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十日目の発車準備中の一等車両にて
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「……お前…… 言わせておけば」
「幾らだって言えるわ」
ばん、と男が立ち上がり、格子の前に顔を近づける。
手を出そうとするが、それほど格子の間は広くはない。
「ガキの頃のことをいつまでもちまちまちまちまと……」
「別に。それだけじゃないでしょう。私はあいにく貴方よりずっとずっとましな記憶力をしているというだけよ。いえ私のことだけじゃないわ。貴方がどれだけ学校時代、女の子に言い寄ってはふられていたとか、学校時代弱そうな下級生に酷いことをしていたとか、ちゃんとその相手からの証言もとってありますからね」
「けっ…… そんなこと、答えるかよ、学校の時のそういうことってのは恥だから、誰も言いはしないんだ」
「だから貴方は馬鹿だって言うのよ。それだけ貴方のことが憎いってことでしょう? 貴方へ少しでも復讐できるんだったら、自分の恥くらいどうでもいい、っていうひとがそれだけ貴方には居るってことじゃあないの。それも判らないなんて、考え無しもいいところだわ。ああ他にも、貴方に孕まされたのに子供を堕ろす薬を飲まされて、身体を壊して若くして亡くなった娘のことで恨みを持っている両親とか、それに、何より貴方、あの工場の宿舎の焼き討ちをした時、技術工員の奥さんを強姦した後その場に捨てたでしょう。あの時生き残ったけど、結構な怪我をした我が社の頭脳の一人は、その後妊娠中だった妻が首を吊ったのは誰のせいだ、見つけたら殺してやる、って息巻いていたわね」
「……クズだわ」
私の口からもさすがにぽろっとそんな言葉が漏れた。
「何言ってんだ黄色い小娘が!」
「その小娘にどれだけの輩が倒されたのやら」
つん、とアイリーンは周囲をみやる。
「と言うか、貴方が直接こっちに居るとは思ってなかったから私もびっくりしたんですがねえ兄さん。ああメイリンありがとう。おかげで、じっくりしっぽり、これまでずっと言いたかったことを言い続けることができるわ。でもまあ私の口が疲れるから、今日はここまでにしておきましょうか。でも一つだけ、これは言っておきたいわ。あんた達を絶対に許さない。私の誰よりも大切な夫を殺したあんた等を、根こそぎ潰すのが私の望み」
「実の兄に何だ!」
「実の兄だあ? そういうのは、妹が親に殴られていたらかばってくれる優しい兄の言う台詞でしょうに! 一緒になって嘲笑ってたあんたはただの、同じ親から生まれたってだけの男に過ぎないわよ! いえ同じ親、あの親から生まれたってことすら考えたくないわ! あんた等は私にこう言ったわね。あんなでかい家に住むには少なすぎるから住んでやるって。だから私はあそこを私の会社の社員のものにしたのよ。あんた達に住まれるくらいなら、会社のものにいた方がよっぽど! よっぽど世のため人のためだわ」
あっはっはっはははははは、とアイリーンは思いきり天井を見上げ、声を立てて笑った。
そこでワイン箱からふらつき落ちそうになったので、私は慌てて支える。
「……もういい」
「何を止めるの。こういう時こそ言えるチャンスじゃないの」
「お願い、明日がまたあるでしょう、今日は今から、私達とお茶をしましょう」
背中を押さえていると、彼女の鼓動が激しく伝わってきた。
興奮しすぎだ。
コルセットで締め付けた服でこんなに興奮するのは良く無い。
呼吸困難になる前に、と私は彼女を箱の上から下ろし、一等車両の方へとうながした。
「アイリーン! てめぇなんぞ作らにゃよかったってこの間お袋が言ってたぞ!」
「……貴方一応伯爵令息なんでしょう?」
私は低い声で問いかけた。
