツ欄には、「新たなリーグ加入チームに新たなメンバーが!」という見出しの下に自分を含むメンバーの写真が添えられていた。

「遠距離恋愛なんて私、嫌よ。それにあなた、ベースボールほどには、私のことなんて考えてはくれないわ。そうでしょ?」

 彼は黙った。言われる通りである。

「ああ全く。違うってお世辞でも言えないんだもの。だから私から言うしかないでしょ? さよなら、マーティ」

 いつもよりずいぶん口数が多い、と思った。
 声がうわずっていると、思った。
 彼女は急に、背中を向けた。
 だったらそうするしか、ない。

「ごめん。……ありがとう」

 彼女は黙って背を向けたままだった。

   *

 彼女の部屋を出てしばらく、彼はぷらぷらと歩いていた。
 ポケットの中で、先ほど受け取った手紙が音を立てる。さわさわ、と街路樹が風に揺れる。
 その向こう側の青空に、すうっと一本、真っ白な飛行機雲が流れた。外宇宙行きの宇宙船の放つそれは、どこか、ボールの軌跡に似ていた。

 彼は長い間、それをずっと眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おとぎ話は終わらない

灯乃
ファンタジー
旧題:おとぎ話の、その後で 母を亡くし、天涯孤独となったヴィクトリア。職を求めて皇都にやってきた彼女は、基準値に届く魔力さえあれば「三食寮費すべてタダ」という条件に飛びつき、男だらけの学院、通称『楽園』に入学した。目立たないように髪を切り、眼鏡をかけて。そんな行き当たりばったりで脳天気かつマイペースなヴィクトリアは、お約束通りの「眼鏡を外したら美少女」です。男の園育ちの少年たちが、そんな彼女に翻弄されたりされなかったりしますが、逆ハーにはなりません。アルファポリスさまから書籍化していただきました。それに伴い、書籍化該当部分をヒーロー視点で書き直したものに置き換えています。

「メジャー・インフラトン」序章2/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節FIRE!FIRE!FIRE! No1. ) 

あおっち
SF
 敵の帝国、AXISがいよいよ日本へ攻めて来たのだ。その島嶼攻撃、すなわち敵の第1次目標は対馬だった。  この序章2/7は主人公、椎葉きよしの少年時代の物語です。女子高校の修学旅行中にAXIS兵士に襲われる女子高生達。かろうじて逃げ出した少女が1人。そこで出会った少年、椎葉きよしと布村愛子、そして少女達との出会い。  パンダ隊長と少女達に名付けられたきよしの活躍はいかに!少女達の運命は!  ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。そして、初めての恋人ジェシカ。札幌、定山渓温泉に集まった対馬島嶼防衛戦で関係を持った家族との絆のストーリー。  彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

処理中です...