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第18話 コモドドラゴンズの伝説の投手D.D①
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「はいご注文のバックナンバー」
ありがとう、とゼルダは同業者の手から、頼んでいた雑誌のバックナンバーを受け取る。
「本当に、定価でいいのかしら?」
「いいよ。トベの話じゃ、あんたがよくこっちの分野のがあったら、回してくれるてるってことらしいし。たまにはそのくらいのことをしなくちゃね」
ひげで顔半分を覆った、スポーツ系のコレクション専門店のオーナーは言う。
このオーナーはゼルダも直接の知り合いではない。知り合いの知り合いの知り合い、くらいのつながりだった。
古書店には古書店同士のつながりがある。ノンジャンルの店が多いが、専門店が決して少ない訳ではない。
ゼルダの店は、あまり専門を正面に出していない。学生に必要な本や雑誌を主においている結果だった。学生のための専門は多くても、一つの分野に偏るということはないのだ。
その一方で、一つのものに極端に偏る店もある。彼女が今居るこの店は、スポーツ関係の本、バックナンバー、レアアイテムなどを扱っている店だった。
「しかしあんたがベースボールに興味があるとは初耳だね」
「ううん、私じゃあないの。友達…… なんだけどね。どうしても、って」
「ふうん。じゃあいつかうちにもおいで、って言っておやり」
「そうしてみるわ。けど見事なまでに、ベースボール中心の号ばかりね」
持ち帰ると、ページの確認も兼ねて、開いてみる。せっかくの頼まれものに、傷だの破れだのあったら残念だ、と思う。
キディが彼女に頼んだのは、「PHOTO/SPORTS」の十年程前のバックナンバーを、計七冊だった。どれも、「SPORTS」と言いながら、ベースボールの特集号だった。
彼女はベースボールにはさほど興味がない。せいぜいがところ、3つの空振りでアウト、3つのアウトで交代、という程度の知識しかなかった。
七冊を袋から出す。写真主体の雑誌だから、手にずっしりと重い。
その七冊を、テーブルに広げた時、彼女は目を見張った。
「―――マーティ?」
一番上にあった一冊以外、全て、彼女の知った顔がそこにはあった。
「……何これ……」
彼女は思わず、写真の中の彼の姿を見つめる。濃い青が基調の、コモドドラゴンズ、と書かれたユニフォームを着た、その姿。
一冊目だけが、彼の写真以外の表紙だった。
コモドドラゴンズが、ナンバー2リーグで優勝した時のものだった。最高殊勲選手、として彼の姿は、巻頭記事に載せられている。
二冊目、三冊目は、翌年、翌々年のものであり、その優勝の立役者としての、彼の姿がそこにはあった。
四冊目は、コモドドラゴンズが、ナンバー1リーグ昇格となった時のものだった。
五冊目、六冊目は、1リーグで、やはり活躍した時の記事だった。
そして七冊目は。
D.Dと呼ばれていた投手が消息を絶った、という記事だった。
*
その男がコモドドラゴンズに在籍したのは、今から12年前だった。現在が星間共通歴830年だから、818年のことになる。
その年、当時のコモドドラゴンズのヘッドハンター、ノヤ・コーデオンがサイトマリン星系の第三惑星ラウデシュで見つけたのだ、と。
そう、「PHOTO/SPORTS」には書かれている。
ゼルダはもう何度も何度も、記事を読み返していた。
最初にその写真を見た時には、心臓が止まるかと思った。そして記事の一つ一つに目を通す時には、血管から血液があふれかえるかと思った。
その姿にも見覚えがありすぎて。そしてあまりにも見慣れない姿だったので、彼女の目がそれを認めても、頭が理解するのに時間がひどくかかった。
サイトマリン星系のラウデシュは、帝都政府の居住星域の中でも辺境の方だった。豊かな大地と温暖な気候が続く、居住と農業には最適の惑星だった。
格別な努力をしなくとも、毎年毎年育てた作物は充分以上実り、人々はたまたま住み始めたそのコミュニティだけで、充分生活が可能だった。
自然を必要以上に開墾することもなく、その惑星は、植民以来、実にゆっくりゆっくりとその時間を流してきた。
外の情報がさほどに入らないことも、その惑星を変化というものから守ってきた。つまりは情報が管理されていた、ということだが、住民がそれに何の疑問も持たない程、彼らの生活は満ち足りていたと言ってもいい。
そんな彼らが、珍しく闘争本能を剥き出しにするのが、ベースボールだった。
参加するのは男女問わず。村単位から郡単位。そして地方単位へと、こればかりは力の強弱のピラミッドが見事に作られた。
農作業が一段落する収穫祭の季節に、それは惑星全体のお祭りとして、数週間をかけて行われる。優勝した地方・郡・村…… とそれなりの報償が、サイトマリンの管理政府から送られるのだ。
サイトマリン管理政府がある、ラウデシュの首府トルクシャマリーンには、管理政府の官庁街の隣に巨大なベースボール・グラウンドがある。それはこの惑星においては、同格の建築物と言ってもいい。長い間に蔦がいつでも絡まっている球場は、非常に重厚な印象さえ、見る者には起こさせる。
そこでゲームができるのは、各村々を勝ち抜き、各郡を勝ち抜いた、地方代表のチームだけだった。
そして815年のグラウンドに、その男は初めて立っていたのだ、という。
ノヤ・コーデオンは噂には聞いていたが、この惑星の穏やかな光景と、強烈な声援のギャップにまず驚かされた。何せベースボールに対する愛情に加え、地元愛というものが露骨に反映している。だから相手チームを罵倒していたとしても、不思議とそこには親愛の情の様なものがほの見えていたりするものである。
そしてコーデオンは、その住民のベースボールに、まず仰天した。
実に素直なゲームだ、と感動まで覚えた。学生のゲームでも、こうも単純ではない、と。
投手は変化球を持たない。ただただ直球だけを投げ、打者はそれをひたすら打つだけ。そして打ったらひたすら走り、隙あらば盗塁しようとする。
そこには作戦もへったくれもない。それがこの惑星における「ベースボール」だった。それがルールの様なものだったのだ。
従って、投手の球は速ければ速いほど、もしくは力が強ければ強い程、それは強い、ということになる。また変化球は無いが、コントロールは重要視される。少しばかり球の威力が弱い投手は、そこで工夫する。そこまで行って、何故変化球までいかないのか――― というのが結局この土地の特性なのだが。
コーデオンは期待はしていなかった。こんな単純なゲームしかしない連中の中に、自分のチームの戦力になれる様な人材が居るとはとても考えにくかった。
実際、収穫祭の時期、毎日何試合も行われるゲームの中、ヘッドハント歴十何年という彼の目に止まる様な者はいなかったのだ。
その瞬間まで。
それは偶然だった、と後にコーデオンは語っていた。「PHOTO/SPORTS」のライターのソーデ・モウセンはそのあたりを詳しく記している。
偶然だった。アルケミシュ地方代表のハザード郡トキワ村のチームの投手が、その時たまたま、投手返しの打球に足を直撃され、交代となった。
そのチームはいつもぎりぎりだった。投手の換え、など考えられない程に。勝ち進んできたのが奇跡だ、と当人達ものちにインタビューに答える程に。
仕方がなかったから、普段外野手に使っていた控えの選手を投げさせることになった。
その選手は、まだ少年と青年の中間くらいの年齢だったが、既に身体はそれなりの成長を遂げていた。ただ、その村自体にその様な傾向があったので、その青年は目立たなかったと言ってもいい。
普段から、外野への打球をホームへ素早く返せる肩を持っている。確実なのはそれだけだった。
しかし誰も、普段慣れ親しんでいるポジションを晴れの舞台で変えることはできなかった。いざとなったら、打たせて取ればいい。そんな空気の中での交代劇だった。
そしてその交代劇は、やがて観客の声も無くした。
明るい髪の背の高い青年が大きく振りかぶって投げる球は、速かった。いや、速さはもしかしたら、もっと彼より速い者は居たのかもしれない。
しかしその球で、バットが折れた。打者は何故だ、という顔で折れたバットをしばらく眺めていたという。
彼はその後の打者からあっさりと三振を取り、そして前任の投手から、そのポジションを勝ち取った。
彼の名は、D・Dと言った。
ありがとう、とゼルダは同業者の手から、頼んでいた雑誌のバックナンバーを受け取る。
「本当に、定価でいいのかしら?」
「いいよ。トベの話じゃ、あんたがよくこっちの分野のがあったら、回してくれるてるってことらしいし。たまにはそのくらいのことをしなくちゃね」
ひげで顔半分を覆った、スポーツ系のコレクション専門店のオーナーは言う。
このオーナーはゼルダも直接の知り合いではない。知り合いの知り合いの知り合い、くらいのつながりだった。
古書店には古書店同士のつながりがある。ノンジャンルの店が多いが、専門店が決して少ない訳ではない。
ゼルダの店は、あまり専門を正面に出していない。学生に必要な本や雑誌を主においている結果だった。学生のための専門は多くても、一つの分野に偏るということはないのだ。
その一方で、一つのものに極端に偏る店もある。彼女が今居るこの店は、スポーツ関係の本、バックナンバー、レアアイテムなどを扱っている店だった。
「しかしあんたがベースボールに興味があるとは初耳だね」
「ううん、私じゃあないの。友達…… なんだけどね。どうしても、って」
「ふうん。じゃあいつかうちにもおいで、って言っておやり」
「そうしてみるわ。けど見事なまでに、ベースボール中心の号ばかりね」
持ち帰ると、ページの確認も兼ねて、開いてみる。せっかくの頼まれものに、傷だの破れだのあったら残念だ、と思う。
キディが彼女に頼んだのは、「PHOTO/SPORTS」の十年程前のバックナンバーを、計七冊だった。どれも、「SPORTS」と言いながら、ベースボールの特集号だった。
彼女はベースボールにはさほど興味がない。せいぜいがところ、3つの空振りでアウト、3つのアウトで交代、という程度の知識しかなかった。
七冊を袋から出す。写真主体の雑誌だから、手にずっしりと重い。
その七冊を、テーブルに広げた時、彼女は目を見張った。
「―――マーティ?」
一番上にあった一冊以外、全て、彼女の知った顔がそこにはあった。
「……何これ……」
彼女は思わず、写真の中の彼の姿を見つめる。濃い青が基調の、コモドドラゴンズ、と書かれたユニフォームを着た、その姿。
一冊目だけが、彼の写真以外の表紙だった。
コモドドラゴンズが、ナンバー2リーグで優勝した時のものだった。最高殊勲選手、として彼の姿は、巻頭記事に載せられている。
二冊目、三冊目は、翌年、翌々年のものであり、その優勝の立役者としての、彼の姿がそこにはあった。
四冊目は、コモドドラゴンズが、ナンバー1リーグ昇格となった時のものだった。
五冊目、六冊目は、1リーグで、やはり活躍した時の記事だった。
そして七冊目は。
D.Dと呼ばれていた投手が消息を絶った、という記事だった。
*
その男がコモドドラゴンズに在籍したのは、今から12年前だった。現在が星間共通歴830年だから、818年のことになる。
その年、当時のコモドドラゴンズのヘッドハンター、ノヤ・コーデオンがサイトマリン星系の第三惑星ラウデシュで見つけたのだ、と。
そう、「PHOTO/SPORTS」には書かれている。
ゼルダはもう何度も何度も、記事を読み返していた。
最初にその写真を見た時には、心臓が止まるかと思った。そして記事の一つ一つに目を通す時には、血管から血液があふれかえるかと思った。
その姿にも見覚えがありすぎて。そしてあまりにも見慣れない姿だったので、彼女の目がそれを認めても、頭が理解するのに時間がひどくかかった。
サイトマリン星系のラウデシュは、帝都政府の居住星域の中でも辺境の方だった。豊かな大地と温暖な気候が続く、居住と農業には最適の惑星だった。
格別な努力をしなくとも、毎年毎年育てた作物は充分以上実り、人々はたまたま住み始めたそのコミュニティだけで、充分生活が可能だった。
自然を必要以上に開墾することもなく、その惑星は、植民以来、実にゆっくりゆっくりとその時間を流してきた。
外の情報がさほどに入らないことも、その惑星を変化というものから守ってきた。つまりは情報が管理されていた、ということだが、住民がそれに何の疑問も持たない程、彼らの生活は満ち足りていたと言ってもいい。
