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十日目の発車準備中の一等車両にて
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「何を言うんだメイリン!」
「そうよ、せっかく取り戻した旦那様の前で……」
「でも、そもそも私が暗殺者の出でなかったなら、このひとは利用されることはなかったんです」
「違う、お前がただの国の女であったとしても、何かしらお前を使おうとしたと思うぞ」
「ええ。その場合は、暗殺の方法が貴女の様に技術的なものでなく、義弟が使った様な爆発物を持たせられること、その程度の違いだったと思うわ」
そしてその場合、この列車自体に大きな被害が及ぶこと。
線路自体にも被害が起きて、しばらくはこの鉄道の運行自体に支障を起こしたはず。
アイリーンはそう説明した。
「貴女が手練れだったこそ、そんな手を使わずとも済んだ、私はそう思うわ」
「そうだ。……ああいあ過激派こそ、素人を道具のように扱う。お前は素人じゃないと知った時に、きっとどう使ったものか逆に悩んだんじゃないか」
それより、と彼は続けた。
「何より、子供達をどうするつもりだ…… 俺はお前とあの子達のために一生懸命働いているんだ、なかなか帰れなくて申し訳なかったが、そのうち国内勤務になったらあれをしてやろうこれをしてやろう、と夢見ていたんだぞ」
そう言って彼は私の手をがっちり握った。
私は黙ってうなづいた。
アイリーンはほっとした様にふう、と息を吐く。
そして脇に置いていた鞄から、幾つかの封筒を取り出し、サイドテーブルに置いた。
「何ですか?」
現在私達が居るのは一等車両の個室だった。
アイリーンは一人、書類等と共に籠もり、私は夫と共に一つの部屋に入れてもらっている。
現在の会話はこの私達の個室でのものだ。
「貴女方が出撃したのが、発車して五日目の停車駅。そして今日で十日目ね。で、その間に、私の方でも色々進展があったので、その報告」
そう言って一つずつ封筒を開く。
「六日目から、到着する七日目の間に、貴女方実働隊が出た、ということを電信で逐一あちらこちらに連絡しておいたの。無論本国へもね」
本国。
つまりアイリーンの会社であり、彼の属する外務省、それに軍といったところか。
「実働隊が大使を保護、資料を入手、過激派を捕縛、という情報が入った時、本国の警察と軍情報部が両方、私の実家に捜査令状を持って乗り込んだわ」
「伯爵家に」
「全員が全員、居た訳ではないけど、その時居た私の両親は確保。そしてその場に居なかった兄は――場所は判っているわ。そしてあとは親戚筋」
にこやかに話すが、これは彼女の実家の話なのだ。
「過激派を唆した親戚筋は、当人はこっちに来ていたらしいので、家族全体を捕縛。過激派は基本的に国家転覆罪だから、周囲もことごとく一通り捕まえる訳よ」
彼女の見せる紙には、電信で来ただろう文面の写しがあった。
『ご協力感謝する。なおご指摘のあった当人であると認められたなら、その筋から事情を吐き出させても当方は問題にしない』
「つまりこれは、今回取り押さえた檻の中の連中は、中で事情聴取しても構わない、ということですか? 発信元は」
「それは貴方がよくご存じでしょう、エドワーズ大使」
そうですね、と夫はうなづいた。
「私はあの中に見覚えのある顔もあったのて、後でちょっと尋問をしようかと思います。絶対に檻から出しませんけどね。その時には一緒に来ますか?」
来てね、と言わんがばかりの表情に、私は少々ぞっとした。
「ところで、そちらの会社の方は……」
話を少し逸らしたくなった。
アイリーンはこの騒動を機に、自分の実家関連を全て叩き潰したいと思っていたのだろう。
彼女にとっての「自分の家」は実家の伯爵家ではない。
自分をまるごと受け容れてくれた嫁ぎ先の男爵家なのだ。
だがその男爵家は、もう彼女と義母しか居ない。
