その貴なる姫君

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
6 / 7

6 仲純くんの直接の死因、そして関係されると思われるのは

しおりを挟む




「何故あのような無茶をした」

「す……すみません」

「すみませんじゃすまないよ。見てるこっちはハラハラしたんだからね?」

「は、い……」

 謁見の間から場所は変わり、今は騎士団本部へと連れてこられていた。

 杉崎が魔導師たちを引き付けている間に海はアレクサンダーとクインシーに手を引かれてあの場から逃げ出した。本当はヴィンスの宿に戻ろうとしていたのだが、橋を下ろす許可が取れなかった。エヴラールが海を城下町に戻ることを許さなかったからだ。

 アレクサンダーがエヴラールに何度も橋を下ろすように掛け合ったが、杉崎の対応に手を焼いていてそれどころではないと帰されてしまった。その為、海は騎士団本部に身を寄せているのだが、ただいまクインシーとアレクサンダーに本部の食堂で説教されている。海の位置は三者面談の教師側と言えば分かるだろうか。腕を組んで海を睨んでいるアレクサンダーと、困り顔で笑うクインシー。

 これなら宿に帰りたかった。アレクサンダーたちが普段暮らしている本部が見れる!という淡い期待は見事に打ち砕かれてしまったのだから。

「カイ? ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる! だからそんな怒らないで欲しいんだけど……」

「ならば何について叱られているのか言ってみろ」

「えっと、それは……」

「ほらやっぱり聞いてないー!」

「聞いてるってば! もう今後、あんな真似はするなってことじゃないの!?」

「あの女の件だけではない!!」

 ビリビリッと鼓膜が震えそうな程の怒鳴り声。隣に座っているクインシーも突然の大きな声に驚いて腰を浮かせていた。

「何故、城に来た!」

「俺にだってやる事があるんだよ! その為にはここにもう一度来なきゃ行けなかったんだ」

「お前がやることなどここにはない! 明日、橋を下ろしてもらうように話を通す! 二度と城には来るな!」

 アレクサンダーの言い方に沸々と怒りが湧いてきて、怒鳴り返そうと口を開いたが、この状況はまずいと思ったクインシーが慌てて止めに入ってきた事によって海の意見は言葉にならなかった。

「待って待って! 喧嘩しないでって! ほら、あっち見てみなよ!」

 クインシーが指差した方をアレクサンダーと共に見る。食堂の出入口に団員たちがコソコソしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。

「アレクサンダーの声であいつら来ちゃったじゃん! カイが謁見の間に一人で来たっていうことにも驚いてるのに、アレクサンダーが怒鳴ってたらもっとびっくりするだろ!?」

「知るか! あいつらは追い返せ!」

「だからそんなに怒るのはやめなっての! そんなに怒ってたらカイだって聞くの嫌だよ!」

「こいつが勝手なことをしたからだろうが!」

「悪かったな!! 勝手なことして!」

 もう我慢できるか。海の意見を聞かずに一方的に怒鳴ってくるアレクサンダーに向けて叫び返して睨んだ。海のヘボい睨みではアレクサンダーはビクともしない。

「もういいよ。俺が悪うございました!!」

「ちょ、カイ!!」

 ガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで海は立ち上がり、二人に背を向けて歩き出した。

「カイ!! 話は終わっていない!」

「知らないよ! 俺の話は聞かないくせに、なんでアレクサンダーの言い分だけ聞かなきゃいけないんだよ!」

「聞いているだろう!」

「聞いてない! 言ったところですぐに否定して怒るだろ!」

 クインシーの制止の声も聞かずに海は駆け出した。
 これ以上、話をしていても無駄に怒りが湧くだけだ。

「アレクサンダーのバカ。バーカ、バーーーカ!!」

 本部の外に出て、表から裏に回って叫んだ。こんなこと本人に言ったらなんて返ってくることか。

「アレクサンダーがちゃんと聞いてくれないのが悪いんじゃないか」

 建物を背にして座り込み、足元にあった石ころを適当に投げる。ぶつぶつ文句を言いながら石を投げている姿は完全にいじけている子供の様。自分でも大人気ないと思ってはいるが、今から謝りに戻る気にもならなかった。

「ばーか……」

 暫くはここで頭を冷やした方がいいかもしれない。
 そう思って海はそこで石を投げ続けていた。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



「カイ? ここにいるの?」

「クインシー?」

 石を投げ続けてどれくらい経ったか。ひょこりとクインシーが顔を出した。

「やっぱいた。こんな所でなにしてるの?」

「……頭でも冷やそうかと」

「そっか。カイも怒ってたもんね」

「まだ……アレクサンダーは怒ってる?」

「それはどうかな。自分で見てくるといいよ」

「…………会いたくない」

 まだアレクサンダーと会いたいと思わない。怒っているのであれば尚更。

「こんな所にいたら風邪ひくよ。中に戻ろう?」

「冷やしてるから丁度いいんだよ」

「頭どころか全身冷えちゃうよ」

 海の頭の上へと掛けられるもの。それはほんのりと温かかった。

「これじゃクインシーの方が風邪ひくじゃん」

「んー? なら早く戻ろう?」

「だからまだ戻りたくないって……」

「じゃあ、俺も戻らないでここにいる」

 自分の上着を海に掛け、クインシーは海の隣に腰を下ろした。

 それから何をするでもなく沈黙が流れる。

「カイはさ、ここに来て何がしたかったの?」

「説明して分かってくれるか……」

「言ってくれなきゃ分かんないなぁ」

 話したところで伝わるかは分からない。海にだって分かってないことがあるのだから。でも、一人で抱えているのも辛い。誰かに聞いて欲しい。出来れば、これからどうすればいいかを教えて欲しかった。

「聖女の呪いが付き纏ってるんだ」

「呪い?」

「うん。記憶を受け継いだ時はそんなこと無かったのに、最近になってよく聞くようになったんだ。過去の聖女たちがラザミアを呪う声が。許せないって気持ちが」

「……ずっと?」

「ずっと。謁見の間で彼女達の怒りを抑えるのは大変だった。国王と魔導師を前にした途端、恨み言が酷くなったんだ。常に声は聞こえていたけど、今日ほどじゃなかった。聖女の声に……殺されるかと思った」

 今思い返せばとても恐ろしかった。何人もの聖女が国王たちに向けて罵詈雑言を吐き散らかし、怒りの感情を露わにする。彼らには言葉が届いていないから、海が受け止めるしかなかった。神経をすり減らしながらの国王たちとの対話は本当にしんどかった。

「カイ」

 辛かった、と一言漏らすと、クインシーは海を横から抱きしめた。痛いほど強く抱きしめられたが、海はクインシーから離れようとはしなかった。今はそれくらい強い方がいい。痛みを感じるとここにいる実感が湧く。海はちゃんとこの場にいて生きているのだと。

「クインシー……俺……嫌だ、死にたくない」

 クインシーの背中に腕を回してしがみつくように抱きしめ返す。言い表せぬ恐怖と不安に泣き出しそうになる。こんな所で泣くわけにはいかない。まだ城に来たばかりで何もしていないのに、早々に音をあげている暇はないのだ。泣き顔を晒すことの無いようにクインシーの首元に頭を埋めて隠した。

「死なせないよ。カイは絶対に死なせない。そんなことアレクサンダーが許すと思う? 俺は絶対に許さないから。聖女の呪いだろうが、城下町の闇だろうがどうでもいい。カイを怖がらせるなら俺が許さない」

 包み込むように抱きしめられて徐々に不安が消えていった。もう大丈夫だと言おうとしたが、人の温もりが心地よすぎて離れるに離れられなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄昏の芙蓉

翔子
歴史・時代
本作のあらすじ: 平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。 ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。 御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。 ※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。

うつほ物語~藤原仲忠くんの平安青春ものがたり

江戸川ばた散歩
歴史・時代
「源氏」以前の長編古典ものがたり「うつほ物語」をベースにした、半ば意訳、半ば創作といったおはなし。 男性キャラの人物造形はそのまま、女性があまりにも扱われていないので、補完しつつ話を進めていきます。

姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記

あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~ つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は── 花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~ 第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。 有難うございました。 ~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。

死は悪さえも魅了する

春瀬由衣
歴史・時代
バケモノと罵られた盗賊団の頭がいた。 都も安全とはいえない末法において。 町はずれは、なおのこと。 旅が命がけなのは、 道中無事でいられる保証がないから。 けれどーー盗みをはたらく者にも、逃れられない苦しみがあった。

猿の内政官の息子 ~小田原征伐~

橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~という作品の外伝です。猿の内政官の息子の続編です。全十話です。 猿の内政官の息子、雨竜秀晴はある日、豊臣家から出兵命令を受けた。出陣先は関東。惣無事令を破った北条家討伐のための戦である。秀晴はこの戦で父である雲之介を超えられると信じていた。その戦の中でいろいろな『親子』の関係を知る。これは『親子の絆』の物語であり、『固執からの解放』の物語である。

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

比翼連理

夏笆(なつは)
歴史・時代
 左大臣家の姫でありながら、漢詩や剣を扱うことが大好きなゆすらは幼馴染の千尋や兄である左大臣|日垣《ひがき》のもと、幸せな日々を送っていた。  それでも、権力を持つ貴族の姫として|入内《じゅだい》することを容認していたゆすらは、しかし入内すれば自分が思っていた以上に窮屈な生活を強いられると自覚して抵抗し、呆気なく成功するも、入内を拒んだ相手である第一皇子彰鷹と思いがけず遭遇し、自らの運命を覆してしまうこととなる。  平安時代っぽい、なんちゃって平安絵巻です。  春宮に嫁ぐのに、入内という言葉を使っています。 作者は、中宮彰子のファンです。  かなり前に、同人で書いたものを大幅に改変しました。

厄介叔父、山岡銀次郎捕物帳

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...