そんな彼らが、珍しく闘争本能を剥き出しにするのが、ベースボールだった。
参加するのは男女問わず。村単位から郡単位。そして地方単位へと、こればかりは力の強弱のピラミッドが見事に作られた。
農作業が一段落する収穫祭の季節に、それは惑星全体のお祭りとして、数週間をかけて行われる。優勝した地方・郡・村…… とそれなりの報償が、サイトマリンの管理政府から送られるのだ。
サイトマリン管理政府がある、ラウデシュの首府トルクシャマリーンには、管理政府の官庁街の隣に巨大なベースボール・グラウンドがある。それはこの惑星においては、同格の建築物と言ってもいい。長い間に蔦がいつでも絡まっている球場は、非常に重厚な印象さえ、見る者には起こさせる。
そこでゲームができるのは、各村々を勝ち抜き、各郡を勝ち抜いた、地方代表のチームだけだった。
そして815年のグラウンドに、その男は初めて立っていたのだ、という。
ノヤ・コーデオンは噂には聞いていたが、この惑星の穏やかな光景と、強烈な声援のギャップにまず驚かされた。何せベースボールに対する愛情に加え、地元愛というものが露骨に反映している。だから相手チームを罵倒していたとしても、不思議とそこには親愛の情の様なものがほの見えていたりするものである。
そしてコーデオンは、その住民のベースボールに、まず仰天した。
実に素直なゲームだ、と感動まで覚えた。学生のゲームでも、こうも単純ではない、と。
投手は変化球を持たない。ただただ直球だけを投げ、打者はそれをひたすら打つだけ。そして打ったらひたすら走り、隙あらば盗塁しようとする。
そこには作戦もへったくれもない。それがこの惑星における「ベースボール」だった。それがルールの様なものだったのだ。
従って、投手の球は速ければ速いほど、もしくは力が強ければ強い程、それは強い、ということになる。また変化球は無いが、コントロールは重要視される。少しばかり球の威力が弱い投手は、そこで工夫する。そこまで行って、何故変化球までいかないのか――― というのが結局この土地の特性なのだが。
コーデオンは期待はしていなかった。こんな単純なゲームしかしない連中の中に、自分のチームの戦力になれる様な人材が居るとはとても考えにくかった。
実際、収穫祭の時期、毎日何試合も行われるゲームの中、ヘッドハント歴十何年という彼の目に止まる様な者はいなかったのだ。
その瞬間まで。
それは偶然だった、と後にコーデオンは語っていた。「PHOTO/SPORTS」のライターのソーデ・モウセンはそのあたりを詳しく記している。
偶然だった。アルケミシュ地方代表のハザード郡トキワ村のチームの投手が、その時たまたま、投手返しの打球に足を直撃され、交代となった。
そのチームはいつもぎりぎりだった。投手の換え、など考えられない程に。勝ち進んできたのが奇跡だ、と当人達ものちにインタビューに答える程に。
仕方がなかったから、普段外野手に使っていた控えの選手を投げさせることになった。
その選手は、まだ少年と青年の中間くらいの年齢だったが、既に身体はそれなりの成長を遂げていた。ただ、その村自体にその様な傾向があったので、その青年は目立たなかったと言ってもいい。
普段から、外野への打球をホームへ素早く返せる肩を持っている。確実なのはそれだけだった。
しかし誰も、普段慣れ親しんでいるポジションを晴れの舞台で変えることはできなかった。いざとなったら、打たせて取ればいい。そんな空気の中での交代劇だった。
そしてその交代劇は、やがて観客の声も無くした。
明るい髪の背の高い青年が大きく振りかぶって投げる球は、速かった。いや、速さはもしかしたら、もっと彼より速い者は居たのかもしれない。
しかしその球で、バットが折れた。打者は何故だ、という顔で折れたバットをしばらく眺めていたという。
彼はその後の打者からあっさりと三振を取り、そして前任の投手から、そのポジションを勝ち取った。
彼の名は、D・Dと言った。
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