「会社の総代表の座は義母にあります。彼女を頂点として、義父・義母親族の中から信用できる、有能な人材を同等に任命しておいたの。そして義母に何か飛び抜けて行動を起こそうとしたら、周囲がそれを止める、相互監視体制を作ってね。で、義母と私は、この旅が終わったら、世界一周旅行に出ようと思っているのよ」
「「えっ」」
私と夫の声が揃った。
「そうよ、せっかく取り戻した旦那様の前で……」
「でも、そもそも私が暗殺者の出でなかったなら、このひとは利用されることはなかったんです」
「違う、お前がただの国の女であったとしても、何かしらお前を使おうとしたと思うぞ」
「ええ。その場合は、暗殺の方法が貴女の様に技術的なものでなく、義弟が使った様な爆発物を持たせられること、その程度の違いだったと思うわ」
そしてその場合、この列車自体に大きな被害が及ぶこと。
線路自体にも被害が起きて、しばらくはこの鉄道の運行自体に支障を起こしたはず。
アイリーンはそう説明した。
「貴女が手練れだったこそ、そんな手を使わずとも済んだ、私はそう思うわ」
「そうだ。……ああいあ過激派こそ、素人を道具のように扱う。お前は素人じゃないと知った時に、きっとどう使ったものか逆に悩んだんじゃないか」
それより、と彼は続けた。
「何より、子供達をどうするつもりだ…… 俺はお前とあの子達のために一生懸命働いているんだ、なかなか帰れなくて申し訳なかったが、そのうち国内勤務になったらあれをしてやろうこれをしてやろう、と夢見ていたんだぞ」
そう言って彼は私の手をがっちり握った。
私は黙ってうなづいた。
アイリーンはほっとした様にふう、と息を吐く。
そして脇に置いていた鞄から、幾つかの封筒を取り出し、サイドテーブルに置いた。
「何ですか?」
現在私達が居るのは一等車両の個室だった。
アイリーンは一人、書類等と共に籠もり、私は夫と共に一つの部屋に入れてもらっている。
現在の会話はこの私達の個室でのものだ。
「貴女方が出撃したのが、発車して五日目の停車駅。そして今日で十日目ね。で、その間に、私の方でも色々進展があったので、その報告」
そう言って一つずつ封筒を開く。
「六日目から、到着する七日目の間に、貴女方実働隊が出た、ということを電信で逐一あちらこちらに連絡しておいたの。無論本国へもね」
本国。
つまりアイリーンの会社であり、彼の属する外務省、それに軍といったところか。
「実働隊が大使を保護、資料を入手、過激派を捕縛、という情報が入った時、本国の警察と軍情報部が両方、私の実家に捜査令状を持って乗り込んだわ」
「伯爵家に」
「全員が全員、居た訳ではないけど、その時居た私の両親は確保。そしてその場に居なかった兄は――場所は判っているわ。そしてあとは親戚筋」
にこやかに話すが、これは彼女の実家の話なのだ。
「過激派を唆した親戚筋は、当人はこっちに来ていたらしいので、家族全体を捕縛。過激派は基本的に国家転覆罪だから、周囲もことごとく一通り捕まえる訳よ」
彼女の見せる紙には、電信で来ただろう文面の写しがあった。
『ご協力感謝する。なおご指摘のあった当人であると認められたなら、その筋から事情を吐き出させても当方は問題にしない』
「つまりこれは、今回取り押さえた檻の中の連中は、中で事情聴取しても構わない、ということですか? 発信元は」
「それは貴方がよくご存じでしょう、エドワーズ大使」
そうですね、と夫はうなづいた。
「私はあの中に見覚えのある顔もあったのて、後でちょっと尋問をしようかと思います。絶対に檻から出しませんけどね。その時には一緒に来ますか?」
来てね、と言わんがばかりの表情に、私は少々ぞっとした。
「ところで、そちらの会社の方は……」
話を少し逸らしたくなった。
アイリーンはこの騒動を機に、自分の実家関連を全て叩き潰したいと思っていたのだろう。
彼女にとっての「自分の家」は実家の伯爵家ではない。
自分をまるごと受け容れてくれた嫁ぎ先の男爵家なのだ。
だがその男爵家は、もう彼女と義母しか居ない。
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私と夫の声が揃った。
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