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第26話 内野自由席の前の方
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これは、誰だ?
キディはオペラグラスにぐっと目を押しつけた。
何とか早く入ったおかげで、内野自由席でも前の方を確保できた。彼らのお目当ては、三塁側・サンライズの方だった。キディは格別知った選手が居る訳ではないが、イリジャがこっちがいい、とばかりにさっさと陣取ったのだ。
「それにしても、ずいぶんと売り子が多いなあ」
キディは次第に埋まっていく客席を見ながらつぶやく。あちこちでビール如何ですかぁ、コーラ如何ですかぁ、ランチ如何ですかぁ、ポップコーンはぁ…… とこれでもかとばかりに叫ぶ少年少女青年男子女子の声が響く。
「そりゃなあ、サンライズ・ビールのチームなんだし。クロシャール社って言えば、このレーゲンボーゲンでも指折りの食品産業だし」
「うん、そうだったよね」
売り子は若い男女の学生の様に、キディには思えた。だいたいこういう場所のバイトというのは、学生が多いのだ。それも、あまり裕福ではない類の。
「あんたこうゆうの、やったことある?」
「ん? ベースボール?」
「いや、バイト」
「や、俺はしたことない」
「学校の頃、やったことない?」
「あいにくウチはやらせてくれなかったんだよね」
「ふうん?」
それは、学生時代を、という意味だろうか。それとも、バイトなどする必要が無い、裕福な家庭だった、という意味だろうか。イリジャは言葉が足りなかったことに気付き、付け足す。
「まだその頃は、羽振りが良かったからさ、ウチ」
「そうなんだあ」
「そ。でもそういう時期ってのは、よほど運とか実力が無いと、続かないものだよな」
ということは、続かなかった、ということだろうか。キディは表情は変えないまま、それでも次の言葉を探しあぐねた。イリジャはそれを見て、くしゃくしゃとキディの髪をかきまわす。
「まあよくあることだよ。それに別に俺は、ウチに頼ろうとか思ってはいなかったし、親も親で、俺の人生は俺のだから、って自由にさせてくれたから」
でもそういう奴だったら、何故「マヌカン」などで働いているのだろう? 急にキディの中で疑問がわく。イリジャは自分とそう年頃も変わらない。どう見ても、あの店で一時的に働いているには、この男は似合わない。
考えてみれば奇妙だ、と今更の様に、彼は思う。思うのだが……
「あ、おねーさん、コーラ二つちょーだーい」
耳に響くくらいの大きな声で、売り子嬢を呼ぶ、その声に対して、疑問を投げることは、今のキディにはできそうになかった。
「お、向こうの連中も出てきたぜ」
コーラを手渡しながら、イリジャは向こう側の相手チームのメンバーへと視線を向ける。迎えるサンライズのユニフォームが淡いグリーンであるのに対して、この相手チームの上着は、濃紺だった。
「あれ、チーム名がない」
イリジャはオペラグラスを出すと、向こう側の選手を観察する。確かに、チーム名は無く、ただ番号だけが、胸と背中に大きく白抜きの文字で付けられていた。
「そもそも、今日の試合って、一体何処が相手なのさ」
「や、俺もそこまでは。招待試合だ、ってのは聞いてるけど」
「招待試合――― って、でもそれって、クロシャール社が、客を招待する、という意味じゃないのか?」
「ばーか違うよ。招待試合って言う場合は、何処か普段滅多に当たらないような相手を呼び寄せるから招待試合って言うの」
貸して、とキディは手を伸ばした。ほい、とイリジャはオペラグラスを手渡す。
向こう側のベンチには、ぽつぽつと選手達が姿を見せつつあった。なかなか色合いも容姿も色々だな、と彼は思う。
「あ、投球練習を始めた」
どれ、とキディはオペラグラスをイリジャの視線の向きに回す。
そこに居たのは。
キディはオペラグラスにぐっと目を押しつけた。
何とか早く入ったおかげで、内野自由席でも前の方を確保できた。彼らのお目当ては、三塁側・サンライズの方だった。キディは格別知った選手が居る訳ではないが、イリジャがこっちがいい、とばかりにさっさと陣取ったのだ。
「それにしても、ずいぶんと売り子が多いなあ」
キディは次第に埋まっていく客席を見ながらつぶやく。あちこちでビール如何ですかぁ、コーラ如何ですかぁ、ランチ如何ですかぁ、ポップコーンはぁ…… とこれでもかとばかりに叫ぶ少年少女青年男子女子の声が響く。
「そりゃなあ、サンライズ・ビールのチームなんだし。クロシャール社って言えば、このレーゲンボーゲンでも指折りの食品産業だし」
「うん、そうだったよね」
売り子は若い男女の学生の様に、キディには思えた。だいたいこういう場所のバイトというのは、学生が多いのだ。それも、あまり裕福ではない類の。
「あんたこうゆうの、やったことある?」
「ん? ベースボール?」
「いや、バイト」
「や、俺はしたことない」
「学校の頃、やったことない?」
「あいにくウチはやらせてくれなかったんだよね」
「ふうん?」
それは、学生時代を、という意味だろうか。それとも、バイトなどする必要が無い、裕福な家庭だった、という意味だろうか。イリジャは言葉が足りなかったことに気付き、付け足す。
「まだその頃は、羽振りが良かったからさ、ウチ」
「そうなんだあ」
「そ。でもそういう時期ってのは、よほど運とか実力が無いと、続かないものだよな」
ということは、続かなかった、ということだろうか。キディは表情は変えないまま、それでも次の言葉を探しあぐねた。イリジャはそれを見て、くしゃくしゃとキディの髪をかきまわす。
「まあよくあることだよ。それに別に俺は、ウチに頼ろうとか思ってはいなかったし、親も親で、俺の人生は俺のだから、って自由にさせてくれたから」
でもそういう奴だったら、何故「マヌカン」などで働いているのだろう? 急にキディの中で疑問がわく。イリジャは自分とそう年頃も変わらない。どう見ても、あの店で一時的に働いているには、この男は似合わない。
考えてみれば奇妙だ、と今更の様に、彼は思う。思うのだが……
「あ、おねーさん、コーラ二つちょーだーい」
耳に響くくらいの大きな声で、売り子嬢を呼ぶ、その声に対して、疑問を投げることは、今のキディにはできそうになかった。
「お、向こうの連中も出てきたぜ」
コーラを手渡しながら、イリジャは向こう側の相手チームのメンバーへと視線を向ける。迎えるサンライズのユニフォームが淡いグリーンであるのに対して、この相手チームの上着は、濃紺だった。
「あれ、チーム名がない」
イリジャはオペラグラスを出すと、向こう側の選手を観察する。確かに、チーム名は無く、ただ番号だけが、胸と背中に大きく白抜きの文字で付けられていた。
「そもそも、今日の試合って、一体何処が相手なのさ」
「や、俺もそこまでは。招待試合だ、ってのは聞いてるけど」
「招待試合――― って、でもそれって、クロシャール社が、客を招待する、という意味じゃないのか?」
「ばーか違うよ。招待試合って言う場合は、何処か普段滅多に当たらないような相手を呼び寄せるから招待試合って言うの」
貸して、とキディは手を伸ばした。ほい、とイリジャはオペラグラスを手渡す。
向こう側のベンチには、ぽつぽつと選手達が姿を見せつつあった。なかなか色合いも容姿も色々だな、と彼は思う。
「あ、投球練習を始めた」
どれ、とキディはオペラグラスをイリジャの視線の向きに回す。
そこに居たのは。
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