45 / 47
十日目の発車準備中の一等車両にて
4
しおりを挟む
何処に行ったのだろう、と一等車両の中をうろうろとする。
「何だい、誰かに用事かい?」
と、この奪還道中ですっかり馴染みとなったオリガが個室の扉を開けて聞いてきた。
「アイリーンにお菓子を一緒に食べたいと思って……」
「アイリーンさんだったら、特等の方に向かってったよ」
ひょい、と親指で彼女は車両間の扉を示した。
「ありがとう」
「いやいいけど。何か用かねえ」
どうかしら、と私はオリガに答えてそのまま連絡を渡った。
がたん、と戸を開けると、そこにはずらりと檻が並んでいた。
三十人がところを個別に詰め込んだ檻を、特等とは言え、一つの車両に並べるのだ。
一つあたりは決して大きくはない。
立ち上がれるだけまし、というところだろう。
いや、檻というよりは、箱に窓がついただけのものだ。
窓には格子がつき、大人の男が首から上だけしか見えない程度の。
その一つの前に、アイリーンは居た。
身長が少し足りないのか、ワイン箱の上に乗って、じっと黙って、中をのぞき込んでいる。
「アイリーン……」
「ああ、メイリン」
こっちにいらっしゃい、とばかりに彼女は手を振る。
私は糸で引かれる様にふらふらと彼女のもとに近づいていく。
その間も、急な人の気配に、私達があの場で対峙し、戦い、そして拘束した男達は、ぼそぼそと何やらつぶやいている。
「……やべえ、あん時の女だ」
「くそ、ちっこいのに、あんな……」
「女ってのはいいよな、スカート翻しゃ男の目は奪えるからな」
馬鹿か、と私はそんなつぶやきを耳にしながら思った。
スカートの下、ペチコートを翻せばそれに視線がつられるからそうする。
それだけのことだ。
そうでもしないと、腕力の強い男の隙をつくことはできないからそうするだけだ。
それはかつて居た場所においては、頭を覆う布だった。
かの地では「美しい場所を夫以外の男に見せてはいけない」のだ。
私は異教徒だったから平気だが、その行動を取られた側は、一瞬隙ができる。
そこを点くことの応用がペチコートだっただけのことだ。
悔しければその程度でぶれない神経を保つ様にすればいい。
そんな思いが、ついアイリーンの元に行く足を速めた。
「アイリーン……」
「私を探してくれたの?」
「ええ、向こうで買ったお菓子が美味しかったので……」
包みを出すと、彼女は一つ口に入れ、ぽり、と噛む。
「甘すぎないけど何か癖になるわね」
「でしょう? ところでどうしてここに」
「そうね。紹介するわ。私の兄よ」
思わず手から包みを落としそうになった。死守したが。
そしてがんがん、とアイリーンは檻の戸を叩いた。
「起きているのでしょう兄さん! 寝ている振りなどおよしなさい!」
天井の照明は半分しか中に届かない。格子からのぞく男の姿は、寝転んでいる様に見える。
「まあ寝ているならいいわ。でもまあ、それならこの列車が本国に到着するまで、私は毎日でも貴方に言い続けるわ。一体貴方は私が稼いだお金で行っていた上級の学校で何を学んできたの? こんな鉄の箱に押し込められ、そのうち到着すれば、警察に逮捕され収監され裁判を受け、そして刑に服すだけの人生のため? そのために私はわざわざ自分の行きたい学校も我慢して他人様の家で家庭教師をしてきたの? それだけじゃないわ、いつも貴方はそうだった。近所のひとの見ている前では私がおつりをごまかしたごめんなさい、と言いつつ、実際は自分が小銭をだまし取っていたのに、正直ぶることで、その何分かの一をもらっていたでしょ? しかもそれをあのひと達には言わなかったわね。新しい本が必要だから、ってあのひと達に金をせびった時、あのひと達は私の靴を見て『まだ履けるな』と言っていたわ。いい加減、かかとの方が破れていたのにね」
よく通る声で、一気に早口でまくし立てる彼女に、私はぞっとするものを覚えた。
「何だい、誰かに用事かい?」
