38 / 56
38 兄の来襲③
しおりを挟む
そしてその夜は、兄貴とくみこさんに久しぶりにまともな食事をおごってもらった。
中華の、定食以外なんてどれだけぶりだろう!
僕は恵まれている方だと思う。
だから、ちゃんと前を向かなくてはならない。
「それにしても、めぐみ君、何か顔変わったんじゃない?」
食事をしながら、くみこさんはそう言った。
上京する前から彼女は兄貴を訪ねて時々やってきていたので、僕と顔合わせくらいはしている。
「変わりました?」
ころころしたイカと青い野菜を取りながら、僕は彼女に訊ねた。
「うん。何か前より顔、整ったって感じ」
うーん、と僕は苦笑するしかない。
それはたぶん、化粧一つしていなかった女の子がある日いきなり化粧しだして顔が変わったように見えるのと同じだ。
眉をちょっと整えたり、もともと濃くないひげが伸びないように気をつかったり、そういうことが重なっているからだと思う。
「やだなー。下手するとあたしより綺麗じゃない?」
「冗談よしてくださいよ! くみこさんだって、前よりずっと綺麗になりましたよ?」
「そりゃまあ、俺がかわいがってるしなー」
あっさりと兄貴は言った。
やだやだやめてよ、とくみこさんは隣に座っている兄貴の背中をばん、とはたく。
仲がいいなあ相変わらず。
「あ、それともめぐみ君、彼女できたあ?」
ぐっ、と僕はそこで言葉に詰まった。
*
彼女ではないんです、くみこさん。
そうその場では言わなかった。
だって、僕が押し掛けて来てしまったのは、彼女ではなく、彼、のところだ。
兄貴達は気づいただろうか?
いやそんなことはないだろう。
あの人たちの頭の中には、同性の恋人なんていう単語はそうそう出て来ないはずだ。
「追い出されたって」
「留年決定したから、部屋代が振り込まれないの。あんたのせいだよ? ケンショー」
僕は何気なく言った。
だが事実だ。
「で、学校には休学届けだしてきた」
え、と奴の声が喉の奥でつぶれた。
僕はそんな奴の表情をわりあい冷静に見ている。
だってそうだろ。僕だってかなりな決心が必要だったんだ。
それもこれも、あんたに会ったせいなんだケンショー。
責任取ってくれ、というもんだ。
「しばらくはバンドとバイトに専念するからね」
「……お前さあ……」
ふう、と奴は頭を一度振る。
髪が大きく揺れて、表情は判らなかった。
「何?」
「本当に、それでいいのか?」
「いいんだろ」
良くなかったら、こんなとこ来ない。
絶対に明日にうちに、この部屋掃除しまくってやる。
こいつが何と言おうと。
奴は表情が見えないまま、ふわりと僕の背中に腕を回した。
僕はその腕に手を当てる。ああ暖かいな。
どうして、こういう温度に僕は弱いのだろう?
中華の、定食以外なんてどれだけぶりだろう!
僕は恵まれている方だと思う。
だから、ちゃんと前を向かなくてはならない。
「それにしても、めぐみ君、何か顔変わったんじゃない?」
食事をしながら、くみこさんはそう言った。
上京する前から彼女は兄貴を訪ねて時々やってきていたので、僕と顔合わせくらいはしている。
「変わりました?」
ころころしたイカと青い野菜を取りながら、僕は彼女に訊ねた。
「うん。何か前より顔、整ったって感じ」
うーん、と僕は苦笑するしかない。
それはたぶん、化粧一つしていなかった女の子がある日いきなり化粧しだして顔が変わったように見えるのと同じだ。
眉をちょっと整えたり、もともと濃くないひげが伸びないように気をつかったり、そういうことが重なっているからだと思う。
「やだなー。下手するとあたしより綺麗じゃない?」
「冗談よしてくださいよ! くみこさんだって、前よりずっと綺麗になりましたよ?」
「そりゃまあ、俺がかわいがってるしなー」
あっさりと兄貴は言った。
やだやだやめてよ、とくみこさんは隣に座っている兄貴の背中をばん、とはたく。
仲がいいなあ相変わらず。
「あ、それともめぐみ君、彼女できたあ?」
ぐっ、と僕はそこで言葉に詰まった。
*
彼女ではないんです、くみこさん。
そうその場では言わなかった。
だって、僕が押し掛けて来てしまったのは、彼女ではなく、彼、のところだ。
兄貴達は気づいただろうか?
いやそんなことはないだろう。
あの人たちの頭の中には、同性の恋人なんていう単語はそうそう出て来ないはずだ。
「追い出されたって」
「留年決定したから、部屋代が振り込まれないの。あんたのせいだよ? ケンショー」
僕は何気なく言った。
だが事実だ。
「で、学校には休学届けだしてきた」
え、と奴の声が喉の奥でつぶれた。
僕はそんな奴の表情をわりあい冷静に見ている。
だってそうだろ。僕だってかなりな決心が必要だったんだ。
それもこれも、あんたに会ったせいなんだケンショー。
責任取ってくれ、というもんだ。
「しばらくはバンドとバイトに専念するからね」
「……お前さあ……」
ふう、と奴は頭を一度振る。
髪が大きく揺れて、表情は判らなかった。
「何?」
「本当に、それでいいのか?」
「いいんだろ」
良くなかったら、こんなとこ来ない。
絶対に明日にうちに、この部屋掃除しまくってやる。
こいつが何と言おうと。
奴は表情が見えないまま、ふわりと僕の背中に腕を回した。
僕はその腕に手を当てる。ああ暖かいな。
どうして、こういう温度に僕は弱いのだろう?
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる