44 / 47
十日目の発車準備中の一等車両にて
3
しおりを挟む
「そんな、トップがひたすら外遊なんて、大丈夫なんですか?」
「だから、彼等を連れて行くわ」
アイリーンは現在同じ車両に居る彼等のことを示唆する。
「No.2が居ない均衡状態で、会社の方は切磋琢磨すればいい。私はただもう、お義母様とのんびり世界中の様々なものを見ていきたいの」
そしてその都度、有能な人材が居れば会社に送り込むのもいい、世界情勢をその目で肌で確かめるもいい、と。
「国に居ると、いつまでも私もお義母様も、辛いことばかり思い出してしまうの。だから、できればお義母様は良いところに静養させたい、と思っていたんだけど、そのためにはまず悪い虫を退治しておかなくてはならなかったし。だからまあ、一石二鳥というところかしら……」
一石二鳥? それどころではないだろう、と私達は彼女の笑みにややぞっとするものを覚えた。
*
列車はその晩帰路についた。
私達は一等と二等の間にあるキッチンで食事をボックスに分けてもらい、久しぶりの夫婦水入らずの時間を過ごすことができた。
それでもまだ全てが解決している訳ではないので、食堂車に行くこと、酒が入ることは控え、個室でお茶と軽食となった。
とは言え、軽食にしては、サンドイッチに何故こんなぶ厚いカツレツが挟まれているのか謎だった。
更に千切りのキャツまで挟まっているとは。
「でも美味いよな」
「あつあつのポーク? のカットレットにしては、衣が薄いし、肉は厚いし、そもそも肉に豚を使ってるのが珍しいし、何か油も違う気がするけど、これとウースターソースの組み合わせが凄くいいわ」
うーん、と夫は首を傾げる。
「何かこれと似たものを赴任先で食べたことがあるんだけど」
「そうなの?」
「まあどういう料理かは今一つ違うんだけど、向こうはたっぷりの油を使うんだ。何ごとにもな。だからその製法を取り入れた…… こともあるのかな?」
「よく判りませんが、美味しいですね」
「ああ全くだ。きっとここの食堂車の料理人は腕がいいに違いない。もし何かしらデザートがあるなら、それも届けてもらおうか」
「あ、私道中で買ったものがあります」
幌馬車移動の際に、それでもほんの少しの隙と休憩はある。
例えば厠。
さすがにそればかりは一斉に時間を取っているしかなかった。
その際、私はその場所近くにあった露天で揚げ菓子があったので、それを購入しておいたのだ。
「固めで結構保ちそうだと思いましたから」
「材料は小麦粉かな」
「食べた感じではそうですね。ケーキの材料よりはもっと噛み応えがありましたが」
ねじった形のそれを二人してお茶とともにぽりぽりとかじる。
やがてどちらともなくぷっ、と笑いがこぼれた。
「何か、お前が国にやってきたばかりの頃を思い出すな」
「そうですか?」
「屋台や小店で買える様な菓子が好きで、よくぽりぽりやっていたじゃないか」
「ああ…… 何となくこの歯応えが好きで。だからそうですね、貴方に連れて行っていただいたお茶会では、貴女は本当にクッキーばかり、と言われましたわ。でも本当は、もっと固めのものが好きなんですけど」
「……海を越えた国では塩味のセンベイというものがあるらしいな」
「塩味ですか? それも菓子なのですか?」
「これは向こうに行ったことがある同僚の話だから、俺も直接見た訳ではないが。甘いのに辛い。辛いのに甘い、何かやみつきになる味だ、と言っていた」
「それは面白そうですね」
「おい、そう言って昔の様に色々訳の判らないものは作らないでくれよ、あくまで食える範囲で」
「食べ物は粗末には致しませんわ。貴方が無理そうなものなら自分で……」
ああそうか。
アイリーンが世界を回ってくる、と言った理由が何となく判る気がする。
私は自分の意思でなしに、あちこち回ったくちだが、ずっと一つの国に居た彼女は、そういう様々なものを自分で体験してみたいのかもしれない、と。
「アイリーンにも少しお分けしようと思うの」
そう言って私は隣の個室に向かったが――彼女はいなかった。
「だから、彼等を連れて行くわ」
アイリーンは現在同じ車両に居る彼等のことを示唆する。
「No.2が居ない均衡状態で、会社の方は切磋琢磨すればいい。私はただもう、お義母様とのんびり世界中の様々なものを見ていきたいの」
そしてその都度、有能な人材が居れば会社に送り込むのもいい、世界情勢をその目で肌で確かめるもいい、と。
「国に居ると、いつまでも私もお義母様も、辛いことばかり思い出してしまうの。だから、できればお義母様は良いところに静養させたい、と思っていたんだけど、そのためにはまず悪い虫を退治しておかなくてはならなかったし。だからまあ、一石二鳥というところかしら……」
一石二鳥? それどころではないだろう、と私達は彼女の笑みにややぞっとするものを覚えた。
*
列車はその晩帰路についた。
私達は一等と二等の間にあるキッチンで食事をボックスに分けてもらい、久しぶりの夫婦水入らずの時間を過ごすことができた。
それでもまだ全てが解決している訳ではないので、食堂車に行くこと、酒が入ることは控え、個室でお茶と軽食となった。
とは言え、軽食にしては、サンドイッチに何故こんなぶ厚いカツレツが挟まれているのか謎だった。
更に千切りのキャツまで挟まっているとは。
「でも美味いよな」
「あつあつのポーク? のカットレットにしては、衣が薄いし、肉は厚いし、そもそも肉に豚を使ってるのが珍しいし、何か油も違う気がするけど、これとウースターソースの組み合わせが凄くいいわ」
うーん、と夫は首を傾げる。
「何かこれと似たものを赴任先で食べたことがあるんだけど」
「そうなの?」
「まあどういう料理かは今一つ違うんだけど、向こうはたっぷりの油を使うんだ。何ごとにもな。だからその製法を取り入れた…… こともあるのかな?」
「よく判りませんが、美味しいですね」
「ああ全くだ。きっとここの食堂車の料理人は腕がいいに違いない。もし何かしらデザートがあるなら、それも届けてもらおうか」
「あ、私道中で買ったものがあります」
幌馬車移動の際に、それでもほんの少しの隙と休憩はある。
例えば厠。
さすがにそればかりは一斉に時間を取っているしかなかった。
その際、私はその場所近くにあった露天で揚げ菓子があったので、それを購入しておいたのだ。
「固めで結構保ちそうだと思いましたから」
「材料は小麦粉かな」
「食べた感じではそうですね。ケーキの材料よりはもっと噛み応えがありましたが」
ねじった形のそれを二人してお茶とともにぽりぽりとかじる。
やがてどちらともなくぷっ、と笑いがこぼれた。
「何か、お前が国にやってきたばかりの頃を思い出すな」
「そうですか?」
「屋台や小店で買える様な菓子が好きで、よくぽりぽりやっていたじゃないか」
「ああ…… 何となくこの歯応えが好きで。だからそうですね、貴方に連れて行っていただいたお茶会では、貴女は本当にクッキーばかり、と言われましたわ。でも本当は、もっと固めのものが好きなんですけど」
「……海を越えた国では塩味のセンベイというものがあるらしいな」
「塩味ですか? それも菓子なのですか?」
「これは向こうに行ったことがある同僚の話だから、俺も直接見た訳ではないが。甘いのに辛い。辛いのに甘い、何かやみつきになる味だ、と言っていた」
「それは面白そうですね」
「おい、そう言って昔の様に色々訳の判らないものは作らないでくれよ、あくまで食える範囲で」
「食べ物は粗末には致しませんわ。貴方が無理そうなものなら自分で……」
ああそうか。
アイリーンが世界を回ってくる、と言った理由が何となく判る気がする。
私は自分の意思でなしに、あちこち回ったくちだが、ずっと一つの国に居た彼女は、そういう様々なものを自分で体験してみたいのかもしれない、と。
「アイリーンにも少しお分けしようと思うの」
そう言って私は隣の個室に向かったが――彼女はいなかった。
0
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。
結婚だってそうだった。
良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。
夫の9番目の妻だと知るまでは――
「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」
嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。
※最後はさくっと終わっております。
※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる