ありがとう、さよなら。僕は彼の声ではいられなかった。

江戸川ばた散歩

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34 ACID-JAMに足を向けて

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 それから、学校に行かない日が数日続いた。
 行かないと言ったところで、バイトにいそしんでいた訳でもない。
 バンドに熱心だった訳でもない。
 さすがにその様子は、バンドの連中には判ってしまう。
 ケンショーもナカヤマさんも、気の入らない僕に、今日は帰れ、と言った。
 そうなると僕には行く場所が無い。
 何か、足下が、ひどくふわふわとして頼りない。
 何処へ行っていいものか、僕にはさっぱり判らないのだ。
 仕方がないから、街中をふらふらして、雑誌の新しいものや、新しいCDをふらふら見て歩いたりする。
 そしてつい、ACID-JAMに足を向けていた。
 別に何をどう、という訳じゃない。
 ただ、家に一人で居るのは嫌だった。
 かと言って、誰かと一緒に居たい、という気分でもなかった。
 ただそれでも、自分に関わりのある場所に居たい、という気持ちはあったらしい。
 開店前の店は、掲示板とかがある場所までは自由に出入りすることができた。
 僕はポケットに手を突っ込みながら、そこに張られているもの一つ一つを目を追う。
 色んなバンドがある。照らないものが大半だ。
 そんなバンドのライヴ案内と一緒に、メンバー募集の紙も、ところ狭しと張られている。
 そこにも色んな個性がある。名前にしろ、誘い文句にしろ。
 「**のコピーを中心に。高校生の四人組です。ヴォーカル求む」とか「プロになる気のある奴はいないか」という感じのものまで。
 けどバンドの名前というのは、難しいものだよな。
 うちのバンドは、まだましな方じゃないかと思う。
 結構言葉としては簡単。「りんがー」。
 それでいて、意味あい的には、ただの鐘鳴らしではなく、その鐘が「警鐘」だったりする、という。
 バンドの名前は、短いのが僕は好きだ。
 長ったらしいのだったら、いっそ略すのが楽な奴がいい。
 と、そんな短い名前のバンドが僕の目にとまった。

「SS?」

 確かに短い。
 ただ、ちょっと物騒なイメージだ。
 メンバー募集のところだ。
 高校生の二人組。
 ヴォーカルとベースは居るから、ギターとドラムが欲しい、と書いてある。
 字が綺麗だ。
 いや、綺麗、というか読みやすい。
 代表は――― カナイフミオ、って読むのかな?

「おい」

 背中から不意に声を掛けられたので、僕はひゃっ、と声を上げた。
 振り向くと、ケンショーが居た。

「何であんたここに居るんだよ!」
「それは俺の台詞だよ。次のライヴのことで、打ち合わせに」
「あ」

 そういえば、そうだ。一応こいつはリーダーだった。

「何見てたんだ?」

 しかしそう言いながら腕を回してくるというのは。

「ん。何かたくさんメンバー募集とかあるな、と思って。結構あるよね。募集してるとこも、入れて、って言ってる奴も」
「ああそうだな」
「ホントに、たくさん……」
「……お前さあ」

 え、と気づくと、何か回されてる手が、抱きしめモードになっている。
 ちょっと待て。

「ケンショー、こんなとこで」
「別に。じゃれてる分だ、って言えばいいだけだろが。だいたい皆知ってるだろーに」
「あんたは良くても、僕は恥ずかしいんだよ」
「そこんとこが俺には判らないね」
「何で」

 そうなのだ。
 この男の感覚は時々判らなくなる。
 だいたいそもそもが、男に惚れてしまうことに、何の迷いも持たなかったんだろうか。

「だってさ、好きは好き、でいいじゃないかよ。何でそれが恥ずかしい訳?」
「心からそう言ってる?」
「嘘ついてどうすんの」

 ふう、と僕は奴の腕を握りながらため息をつく。

「アハネがさ、僕らの関係気づいてたみたい」
「そらそーだろ」
「僕的には、結構ショックだったんだよ? 判る?」

 いーや、とケンショーは首が横に振るのが判る。
 そうなんだよな。
 あんたはそういう人だ。

「少なくとも、俺がお前のこと好きなのは、ばりばりに判るだろ」

 そうかなあ、と僕は思ったが、口には出さなかった。
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