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10 とりあえず去った男
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「ま、いいさ。そんな、最初からあっさりやるなんて言われたら、その方が不気味だもんなー」
「いきなり抱きつくあんたの方がよっぽど不気味だとは思わないの? ストーカーじゃないんだから!」
ノゾエさんは悪意を込めて訊ねた。
「別に」
男はあっさりと言う。
僕はため息をついた。
「そこで、だ。あとりめぐみ、これをあげよう」
男は上着のポケットから何かを取り出した。
「テープ?」
しかも、何かいまいち趣味のよろしくないインデックスが入っている。
黒地はいいけど、この飾り罫、装飾字体はよせ、って感じだ。
ちょっと引きたくなる。
「これ、あんたのバンドの?」
「そ。俺のバンド。あとりめぐみ、ちょっと聞いてみてくんない? そのくらいはしてみてくれないかなあ?」
「わざわざ作ったの? 物好き……」
「や、これは配布テープって奴。客に配った奴の一つが、俺のウチにもあったから。結構いい感じで録れた奴だからさ、ね、一度聞いてみてくれね?」
僕は黙って、そのテープのケースを表に返し裏に返す。タイトルが書かれ、その下に、……バンド名かな、これが。
「……り……? 何って読むの? ……RINGER」
「カタカナ的に読むと、リンガー。鐘鳴らし」
「鐘鳴らし?」
「んじゃ、考えておいてくれよ!」
金髪男はさっと手を出すと、僕を一度ぎゅっ、と抱きしめ。
……今度はノゾエさんがどうこう言う前に、玄関から走り出て行った。
さすがに今度は腰を抜かすようなことは無かったけれど……
硬直していたのは、言うまでもない。
「……災難だね…… アトリ君」
全くだ、と僕は思った。
*
ぱちん、と部屋の灯りをつける。
小さな部屋。
四畳半とまではいかないけれど、六畳一間の部屋の隅に台所がついた1K。
地方から出てきた一人暮らしの学生としてはまあ上等。
決して建物は新しくはないけど、台所も、小さいながらも風呂もついてはいるし。
でもまだ、がらんとした部屋だ。
何があるという訳でもない。
引っ越してきた時のそう多くもない荷物が、部屋の隅の段ボールの中に大半入っている。
服も、画材も。
電化製品も、まだほとんどない。
部屋の真ん中にある蛍光灯の照明も、二口コンロのガスレンジも、置き忘れられた様にここにあった。
冷蔵庫は早く欲しい。
仕送りはたくさんは期待できない。
バイトはするつもりだけど、結構な費用が課題の制作費とかに消えるだろうし。
自炊もしなくちゃ。
親が出してくれたのは、学費と、部屋代くらいなもの。
後は自分で稼がなくてはならない。
食費すら。
部屋代って言ったって、僕の地元の倍くらいするのだから、それは仕方ない。
この部屋を今借りる分で、地元だったらあと一つ部屋が増やせて、おまけにキッチンが別になるって聞いた。
東京に出ていくというなら、それしかしてやれない、と僕は言われた。
それで充分だ。
充分すぎると思う。
だからバイトもすぐにでも捜さなくてはならないのだけど。
はじめは反対された。
でも押し切った。
こんなのは、生まれて初めてだった。
でも何でそこまで強情張ったのかは、僕にも判らない。
だって、一応僕の育った県にもデザイン系の学校はある。
家から通える距離に、結構な数の学校がある。
「いきなり抱きつくあんたの方がよっぽど不気味だとは思わないの? ストーカーじゃないんだから!」
ノゾエさんは悪意を込めて訊ねた。
「別に」
男はあっさりと言う。
僕はため息をついた。
「そこで、だ。あとりめぐみ、これをあげよう」
男は上着のポケットから何かを取り出した。
「テープ?」
しかも、何かいまいち趣味のよろしくないインデックスが入っている。
黒地はいいけど、この飾り罫、装飾字体はよせ、って感じだ。
ちょっと引きたくなる。
「これ、あんたのバンドの?」
「そ。俺のバンド。あとりめぐみ、ちょっと聞いてみてくんない? そのくらいはしてみてくれないかなあ?」
「わざわざ作ったの? 物好き……」
「や、これは配布テープって奴。客に配った奴の一つが、俺のウチにもあったから。結構いい感じで録れた奴だからさ、ね、一度聞いてみてくれね?」
僕は黙って、そのテープのケースを表に返し裏に返す。タイトルが書かれ、その下に、……バンド名かな、これが。
「……り……? 何って読むの? ……RINGER」
「カタカナ的に読むと、リンガー。鐘鳴らし」
「鐘鳴らし?」
「んじゃ、考えておいてくれよ!」
金髪男はさっと手を出すと、僕を一度ぎゅっ、と抱きしめ。
……今度はノゾエさんがどうこう言う前に、玄関から走り出て行った。
さすがに今度は腰を抜かすようなことは無かったけれど……
硬直していたのは、言うまでもない。
「……災難だね…… アトリ君」
全くだ、と僕は思った。
*
ぱちん、と部屋の灯りをつける。
小さな部屋。
四畳半とまではいかないけれど、六畳一間の部屋の隅に台所がついた1K。
地方から出てきた一人暮らしの学生としてはまあ上等。
決して建物は新しくはないけど、台所も、小さいながらも風呂もついてはいるし。
でもまだ、がらんとした部屋だ。
何があるという訳でもない。
引っ越してきた時のそう多くもない荷物が、部屋の隅の段ボールの中に大半入っている。
服も、画材も。
電化製品も、まだほとんどない。
部屋の真ん中にある蛍光灯の照明も、二口コンロのガスレンジも、置き忘れられた様にここにあった。
冷蔵庫は早く欲しい。
仕送りはたくさんは期待できない。
バイトはするつもりだけど、結構な費用が課題の制作費とかに消えるだろうし。
自炊もしなくちゃ。
親が出してくれたのは、学費と、部屋代くらいなもの。
後は自分で稼がなくてはならない。
食費すら。
部屋代って言ったって、僕の地元の倍くらいするのだから、それは仕方ない。
この部屋を今借りる分で、地元だったらあと一つ部屋が増やせて、おまけにキッチンが別になるって聞いた。
東京に出ていくというなら、それしかしてやれない、と僕は言われた。
それで充分だ。
充分すぎると思う。
だからバイトもすぐにでも捜さなくてはならないのだけど。
はじめは反対された。
でも押し切った。
こんなのは、生まれて初めてだった。
でも何でそこまで強情張ったのかは、僕にも判らない。
だって、一応僕の育った県にもデザイン系の学校はある。
家から通える距離に、結構な数の学校がある。
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