ありがとう、さよなら。僕は彼の声ではいられなかった。

江戸川ばた散歩

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41 オズさんにかまをかける

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「あれ、めぐみちゃんだけ? ケンショーは?」

 スタジオの扉を開けると同時に、オズさんは言った。うん、と僕は笑顔を作る。

「僕だけ。奴は三十分くらいしたら来るよ」
「三十分? 俺時間間違えたかなあ?」

 そう言って、オズさんは時計を見る。

「間違ってないよ、オズさん」

 僕は軽く言葉を放った。彼はまたか、という表情になる。またか。そう、また。

「めぐみちゃん、いい加減、俺から聞くの、止したら?」
「ケンショーは言わないもん。だったらオズさんに聞いたほうが早いじゃない」
「いや、―――そりゃそうだが」

 オズさんは下げていたバッグの中からスティックケースを取り出し、その中からT字ビス回しを出し、備え付けのドラムのスネアをチューニングする。
 僕は椅子に反対向きに座りながら、作業している彼に向かい、構わず言葉を投げた。

「昨日さ、招待状が奴に来たの。結婚式」
「へえ……」

 気のない返事。

「で、差出人が、木庭戸野依きにわどのより、ってあった」
「え?」

 きり、とビスを回す音が止む。

「のよりさん、って前のヴォーカルでしょ?」
「あ? ケンショーから聞いたか?」
「まーね」

 嘘ではない。
 奴は前に、何気なくそんなことを漏らしたことがある。
 それに僕は前のヴォーカルの時のテープも持ってる。
 そこにはヴォーカルはNOYORIと書いてあった。

「そうか…… のよりちゃん、結婚するんだ……」
「で、相手が箱崎昌志はこざきまさし、ってあったけど、オズさん、知ってる?」
「げげげ?」

 何って声だ。
 オズさんらしくない。
 僕は肩を軽くすくめた。

「ふうん、オズさんのとこには、招待状、来てないんだ」
「……来てない。……でも来るとは思ってないから…… ハコザキ、か……?」
「知ってる人?」
「知ってるといや、知ってるけど……」
「前の前のヴォーカル、でしょ?」
「めぐみちゃん?」
「何で、その二人がつきあうのかなあ? だって、代々のヴォーカルって、皆ケンショーの恋人だったんでしょ? 男女問わず」
「……おい」

 困った様な顔になって、オズさんはゆっくりと僕のそばに近づいてきた。

「それで、ケンショーはどうするって言ってた?」
「行かないって。ライヴの日程とぶつかるからって。おかしいよね。その日、ライヴ入ってないけど。奴にも、何か思うとこあるんだ?」

 ふう、とオズさんはため息をついた。

「めぐみちゃん、一体何を聞きたいんだ?」
「聞きたいんじゃないんだ。頼みがあるの」

 そう言って僕は笑顔を作る。

「頼み?」

 そして、ポケットから携帯を取り出した。
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