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45 夏が終わるのが、僕は怖かった。
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春が過ぎて、夏が通り抜けて行った。
実家には相変わらず戻らず、ただ毎日を、バイトとバンドで過ごしていた。
バイト先の厨房では、フロアに出たらどうだ、というマネージャーの勧めをいつも丁重に断っている。
時給が100円上がると言われても、それはできない。
変わってるね、と彼は言った。
だけど厨房での就業態度は良かったし、休暇を取るにしても、ちゃんとあらかじめ日にちを指定して、急に休むということは滅多にないから、僕は結構重宝がられていた。
僕自身としても、白いお仕着せのばりっとした調理服を着て、教えられた手順を、きちんきちんとこなしていく「仕事」は結構気楽で、気に入っていた。
マニュアルには理屈もついてくる。
そういうのをきちんと説明できるのが、マネージャーらしい。
まあ正直言って、普段のバンド活動の反動もあった。
今でこそ、ステージであんなこともこんなこともやっても平気になっているし、メイクするのは当然だし、まず普通の昼ひなたには恥ずかしくて絶対着られないだろう衣装を身につけて大声張り上げてるんだから。
昼ひなたの「仕事」の時には、できるだけ地味に、じっとしていたい、という気持ちが沸いてくる。
埋もれていたい。
だけど何故そんなことを思ってしまうのかは、僕にも判らなかった。
ただ、バンドに一生懸命になればなるほど、こういう「仕事」の時間をどうしてもとっておきたい自分が居るのに気付いたのも確かだ。
ケンショーに聞いても、何でそんなこと考える訳? と一蹴されそうで、言えない。
奴だったら、「そんな仕事」など綺麗さっぱり辞めてしまって、音楽一筋で食えたらそれが一番で、万々歳なのだ。
だけど僕は、それでいいんだろうか、という気持ちがいつも心の底にあった。
バンドは大切だ。
確かにメジャーデビウできる程の、そんな人気も実力も欲しい、とは思う。
だけどその一方で、それでいいのんだろうか、と思う自分が…… 時間を追うごとに大きくなって来るのも確かなのだ。
夏が終わるのが、僕は怖かった。
暑い夏のうちは、そんなことを考えていても、部屋の中がうだる程に暑いから、それだけで僕は大丈夫だった。
人に構われるのもうざったく感じる程、この夏は暑かった。
だけど、夏が終わる。
*
あれ?
ぽろん、とピアノの音がしたので、僕は引き寄せられるように、店の中に入っていった。
小雨の降る九月のある日、僕はケンショーと、ASID-JAMに来ていた。ここのところ、夏の他の行きつけのライヴハウスのイベントの出演とかでご無沙汰していたから、秋からのスケジュールを組む関係だった。
やることは色々あった。
単純に練習もあったし、曲出しもあった。
僕は、と言えば、ケンショーが部屋の中でぽろぽろと作る曲に、ふらふらと歌詞をつけることが多くなった。
言葉をつけていくという作業は、僕にとっては決して簡単なものじゃなかったけれど、何となく、パズルみたいな感覚もあって、面白い。
今までやったことの無い作業だっただけに、面白さを見つけてしまうと、ついはまりこんでしまう。
そしてそのはめ込んだ言葉を、奴がぽろぽろと弾くギターに合わせて、メロディらしくしていく。
何となく、ああ音楽を作ってるんだなあ、という気にはなる。
「おーいケンショー、ちょっと」
はいよっ、と奴は元気良く答えて、事務所の方へと消えていった。
実家には相変わらず戻らず、ただ毎日を、バイトとバンドで過ごしていた。
バイト先の厨房では、フロアに出たらどうだ、というマネージャーの勧めをいつも丁重に断っている。
時給が100円上がると言われても、それはできない。
変わってるね、と彼は言った。
だけど厨房での就業態度は良かったし、休暇を取るにしても、ちゃんとあらかじめ日にちを指定して、急に休むということは滅多にないから、僕は結構重宝がられていた。
僕自身としても、白いお仕着せのばりっとした調理服を着て、教えられた手順を、きちんきちんとこなしていく「仕事」は結構気楽で、気に入っていた。
マニュアルには理屈もついてくる。
そういうのをきちんと説明できるのが、マネージャーらしい。
まあ正直言って、普段のバンド活動の反動もあった。
今でこそ、ステージであんなこともこんなこともやっても平気になっているし、メイクするのは当然だし、まず普通の昼ひなたには恥ずかしくて絶対着られないだろう衣装を身につけて大声張り上げてるんだから。
昼ひなたの「仕事」の時には、できるだけ地味に、じっとしていたい、という気持ちが沸いてくる。
埋もれていたい。
だけど何故そんなことを思ってしまうのかは、僕にも判らなかった。
ただ、バンドに一生懸命になればなるほど、こういう「仕事」の時間をどうしてもとっておきたい自分が居るのに気付いたのも確かだ。
ケンショーに聞いても、何でそんなこと考える訳? と一蹴されそうで、言えない。
奴だったら、「そんな仕事」など綺麗さっぱり辞めてしまって、音楽一筋で食えたらそれが一番で、万々歳なのだ。
だけど僕は、それでいいんだろうか、という気持ちがいつも心の底にあった。
バンドは大切だ。
確かにメジャーデビウできる程の、そんな人気も実力も欲しい、とは思う。
だけどその一方で、それでいいのんだろうか、と思う自分が…… 時間を追うごとに大きくなって来るのも確かなのだ。
夏が終わるのが、僕は怖かった。
暑い夏のうちは、そんなことを考えていても、部屋の中がうだる程に暑いから、それだけで僕は大丈夫だった。
人に構われるのもうざったく感じる程、この夏は暑かった。
だけど、夏が終わる。
*
あれ?
ぽろん、とピアノの音がしたので、僕は引き寄せられるように、店の中に入っていった。
小雨の降る九月のある日、僕はケンショーと、ASID-JAMに来ていた。ここのところ、夏の他の行きつけのライヴハウスのイベントの出演とかでご無沙汰していたから、秋からのスケジュールを組む関係だった。
やることは色々あった。
単純に練習もあったし、曲出しもあった。
僕は、と言えば、ケンショーが部屋の中でぽろぽろと作る曲に、ふらふらと歌詞をつけることが多くなった。
言葉をつけていくという作業は、僕にとっては決して簡単なものじゃなかったけれど、何となく、パズルみたいな感覚もあって、面白い。
今までやったことの無い作業だっただけに、面白さを見つけてしまうと、ついはまりこんでしまう。
そしてそのはめ込んだ言葉を、奴がぽろぽろと弾くギターに合わせて、メロディらしくしていく。
何となく、ああ音楽を作ってるんだなあ、という気にはなる。
「おーいケンショー、ちょっと」
はいよっ、と奴は元気良く答えて、事務所の方へと消えていった。
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