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第32話 ぬいぐるみ跳ねる。そしてシィズン発見

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 きん、と鋭い音が、ベンチのメンバーの耳にも入った。

「何でぬいぐるみが跳ねるんだ!」

 ビーダーが叫んだ。
 誰もがまだ、見たものを信じられなかった。テディベァルはその場で、捕手の肩くらいの高さに飛び上がり、高く上がった球を、思い切り打ち下ろしたのだ。
 強く打ち下ろされた球は、投手の真正面で大きく跳ね上がり、ふうっと浮き上がると、バランスを崩した投手とセカンドとショートのまん中でぽとん、と落ちた。
 落ちた球がまた、変な回転がついていたせいか、予想もしない方向へと跳ねる。おっと、と言いながら、ショートとセカンドがぶつかった。

「行けーっ!!!」

 思わずマーチ・ラビットもベンチから飛び出し、腕を振り回していた。自分の中で、何かがひどく騒ぐのを感じる。頭が高揚している。
 その間に、一、二塁に居た走者はホームイン。
 三塁で止まるか、とマーチ・ラビットは思った。
 だが球はあっちへ跳ねこっちへ跳ね、なかなか捕まらない。
 テディベァルはその間に、速い足を駆使して、三塁を蹴ろうとしていた。その時やっと球は捕獲される。取ったのは何と、レフトだった。

「こっちだ!」

 ショートが手を挙げ、中継の合図をする。レフトを守っていたホイシュタインは、強肩だった。
 鋭い球が、ショートのイムレの元に届く。バックホーム。

「行け行け行け行け行け行け行け行けーっ!!」

 うぉぉぉぉ、とベンチから皆、身体全体なり半分なり乗り出して、拳を握りしめる。
 テディベァルは姿勢を極端に低くしてすべる様に三塁-本塁間を駆け抜けていく。
 ばし、と三塁側に寄って守っていた捕手に、球が返ってくる。
 タッチアウトだ、と皆思った。
 が。

「あ」

 嘘だろ、とビーダーはもらした。
 ぬいぐるみが飛んだ。
 ふわり、とテディベァルはいきなりふわり、と飛び上がり、捕手の頭を追い越した。
 手を大きく広げ、ホームベースの上に着地した瞬間、彼はにっこりと笑った。

「何だよお前、あんな隠し芸持ってたなんて知らなかったぜ?」
「別に隠してた訳じゃねーもーん」

 ぱしぱし、と迎えるメンバーの一人一人の手をはたきながら、テディベァルは言葉を返していく。

「あ、でも確かにテディベァルさんは身軽だと思ってはいましたがね」
「ホントかよ、ヒュ・ホイ」

 マーチ・ラビットはあきれたように二人をみやる。

「いんや、俺、マルミュット星域の出身だからさー」
「マルミュット星域?」

 マーチ・ラビットは自分の中の「知識」をひっくり返す。だがその単語は見つからない。
 皆それは同様だったようで、援護を求める様に、一斉にミュリエルの方を見る。彼は眼鏡のブリッジを押さえながら答えた。

「格別辺境って訳ではないんですけどね。ただあまり観光コースにはならない星系ですから」
「それはまた何で」
「重力がちょっと高いんですよ。確か、1.3Gくらいあったんではなかったですか」
「高い地方だと、も少し多いぜ」

 テディベァルはにやり、と笑った。

「だから外からやって来る連中は、重力制御装置を持って来ないと、もう居るだけで疲れるって訳さ。で、逆に俺達住民は、他星系に行くと、まあ筋力があるからって」

 どうやら、彼らは植民を始めてから何世代か経つうちに、身体の方を適応させたらしい、と納得した。帽子をいったん取ると、おさまりの悪い髪が、ふわりと広がった。もしかしたら、この髪も、故郷では貞淑なのかもしれない。

「でもマルミュット星域のプロスポーツ選手ってあまり聞かないけどなあ」

 腕組みをして、ビーダーは訊ねる。

「そりゃしょーがねーよ。俺達の星域の出身だと、制御装置つきじゃないと、公式に参加できないんだからさ。公式にそれをしなくてもいいのは、ベースボールくらいなもんだぜ? チーム・プレイだし、一回に使う人数が多いだろ?」
「つまりは個人の力が突出していることが、さほどに全体の障害にはならない、ということですか」

 ミュリエルが言い換える。

「全星域統合スポーツ連盟の言いそうなことだよなあ」

 は、とビーダーは両手を広げた。
 やがて次の打者を催促する声が、ベンチにも届いた。

   *

「お待たせ~」

 コーラとフライドポテトの入ったボックスを下げて、イリジャが戻ってきたのは、名無しチームの攻撃が終わった時だった。

「ずいぶん遅かったじゃないかよ」
「あ、寂しかったあ?」

 へへへ、とイリジャは笑う。

「誰が。このひととずっとお話させてもらったんだよ」
「ふうん。あ、そういえば」

 どうぞ、とイリジャは一つおいた女性にまでコーラを差し出す。ありがとう、と彼女はにっこりと笑う。

「そういえば、何だよ」

 ああ、と言いながらイリジャは腰を下ろし、自分とキディの間辺りに置いたボックスからフライドポテトをつまみ上げる。

「いや、何か見た顔が居たんだよ、さっきトイレ行って、売店に寄る途中で」
「見た顔?」

 キディは首をかしげる。やっぱり同じように、チケットを手に入れたというのだろうか。

「俺も知ってるひと?」

 彼は続けて訊ねる。
 イリジャの交友録は知らないが、自分に関しては、あのハルゲウで知っているのは、職場の人間と組織の人間くらいだ。
 ゼルダは例外だった。もし相棒の付き合っている女性でなかったら、彼は知り合いにはしないだろう。

「知ってるも何も。シィズンだぜ? 何でこんなとこに来てるんだろーなあ」
「シィズンが?」

 思わず彼は、強い調子で問い返していた。どうしたんだよ、とイリジャは目を見開く。
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