上 下
16 / 46

第16話 「クロシャール社のベースボール・チーム『サンライズ』が、招待試合をするって言うんだよ」

しおりを挟む
「あらそれなあに?」

 キディはその声に、雑誌から顔を上げた。
 シィズンは器用にドアを開けて、そのたくましい身体を従業員控え室にすべりこませる。食事の時間が重なるのは久しぶりだが、相変わらずだなあ、と彼は思う。

「あらそれ、『PHOTO/SPORTS』じゃない。へー、キディ君、好きだったんだあ」
「や、好きって程じゃあないけど」
「最新号? だったら後であたしにも見せてくれない?」
「あれもシィズンこそ、好きなの? ベースボール」
「うん、割とね」

 ふうん、とキディはうなづき、ミートボールをつつきながらページを繰る。
 あの古書店の、相棒のガールフレンドに頼んだバックナンバーに関しては、なかなか反応が来ない。とりあえず、と彼は同じ雑誌の最新号を購入してみたが、さすがに全星域レベルのスポーツのこととなると、自分の「知識」がちんぷんかんぶんであることが判る。

「そーいえば今、前期ASLの真っ最中じゃないの?」
「ASL?」
「全星域リーグ。確か今期は、ワイルドウイングスが1リーグでは首位じゃなかったかしら」
「詳しいね、シィズン」
「ふふん。そのくらいは好きだったら常識よ」

 同じミートボールのスパゲティを食べながら、彼女はちらちらと雑誌に視線を送る。よほど見たいのだな、とキディは感心する。

「良かったら借りてく?」
「あ! ありがとう」
「うん、だって、一応買ってはみたんだけど、俺、まだまだよく判らないんだもの」
「ああら。よく判らないものによくお金使えるわねえ」
「いや、ちょっと知りたかったから」
「ふうん?」

 やや含みのあるあいづちが少しばかり彼の耳にひっかかる。

「いや、うちの相棒が、ベースボールを昔してたらしいから」
「それで? ふーん」

 更に含みのあるあいづちになってしまう。だが他意は無いかの様に、彼女はフォークを皿に突き立てながら、くるくると器用にソースのたっぷりついたスパゲティを巻いていく。
 あれ? とキディはそれを見て引っかかるものを感じた。だがそれが何であるのか、彼には判らない。

「何?」
「あ、何でもない」
「変なひと」

 シィズンはそう言って、肩をすくめた。



「お前さー、ベースボール好きなんだって?」

 帰り際に、いきなりぐい、と肩に手を回されたので、キディは驚いて振り向き、ほっとする。

「何だよイリジャ、いきなり」
「いんや~ 俺はお前が同志だとは今まで思ってなかったよ」
「同志って何だよ同志って」

 いきなり出たそんな単語に、何だか首の後ろの毛が逆立つ思いだった。

「いやいやいやいや。実はねキディ君」

 じゃん、とイリジャはポケットから二枚の厚手のカードを取り出した。

「何だと思う?」
「何?」
「俺が聞いてんの。何だと思う?」
「……カード」
「馬鹿やろ、ちゃんと中身を見ろっていうの」

 言われて、キディはそのカードに顔を近づける。その上に印刷された文字には、クロシャール社のマークと、一週間後の日付。場所。……コアンファン。

「試合?」
「うん。クロシャール社のベースボール・チーム『サンライズ』が、招待試合をするって言うんだよ」
「って、でもコアンファンって、遠いじゃないか」

 確か相棒が出かけていった街の名がそうだったよな、と彼は思う。偶然とは恐ろしいものだ、と。

「そらまあ。でもこのアルクでさ、ベースボールの試合って、そうそう無いんたぜ? リーグあるって言ったって、あまりぱっとしないし。一応サンライズも、全星域リーグに加入してもおかしくないくらいのチームなんだしさ」
「何で入らないのさ」
「いや、政情不安な惑星のチームは、入れないの。知らなかった?」
「へー? 知らなかった」

 キディは目を丸くする。そんなことがあるのか。

「だから、向こうの加入チームが招待試合ってことで来ることはあるんだよ? 結構そういう時って、中央放送局の中継とか入るんだけど、お前知らない?」
「ローカルなベースボール中継ならたまーに見るけど…… そういう招待試合ってのは知らないなあ」
「そりゃそうそう無いものな。そーいえば、俺がまだ中等のガキの頃、一度そういう試合、あったよなあ」

 イリジャはんー、とつぶやきながら、視線を天井に飛ばした。

「そうそう、あったあった。えーと、何だったけ……」
「コモドドラゴンズ?」

 するり、とキディの口からその単語が飛び出していた。驚いたのはイリジャの方だった。

「何お前、知ってるじゃないの」
「ううん俺、大して知ってる訳じゃないって。こないだジュラに聞いたんだ」
「ジュラねえ」

 急にイリジャの表情が曇る。どうしたんだろう、とキディは首をかしげる。

「何かそういえば、お前、最近奴と仲いいじゃないの」
「仲いいって」

 どき、と心臓が一瞬飛び上がる。あまりこの同僚には問われたくない類の質問だった。

「ま、俺があれこれ言うことじゃないけどさあ」
「あ、のけ者にされたと思ってる? もしかして」

 くすくす、とキディは笑う。もっとも内心、どう勘ぐられるものか、と不安が漂っていた。大丈夫だ、とは思う。この星系では、そういう習慣は少ない。

「そんなんじゃなくて」

 イリジャは慌てて否定する。そしてその後に、やや困った様な顔になり、頬をかりかりとひっかいた。

「んー……、まあ、それもあるけどさ。お前最近付き合い悪いし……」
「あ、ごめん」
「別にいいんだよ別に。たださ、ジュラって、何か不思議だから、俺よく判らないの。その判らない奴とお前が仲いいと、お前までよく判らないみたいだろ? ちょっとそれが怖いから」
「不思議って」 

 キディは問い返そうとして、言葉を切った。
 言われてみれば、そうだろう。自分にしたところで、ついそこらまでは、何なのかさっぱり判らない人物だったのだ。確かに仲良くはしているけれど。成り行きで仲良く以上のこともしてしまったけど。
 それに彼は、夢うつつの明け方に、こんなことも言っていた。

 もうじきここの仕事が終わるかもしれない。そしたらまた前の仕事に戻るんだ。もし良かったら、一緒に来ないか?

 冗談だろう、とキディは半分眠った頭で聞いていた。でも律儀にこう問いかけていた。俺に何させたいの?
 そうしたら相手は思いの他、真面目に答えていた。
 君が気に入ったから、仕事を手伝ってくれるなら、色んな星系を回らせてあげる、と。色々なものを見せられる、と。
 それも面白いかもしれない、と彼は思った。だがその時は、眠気が先に立った。答えは保留のままだった。他人の体温も久しぶりだったから、それが何処か得体の知れない相手だったにも関わらず、彼はその時、奇妙なほどよく眠ることができた。悪い夢も見ずに。
 けど、そんな自分のことは、この同僚には知られたくない。彼は話題を逸らす。

「でもさ、あそこまで行くんだったら、泊まりがけだよなあ。二人して休み取ることになるんじゃないの?」
「あ、それでも昼のゲームらしいから、ほら」

 イリジャはカードを指す。確かにそこに書かれていた日時は、昼のものだった。

「あ、休みの日なんだ」
「うん。だから二人して休むにしても、一日で済むかなあ、とか俺も思ってしまった訳よ。じゃなかったら、誰か女の子、向こうで引っかけてもいいかなあって」
「お前ねえ……」

 キディはふう、とため息をつく。

「いいよ。一緒に行こう」
「やった」

 良かった良かった、とイリジャはばんばん、とキディの背中をはたく。思わず彼はせき込む。

「でもさイリジャ、誰から俺がベースボール好きって聞いたのさ?」
「シィズン」
「彼女が?」
「雑誌貸してくれたから、いい人ですねー、って言ってたよ」
「ふうん……」

 曖昧にキディは返す。

「何だよ、考え込んじゃって」
「……いや……」

 何かがまだ引っかかっている。

「そんな難しい顔してないでさ、メシでも食ってかない? だまには外でさ」
「ふうん? でもさあ、何か妙にお前、優しくない? 今日」
「ええっいやそんな」

 イリジャは急に声を裏返す。

「何か俺に頼みでもあるの?」
「いやそんなことはっ」

 キディは苦笑する。

「だってさ、そんな、滅多に入らないベースボールのチケットとかさ、それに外へ食事に行こうなんてさ、珍しいじゃないの」
「別に下心なんて無いよ」
「ふうん?」
「でもあるとしても、別にそれって、『たまにはお前独り占めして遊びたい』くらいしかないぜ?」
「何かすごく歯が浮くこと言ってないか?」
「ない」

 きっぱりとイリジャは言う。黒い髪がぴん、と跳ね上がる。キディは眉間と口をゆがめる。一体どういう反応を返していいのか、よく判らなかった。

「いい歳した男が『遊びたい』もないだろ……」
「そぉかぁ? 俺は単に楽しみに正直なだけだってば」
「だったらそれこそ女の子でも引っかけたらいいだろ」
「それはそれ、これはこれだってば。そりゃそういう遊び、は女の子の方がいいけどさ、そーでない純粋にお遊び、はやっぱりさー」

 そこまで言って、イリジャは言葉を切った。黙っていれば端正な顔立ち、と呼ばれるその顔が、真面目なものになる。

「と言うか、キディ君や、お前、何をいつも警戒してる訳?」
「警戒……?」
「俺にどうのこうの、じゃなくてさ。割と仕事終わるとさっさと帰っちまうし」
「それは……」

 痛い所を突かれた、と彼は思う。

「家に帰って、何か別にすることとかある訳?」
「や、相棒が……」
「でも今、出張中なんだろ? それに居たとしても、そんな、お前に毎日さっさと帰って来いって言うひと?」
「まあそうだけど……」

 これと言った理由がある訳ではない。ただ、いまいちこの同僚との距離感が上手く取れないのだ。
 冬の惑星から脱走して以来、マーチ・ラビットとあちこちを転々としてきた。その間は、なるべくその土地土地で出会った人々とは深く関わらない様にしてきたし、彼らのその時の立場上、それが妥当だった。
 だが今は違う。現在の彼は合法的な籍もあれば、このハルゲウに、そのまま延々と留まることができるのである。
 そうなってくると、関わってくる人々と、どの程度まで仲良くなっていいものか、キディは未だ戸惑うのだ。
 加えて、冬の惑星で「仲間」達に受けた扱いもあった。ジュラの様に、多少なりともその含みのある相手だったら、それはそれで判りやすいのだ。それにつきあうこともできる。慣れてはいるから、大した問題ではない。時にはそれが心地よいとすら思う自分が居ることを彼は知っている。
 だがイリジャはなまじそれが無いから、キディは戸惑う。
 こういう付き合いが、昔はあったのかもしれない。あっただろう。中等学校の頃が自分にあったのなら。いや別に中等でなくてもいい。打算も裏も何もなしに、「友達」と付き合えた時期があったはずなのだ。

「……ごめん」
「え? 何謝るのさ」

 イリジャはロッカーに手をつき、困った様な表情になる。

「俺、お前を困らせたい訳じゃないのに」
「イリジャは悪くないよ。悪いとこがあるとしたら、それは俺の方なんだ」
「よく言ってることが判らないな」
「うんこれは俺の問題なんだ。……うん、だから、イリジャと遊ぶのは、俺も楽しいよ。だからつまり……」

 彼は言いよどむ。イリジャは手を広げた。

「判った。そういうの、聞こうとは思わない。でもできるだけ、楽しくやってこうや。俺はキディとは仲良くやっていきたい。お前が良かったら、だけど」
「うん。俺もお前と居るのは楽しい」
「じゃそれでよし、と。も少し肩の力抜いてね。とりあえず何処にメシ食いに行く?」

 キディは少し考えた。

「パスタがいい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未来史シリーズ⑤後悔日誌~きままな宇宙海賊のアットホームな日々

江戸川ばた散歩
SF
宇宙船の中での乗組員日誌なんですが、何処の学級日誌かい、というノリにできたらなという感じで書いた奴。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

未来史シリーズ⑩レッドリバー・バレー~こんな所にやばい石が!

江戸川ばた散歩
SF
「マイ・ブルー・ヘヴン」に登場のストンウェル兄・ジャスティスが新たな星系の惑星「アリゾナ」で出会った少年? は。 そして彼だけが存在を知る謎の鉱石とは。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

処理中です...