と、この奪還道中ですっかり馴染みとなったオリガが個室の扉を開けて聞いてきた。
「アイリーンにお菓子を一緒に食べたいと思って……」
「アイリーンさんだったら、特等の方に向かってったよ」
ひょい、と親指で彼女は車両間の扉を示した。
「ありがとう」
「いやいいけど。何か用かねえ」
どうかしら、と私はオリガに答えてそのまま連絡を渡った。
がたん、と戸を開けると、そこにはずらりと檻が並んでいた。
三十人がところを個別に詰め込んだ檻を、特等とは言え、一つの車両に並べるのだ。
一つあたりは決して大きくはない。
立ち上がれるだけまし、というところだろう。
いや、檻というよりは、箱に窓がついただけのものだ。
窓には格子がつき、大人の男が首から上だけしか見えない程度の。
その一つの前に、アイリーンは居た。
身長が少し足りないのか、ワイン箱の上に乗って、じっと黙って、中をのぞき込んでいる。
「アイリーン……」
「ああ、メイリン」
こっちにいらっしゃい、とばかりに彼女は手を振る。
私は糸で引かれる様にふらふらと彼女のもとに近づいていく。
その間も、急な人の気配に、私達があの場で対峙し、戦い、そして拘束した男達は、ぼそぼそと何やらつぶやいている。
「……やべえ、あん時の女だ」
「くそ、ちっこいのに、あんな……」
「女ってのはいいよな、スカート翻しゃ男の目は奪えるからな」
馬鹿か、と私はそんなつぶやきを耳にしながら思った。
スカートの下、ペチコートを翻せばそれに視線がつられるからそうする。
それだけのことだ。
そうでもしないと、腕力の強い男の隙をつくことはできないからそうするだけだ。
それはかつて居た場所においては、頭を覆う布だった。
かの地では「美しい場所を夫以外の男に見せてはいけない」のだ。
私は異教徒だったから平気だが、その行動を取られた側は、一瞬隙ができる。
そこを点くことの応用がペチコートだっただけのことだ。
悔しければその程度でぶれない神経を保つ様にすればいい。
そんな思いが、ついアイリーンの元に行く足を速めた。
「アイリーン……」
「私を探してくれたの?」
「ええ、向こうで買ったお菓子が美味しかったので……」
包みを出すと、彼女は一つ口に入れ、ぽり、と噛む。
「甘すぎないけど何か癖になるわね」
「でしょう? ところでどうしてここに」
「そうね。紹介するわ。私の兄よ」
思わず手から包みを落としそうになった。死守したが。
そしてがんがん、とアイリーンは檻の戸を叩いた。
「起きているのでしょう兄さん! 寝ている振りなどおよしなさい!」
天井の照明は半分しか中に届かない。格子からのぞく男の姿は、寝転んでいる様に見える。
「まあ寝ているならいいわ。でもまあ、それならこの列車が本国に到着するまで、私は毎日でも貴方に言い続けるわ。一体貴方は私が稼いだお金で行っていた上級の学校で何を学んできたの? こんな鉄の箱に押し込められ、そのうち到着すれば、警察に逮捕され収監され裁判を受け、そして刑に服すだけの人生のため? そのために私はわざわざ自分の行きたい学校も我慢して他人様の家で家庭教師をしてきたの? それだけじゃないわ、いつも貴方はそうだった。近所のひとの見ている前では私がおつりをごまかしたごめんなさい、と言いつつ、実際は自分が小銭をだまし取っていたのに、正直ぶることで、その何分かの一をもらっていたでしょ? しかもそれをあのひと達には言わなかったわね。新しい本が必要だから、ってあのひと達に金をせびった時、あのひと達は私の靴を見て『まだ履けるな』と言っていたわ。いい加減、かかとの方が破れていたのにね」
よく通る声で、一気に早口でまくし立てる彼女に、私はぞっとするものを覚えた。
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。


あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる