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22 アハネの危惧
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「なりゆき、ねえ」
課外の時間に、僕が出し損ねていたデッサンの課題をやっていると、アハネはあきれたようにつぶやいた。
ここのところおかしかった僕を彼はずっと心配していたらしく、何かにつけて様子を聞いてきた。
「だけどアハネは、すぐに断れとか何とか言わなかったじゃない」
目の前にある石膏像に視線を集中させながら、僕は彼に向かって言う。
「まあね」
「何で? 僕は何度も奴の誘いを断ってたって言ったじゃない」
「だってお前、別に嫌がってなかったからさ」
「……なかった?」
「少なくとも、俺にはそう見えたけど」
空いていた椅子に逆座りになり、足をぶらぶらさせながらアハネは言う。
「俺が何か言ったって、お前がそうしたいのなら仕方ないし」
「……だって」
「あ、でもね、アトリ、俺は一つ心配なんだけど」
「心配?」
「好きならいいんだ。どんなことだってさ。ただ、お前、流されてないか、と思って」
「流されて」
「そのケンショーって奴、何かお前の話聞くと、すごい強引な奴っぽいじゃないか」
だろう、と僕も思う。
さすがに口説かれたとか、抱きしめられたとか、キスされた、とかいうことは言わなかったけれど。
この友人には言いたくなかった。
それに、言いたくなかったのは、それだけではない。
何を僕が戸惑っているかって……
「強引…… だよ。それが?」
「お前がその強引さに引きずられてしまわないかって思ってさ」
「……どういう意味?」
「どういう意味って」
僕は顔をアハネの方に向けた。
彼は少しばかり困った顔をすると、こめかみを軽くひっかいた。
「……うまく、言えない」
「……」
「何か、だから、それでお前がもしかしたら、困ることになるんじゃないか、って感じはするんだけど、俺にはそれがどういうことなのか、いまいちよく判らないんだ」
そういうアハネの顔は、ひどく真剣だ。
真剣に僕のことを思ってくれているのはよく判る。
だけど言っていることの意味がやっぱり僕にはよく判らなかった。
「で、ヴォーカル、引き受けるんだな?」
「とりあえず…… 音自体は好きだし」
「うん、好きならいいんだ。歌うことも」
「歌うことは、好きだ…… と思うよ」
「好きである、ならいいんだけど」
アハネはそう言って、目を伏せた。
実際、彼の危惧がどこから来るのか、何を言おうとしているのか、僕にはそれからもずっと判らなかったのだ。
課外の時間に、僕が出し損ねていたデッサンの課題をやっていると、アハネはあきれたようにつぶやいた。
ここのところおかしかった僕を彼はずっと心配していたらしく、何かにつけて様子を聞いてきた。
「だけどアハネは、すぐに断れとか何とか言わなかったじゃない」
目の前にある石膏像に視線を集中させながら、僕は彼に向かって言う。
「まあね」
「何で? 僕は何度も奴の誘いを断ってたって言ったじゃない」
「だってお前、別に嫌がってなかったからさ」
「……なかった?」
「少なくとも、俺にはそう見えたけど」
空いていた椅子に逆座りになり、足をぶらぶらさせながらアハネは言う。
「俺が何か言ったって、お前がそうしたいのなら仕方ないし」
「……だって」
「あ、でもね、アトリ、俺は一つ心配なんだけど」
「心配?」
「好きならいいんだ。どんなことだってさ。ただ、お前、流されてないか、と思って」
「流されて」
「そのケンショーって奴、何かお前の話聞くと、すごい強引な奴っぽいじゃないか」
だろう、と僕も思う。
さすがに口説かれたとか、抱きしめられたとか、キスされた、とかいうことは言わなかったけれど。
この友人には言いたくなかった。
それに、言いたくなかったのは、それだけではない。
何を僕が戸惑っているかって……
「強引…… だよ。それが?」
「お前がその強引さに引きずられてしまわないかって思ってさ」
「……どういう意味?」
「どういう意味って」
僕は顔をアハネの方に向けた。
彼は少しばかり困った顔をすると、こめかみを軽くひっかいた。
「……うまく、言えない」
「……」
「何か、だから、それでお前がもしかしたら、困ることになるんじゃないか、って感じはするんだけど、俺にはそれがどういうことなのか、いまいちよく判らないんだ」
そういうアハネの顔は、ひどく真剣だ。
真剣に僕のことを思ってくれているのはよく判る。
だけど言っていることの意味がやっぱり僕にはよく判らなかった。
「で、ヴォーカル、引き受けるんだな?」
「とりあえず…… 音自体は好きだし」
「うん、好きならいいんだ。歌うことも」
「歌うことは、好きだ…… と思うよ」
「好きである、ならいいんだけど」
アハネはそう言って、目を伏せた。
実際、彼の危惧がどこから来るのか、何を言おうとしているのか、僕にはそれからもずっと判らなかったのだ。
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