「下卑たひとですね」
ぺっ、と唾を吐く音が背後でしたが、私達はもう振り向かなかった。
「幾らだって言えるわ」
ばん、と男が立ち上がり、格子の前に顔を近づける。
手を出そうとするが、それほど格子の間は広くはない。
「ガキの頃のことをいつまでもちまちまちまちまと……」
「別に。それだけじゃないでしょう。私はあいにく貴方よりずっとずっとましな記憶力をしているというだけよ。いえ私のことだけじゃないわ。貴方がどれだけ学校時代、女の子に言い寄ってはふられていたとか、学校時代弱そうな下級生に酷いことをしていたとか、ちゃんとその相手からの証言もとってありますからね」
「けっ…… そんなこと、答えるかよ、学校の時のそういうことってのは恥だから、誰も言いはしないんだ」
「だから貴方は馬鹿だって言うのよ。それだけ貴方のことが憎いってことでしょう? 貴方へ少しでも復讐できるんだったら、自分の恥くらいどうでもいい、っていうひとがそれだけ貴方には居るってことじゃあないの。それも判らないなんて、考え無しもいいところだわ。ああ他にも、貴方に孕まされたのに子供を堕ろす薬を飲まされて、身体を壊して若くして亡くなった娘のことで恨みを持っている両親とか、それに、何より貴方、あの工場の宿舎の焼き討ちをした時、技術工員の奥さんを強姦した後その場に捨てたでしょう。あの時生き残ったけど、結構な怪我をした我が社の頭脳の一人は、その後妊娠中だった妻が首を吊ったのは誰のせいだ、見つけたら殺してやる、って息巻いていたわね」
「……クズだわ」
私の口からもさすがにぽろっとそんな言葉が漏れた。
「何言ってんだ黄色い小娘が!」
「その小娘にどれだけの輩が倒されたのやら」
つん、とアイリーンは周囲をみやる。
「と言うか、貴方が直接こっちに居るとは思ってなかったから私もびっくりしたんですがねえ兄さん。ああメイリンありがとう。おかげで、じっくりしっぽり、これまでずっと言いたかったことを言い続けることができるわ。でもまあ私の口が疲れるから、今日はここまでにしておきましょうか。でも一つだけ、これは言っておきたいわ。あんた達を絶対に許さない。私の誰よりも大切な夫を殺したあんた等を、根こそぎ潰すのが私の望み」
「実の兄に何だ!」
「実の兄だあ? そういうのは、妹が親に殴られていたらかばってくれる優しい兄の言う台詞でしょうに! 一緒になって嘲笑ってたあんたはただの、同じ親から生まれたってだけの男に過ぎないわよ! いえ同じ親、あの親から生まれたってことすら考えたくないわ! あんた等は私にこう言ったわね。あんなでかい家に住むには少なすぎるから住んでやるって。だから私はあそこを私の会社の社員のものにしたのよ。あんた達に住まれるくらいなら、会社のものにいた方がよっぽど! よっぽど世のため人のためだわ」
あっはっはっはははははは、とアイリーンは思いきり天井を見上げ、声を立てて笑った。
そこでワイン箱からふらつき落ちそうになったので、私は慌てて支える。
「……もういい」
「何を止めるの。こういう時こそ言えるチャンスじゃないの」
「お願い、明日がまたあるでしょう、今日は今から、私達とお茶をしましょう」
背中を押さえていると、彼女の鼓動が激しく伝わってきた。
興奮しすぎだ。
コルセットで締め付けた服でこんなに興奮するのは良く無い。
呼吸困難になる前に、と私は彼女を箱の上から下ろし、一等車両の方へとうながした。
「アイリーン! てめぇなんぞ作らにゃよかったってこの間お袋が言ってたぞ!」
「……貴方一応伯爵令息なんでしょう?」
私は低い声で問いかけた。
「下卑たひとですね」
ぺっ、と唾を吐く音が背後でしたが、私達はもう振り向かなかった。
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