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2 オレンジジュースでなくてファジイネーブル

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「お前ねー…… もしかして、俺の名前、覚えてない?」
「悪いけど…… 誰?」
「ホントに悪いよ。……俺、ずーっとお前の後ろに居たじゃない」
「え」

 確か今日は、オリエンテーションの関係から、席が決まっていたはずだった。
 名字が亜鳥アトリという僕は一番前の一番右端だった。
 だいたいそうなのだ、この名字だと。
 ということは。

「……ということは、ア行の名前くん?」
「そういう言い方するかねえ」

 彼は苦笑いを返す。

「俺、アハネ」
「あはね? 珍しい名前だねえ」
「そうなんだよ! こっちでは絶対珍しいよな。だからついでにまずだいたい出席番号は一番で、目立てると思ったのによ。お前居るんだもん。ちょっとがっかりー」

 何なんだいったい。僕は目を大きくする。


「お待たせしました」

 と、そこへ低音が割って入った。
 オレンジジュース…… なんだろうな、を僕の前に置く。
 ありがとう、と僕は金髪の店員に返す。
 するとまたこの店員は妙な顔をして首を傾げた。
 何だろう一体。
 僕の顔に何かついているのだろうか。

「何? ああ、迫力あるよなー、やっぱりでかいし」

 何かに自分で納得しながらアハネはげらげらと笑う。
 人なつこい奴だよなあ、と僕は相変わらずぼんやりと思う。
 目の前のオレンジジュースに口をつけた。
 甘い。
 そのままちびちびと口にしていたら、アハネは勝手に喋りだした。

「何かすごい居づらそうじゃない、お前?」
「そんなことないよ」
「いーや、そんなことない。お前の顔にはとっとと早く帰りたい、って書いてある」
「え」

 無意識に僕は顔を触っていた。そしてすぐにからかわれたんだ、ということに気付く。

「あ、怒った?」
「怒ってなんか」
「だから顔に出るんだってば」

 そうなんだろうか。でも実際、僕が顔のことに敏感になっているのは事実だった。

「そんなに僕、顔に出るかなあ」
「……あ、……や、そうでもないよ。や、ああああ、そんな顔するなって」
「だから僕は」
「むきになるなってこと! 悪い悪い。俺ちょっと人の顔に敏感なんだ」
「人の顔に敏感?」
「俺、将来の名フォトグラファだもん。人物専門の」
「あ」

 僕はオレンジジュースのグラスを置く。

「思い出した。確か、自己紹介の時に、『やるなら編集。もう決めてる。写真集は出版だから』と言いきったひとだ、あんた」

 そうだった。
 そこまできっぱり言うか、と思っていたんだった。

「どうしてそういうことを覚えていて、後ろの席のことは覚えてないんだろうねえ」

 くっくっ、と彼は笑った。
 仕方ないだろ、と僕は再びオレンジジュースに口をつける。
 それにしてもずいぶんと口当たりのいいオレンジジュースだ。
 とろんと甘い。
 何かトロピカルフルーツでも混じってるのかもしれない。
 それに、何かもともとぼーっとしていた頭が、さらにぼーっとなってくるようだった。
 なのに、遠くの音楽だけが、妙に際だって聞こえてくる。これは。
 ……嫌な予感がする。

「……ちょっとアハネ、聞いてもいい?」
「何」
「このオレンジジュース、何か混ぜた?」
「オレンジジュース? ちょっと待て、お前そのつもりで呑んでたの?」
「へ?」
「それ、ファジィネーブルだぜ?」

 ……それを早く言ってくれ。
 何かすごく、やばい状態が来ているような気がする。
 曲が終わる。
 そして次の曲が掛かる。
 イントロが鳴る。

「……この曲、好き」

 のそ、っと僕は動き出していた。
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