2 / 14
第2話 ヒナギク団の「ボス」、ハナ
しおりを挟む
あ、大きい。
目を凝らして、多喜子は思わず観察する。
歳の頃はやはり自分とそう変わらなさそうだ。
だが半袖の下からのぞいた組んだ腕は長い。
少し短めのスカートからのぞく足もすらりと長かった。
いや、それ以前にずいぶんと背が高い。
その辺を歩く男性とそう変わらないくらいだ。
格好いい、と何故か思っていた。
クラスメイトで親友の皐月も背が高く、学校では憧れの的にされているのだが、それともまた何処か違う。
皐月はどちらかというと少年的だが、目の前の少女は、女以外の何ものにも見えない。
だが多希子の知ってる「洋装」とは何かどこか違うような気がする。
断髪ではあるが、流行の「ボップ」よりは少し長めだ。
でもそれは濃い太い眉や、厚手の唇、少し大きすぎるくらいの目によく似合っている。
ああ化粧してる、と多希子は気付いた。
「何だい何だい、一人に何人掛かってるんだよ」
「だってボス」
ボスぅ? 多希子はその言葉の意味を一瞬考える。
「ちょーっと、さっきから見てたけどさあ。駄目駄目。あんた等の負けさあ。ほら良く見てみ。そこのお嬢さんの足、今にもお千穂、あんたを蹴り倒しそうだよ」
そう言って長身の少女は足元を指さす。
げ、と指された方は、顔をしかめた。
「ほら、離してやんな」
取り囲んでいた連中は、おとなしく「ボス」の命令に従い、しぶしぶ多希子の身体からその手を離した。
「悪かったね、見境がない連中で」
多希子は黙って「ボス」の少女を見上げた。
一方「ボス」の少女は手をひらひらと振る。
それが合図の様に、少女達は着物の袖を振り振り、下駄の音をからころとさせながら、右へ左へと散っていく。
彼女たちを見ながら、多希子は仏頂面を続けていた。
やがて周囲が静かになったのを見計らい、ようやく口を開く。
「いつもこんなこと、してるのかしら?」
ふふん、と「ボス」の少女は首を傾ける。
柄の悪い少女達がぞろぞろと脇道から出てきたので、通りの人々はようやくこちらを向く。
今更! と多希子は唇を噛んだ。
そんな周囲の視線をはね除けるように、「ボス」の少女は一度ぐい、と辺りを見渡す。
そして短く刈った髪を何度かひっかき回した。
「いつも、じゃないけどねえ」
「嘘」
多希子はすぐに返した。
「嘘ってなあ、お嬢さん…… そりゃ遊ぶための金を持ってひらひら銀座を歩く奴には、時々」
「いいと思ってんの!?」
「ふん。取られても別に今日明日困るんじゃないような暇な連中だよ。真面目そうな毎日せっせとお勤めに励んでるような奴からは取らないさ。そのくらいの見極めはつくさあ」
「それで私を狙ったって言う訳? 冗談じゃあないわ!」
多希子はぶるん、と首を横に振る。
「だから見当違いだよ。あたしが最初から居たら、そんなこた、させなかったさ。だいたいあんたがいくらお嬢さんでも、そんな、一人でぶらぶらしてる時にすごい金持ってる訳ないじゃないか。持ってるようだったらよっぽどの馬鹿だけどさ。あんたはそうでもないようだし。だったら時間の無駄さ」
はは、と「ボス」の少女は笑った。
「そういう問題?」
「まあね。やっても無駄なことはしない」
「何か違うと思うわ」
おや、とばかりに太い両眉が上がった。
「さっきも思ったけれど、お嬢さん、あんたずいぶんと度胸があるねえ」
目の前で指を一本立てる。どき、と多希子はその仕草に心臓が飛び跳ねるのを感じた。
「たいていの『お嬢さん』はこんなことあれば、泣き帰るもんだけどなあ」
「いけません?」
「いけなくはないさ。ただ珍しい、って言ってるんだよ」
腰に手を当て、彼女はのぞき込むように多希子の顔をぐっ、と見据えると、付け足した。
「言っておくけど、誉めてるんだからね」
「誉め言葉には聞こえないわよ?」
多希子は思わず苦笑いをする。
「ま、いいわ。私もう、帰らなくちゃ」
「そ。じゃあまあ、これからまた銀座でこんな風に襲われたら、こう言いな。自分はヒナギク団のハナの知り合いだ、って」
「ハナ? ヒナギク団?」
「あたしの名。磯山ハナ、って言うんだよ」
なるほどそれで団に花の名をつけているのか。だがあの白くて可憐な花を想像したら、何となくおかしくなってしまった。
「お嬢さんじゃないわ。私は一ノ瀬多希子」
「多希さんか。覚えておくよ」
そしてじゃあね、と手を振ると、ハナは銀座の雑踏の中に消えて行った。
時計台から、五時を告げる美しい音が聞こえて来た。
目を凝らして、多喜子は思わず観察する。
歳の頃はやはり自分とそう変わらなさそうだ。
だが半袖の下からのぞいた組んだ腕は長い。
少し短めのスカートからのぞく足もすらりと長かった。
いや、それ以前にずいぶんと背が高い。
その辺を歩く男性とそう変わらないくらいだ。
格好いい、と何故か思っていた。
クラスメイトで親友の皐月も背が高く、学校では憧れの的にされているのだが、それともまた何処か違う。
皐月はどちらかというと少年的だが、目の前の少女は、女以外の何ものにも見えない。
だが多希子の知ってる「洋装」とは何かどこか違うような気がする。
断髪ではあるが、流行の「ボップ」よりは少し長めだ。
でもそれは濃い太い眉や、厚手の唇、少し大きすぎるくらいの目によく似合っている。
ああ化粧してる、と多希子は気付いた。
「何だい何だい、一人に何人掛かってるんだよ」
「だってボス」
ボスぅ? 多希子はその言葉の意味を一瞬考える。
