ありがとう、さよなら。僕は彼の声ではいられなかった。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
13 / 56

13 近眼眼鏡無し男への対応

しおりを挟む
 実際、昨日の今日だ。
 別にどうってことないのかもしれないけど、驚いたのは事実。
 何か得体の知れない怖さを、彼には感じる。

「それにあんたは、まだ僕の質問に答えてないよ。あのテープ、ヴォーカル、居るんじゃない」
「あ、あん時のヴォーカル、もう居ないから」

 あっさりと彼は答える。

「こないだのライヴが最後。逃げられたんだ。いい子だったのになあ」
「しかも、女じゃないか。僕は女じゃない」
「そんなの見れば判るって。だいたいこんな胸のない女はいないし。それに、俺別に女でも男でもどうだっていいから。いい声であれば」
「そういうもの?」

 僕はかなり嫌そうな目つきで彼を見上げた。
 嫌そう、なのは、この身長差にもあるかもしれない。
 僕だって無茶苦茶小柄、ということはないと思う。
 決して大きくはないけど、全国平均くらいだと思う。
 けどこの男が横に居ると自分が小さいってことを考えさせられてしまう。
 そのまま横を向くと、僕の目線には、彼の肩があった。

「そういうもの。それに、俺はあんたじゃなく、ケンショーって言うんだぜ」
「知ってる」
「お? 知ってる?」
「あんたが勝手によこしたテープに、メンバーの名前があったよ。ギタリストと言っただろ?」
「覚えててくれたんだ」
「……」

 僕は押し黙る。
 別に覚えたくて覚えていた訳じゃない。

「変な名前、と思っただけだよ」
「あんたの名前は可愛いけどね。あとりめぐみ」
「可愛いなんてっ!」

 ……また乗せられてしまった。
 くっくっくっ、と彼は肩をすくめて笑う。

「いいじゃん。可愛いって言われるの、嫌い?」
「嫌いだよ」
「どれどれ?」

 そしてぐっ、と彼は顔を近づけてきた。な。

「……ああ本当、確かに可愛いや。ふうん。へえ」

 僕は慌てて飛び退いた。
 どういう反応だ。
 あ、もしかして。

「ケンショーあんた、もしかして、目、悪い?」
「ああ、悪い。ど近眼」

 へ、と呆れるのは今度は僕の番だった。
 そう言えば最初から、目つきが悪かった。
 見えていなかったのか。

「だったら眼鏡くらいかけろよ。コンタクトが必要じゃないの?」
「やなこった。俺昔っから、そうゆうの嫌いでさ」
「何で。物ははっきり見えた方がいいじゃないの」
「さあてどうかなあ」

 ごまかすようにひらっと言うと、彼はポケットに手を突っ込んだ。

「それで、やっぱり駄目?」
「え?」
「ヴォーカルやって欲しいんだけど」
「やだ」
「こんなに頼んでも?」
「僕はそんな経験ないし、だいたい人前で歌うなんて恥ずかしいのはできないよ」
「あの時はあんなに楽しそうだったのに」
「あの時は!」

 酔ってたのだ。
 記憶に無い。
 そんな時のことを引き合いに出されても困る。

「楽しそうだったからさ、きっと歌うの好きだと思ったんだけど。気持ちよさそうでさ。聞いてて気持ちよかったんだけど」
「気持ちよかった?」

 そう、なんだろうか。
 僕は立ち止まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

初恋

春夏
BL
【完結しました】 貴大に一目惚れした将真。二人の出会いとその夜の出来事のお話です。Rには※つけます。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...