「ちょーっと、さっきから見てたけどさあ。駄目駄目。あんた等の負けさあ。ほら良く見てみ。そこのお嬢さんの足、今にもお千穂、あんたを蹴り倒しそうだよ」
そう言って長身の少女は足元を指さす。
げ、と指された方は、顔をしかめた。
「ほら、離してやんな」
取り囲んでいた連中は、おとなしく「ボス」の命令に従い、しぶしぶ多希子の身体からその手を離した。
「悪かったね、見境がない連中で」
多希子は黙って「ボス」の少女を見上げた。
一方「ボス」の少女は手をひらひらと振る。
それが合図の様に、少女達は着物の袖を振り振り、下駄の音をからころとさせながら、右へ左へと散っていく。
彼女たちを見ながら、多希子は仏頂面を続けていた。
やがて周囲が静かになったのを見計らい、ようやく口を開く。
「いつもこんなこと、してるのかしら?」
ふふん、と「ボス」の少女は首を傾ける。
柄の悪い少女達がぞろぞろと脇道から出てきたので、通りの人々はようやくこちらを向く。
今更! と多希子は唇を噛んだ。
そんな周囲の視線をはね除けるように、「ボス」の少女は一度ぐい、と辺りを見渡す。
そして短く刈った髪を何度かひっかき回した。
「いつも、じゃないけどねえ」
「嘘」
多希子はすぐに返した。
「嘘ってなあ、お嬢さん…… そりゃ遊ぶための金を持ってひらひら銀座を歩く奴には、時々」
「いいと思ってんの!?」
「ふん。取られても別に今日明日困るんじゃないような暇な連中だよ。真面目そうな毎日せっせとお勤めに励んでるような奴からは取らないさ。そのくらいの見極めはつくさあ」
「それで私を狙ったって言う訳? 冗談じゃあないわ!」
多希子はぶるん、と首を横に振る。
「だから見当違いだよ。あたしが最初から居たら、そんなこた、させなかったさ。だいたいあんたがいくらお嬢さんでも、そんな、一人でぶらぶらしてる時にすごい金持ってる訳ないじゃないか。持ってるようだったらよっぽどの馬鹿だけどさ。あんたはそうでもないようだし。だったら時間の無駄さ」
はは、と「ボス」の少女は笑った。
「そういう問題?」
「まあね。やっても無駄なことはしない」
「何か違うと思うわ」
おや、とばかりに太い両眉が上がった。
「さっきも思ったけれど、お嬢さん、あんたずいぶんと度胸があるねえ」
目の前で指を一本立てる。どき、と多希子はその仕草に心臓が飛び跳ねるのを感じた。
「たいていの『お嬢さん』はこんなことあれば、泣き帰るもんだけどなあ」
「いけません?」
「いけなくはないさ。ただ珍しい、って言ってるんだよ」
腰に手を当て、彼女はのぞき込むように多希子の顔をぐっ、と見据えると、付け足した。
「言っておくけど、誉めてるんだからね」
「誉め言葉には聞こえないわよ?」
多希子は思わず苦笑いをする。
「ま、いいわ。私もう、帰らなくちゃ」
「そ。じゃあまあ、これからまた銀座でこんな風に襲われたら、こう言いな。自分はヒナギク団のハナの知り合いだ、って」
「ハナ? ヒナギク団?」
「あたしの名。磯山ハナ、って言うんだよ」
なるほどそれで団に花の名をつけているのか。だがあの白くて可憐な花を想像したら、何となくおかしくなってしまった。
「お嬢さんじゃないわ。私は一ノ瀬多希子」
「多希さんか。覚えておくよ」
そしてじゃあね、と手を振ると、ハナは銀座の雑踏の中に消えて行った。
時計台から、五時を告げる美しい音が聞こえて来た。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
生克五霊獣
鞍馬 榊音(くらま しおん)
歴史・時代
時は戦国時代。
人里離れた山奥に、忘れ去られた里があった。
闇に忍ぶその里の住人は、後に闇忍と呼ばれることになる。
忍と呼ばれるが、忍者に有らず。
不思議な術を使い、独自の文明を守り抜く里に災いが訪れる。
※現代風表現使用、和風ファンタジー。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
無影剣 日影兵衛 刀狩り
埴谷台 透
歴史・時代
無影剣
日影残真流免許皆伝、日影兵衛の編み出した我流の必殺剣は、その威力により己の刀も折り飛ばす
技に見合う刀をを求めて
日影兵衛、東海道を京へと旅をする
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
夢浮橋モダン天鵞絨
成瀬川るるせ
歴史・時代
心に巣食う土蜘蛛を調伏させる〈水兎学派〉の退魔士・鏑木盛夏に呼ばれ〈和の庭〉帝都に戻ってきた夢野壊色。二人が巻き込まれる政争の果てに待ち受けるものとは……?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
日本国を支配しようとした者の末路
kudamonokozou
歴史・時代
平治の乱で捕まった源頼朝は不思議なことに命を助けられ、伊豆の流人として34歳まで悠々自適に暮らす。
その後、数百騎で挙兵して初戦を大敗した頼朝だが、上総広常の2万人の大軍を得て関東に勢力を得る。
その後は、反平家の御家人たちが続々と頼朝の下に集まり、源範頼と源義経の働きにより平家は滅亡する。
自らは戦わず日本の支配者となった頼朝は、奥州の金を手中に納めようとする。
頼朝は奥州に戦を仕掛け、黄金の都市と呼ばれた平泉を奥州藤原氏もろとも滅ぼしてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる