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四日目の特等車両にて
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「物騒なことじゃないわよ」
アイリーンは晴れ晴れとした顔を、オリガを含めたこの部隊に向ける。
「私としても、夫が彼等に殺されたりしなければ、ここまで追求しようとは思わなかったわ。だけど彼奴らはあのひとを、私の大切な、命より大切なあのひとをあんな場所で、酷い有様に、殺して、曝して、潰してしまった!」
笑顔で言うだけに怖い。
「うちの夫は馬車で轢かれた、と新聞にも出たでしょう? でもその時の様子は、写真に出ていなかったわね。撮っていた記者も居たのよ、でもあまりにも酷かったから載せられなかったの!」
新聞の記事に載っていたのは、あくまで馬車と、血の跡のついた路上と、そして実際に轢いてしまった御者といったものだけだ。
それだけでも一面を飾るには充分だったし、大変なことが起こったのは間違い無い、と皆思ったろう。
「私はその時のことを新聞社にも問い合わせた。人を使って証言を集めた。そうしたら、出てくる出てくる。まず彼はよろけた、という証言が多かったけど、その中の幾人からは、押された、という声もあったわ。中には押した輩の顔を見たひとも居た。だけど証言するにしても、まず聞きに来られなかった、って言うのよ」
「警察にはそのひとは」
「警察にできれば関係を持ちたくないって人々も多いわよね。特に普通に生活している人々の中には。うちとは関係ないから、と。そういうのが多いのを知っていたのよ。ただ命じた連中は、私がそこまで調べるとは思っていなかった様ね」
「奥さん、それで旦那さんはどんな風に?」
オルセンが問いかける。
するとアイリーンの顔が奇妙に歪んだ。
「まず跳ねられ、その後わざわざその身体を馬と車輪でわざわざ轢いていった、というのよ。わざわざ! 驚いて馬がどうこう、操作がどうこう、と警察に御者は言ったらしいけど、目撃者の多くは止める努力をしていなかった、と言ってたわ。轢き逃げしていく様にそのまま速度を上げるでもなく、わざわざ、踏み潰し、轢き潰してから、止まったようだ、とね」
「証言は別々にもらったんですよね」
リック・ロレンスは顎に手をやって考える。
「ええ。口裏が揃わない様に。裏で連絡を取っていないか、も調べさせたわ。その上での証言よ。あと、写真」
アイリーンは地図の上に写真を広げた。
「これは……」
惨憺たるものだった。
「……戦場で頭を撃たれた奴を思い出すぜ」
そう言ったのは、筋骨隆々の一人だった。
彼等は口々にそうだな、と言った。
遺体を見慣れている彼等はじっとそれを凝視する。
「警察から検視の後服が戻ってきたけど、なかなか私、それを処分することができなかったわ。だって、その時もう彼は埋葬されなくちゃならなかった。だけど彼の血や脳の一部や、そういったものがついた服を、私は手放すことができなかっった」
握りしめる手が、白い。
「それでも白々しく弔問とやらにやってきて、我が家に入るなり『いい家ねえ。これが今では全てあんたのものなんでしょう?』と母はほざいたわ。しかもこう言った。『あんたのものなんだから、私達も住まわせてくれない?』」とね。私はそこで完全に彼等に殺意を抱いたわ。徹底的に潰してやる、とね」
そうか。
今更の様に思う。
アイリーン一人のものになるのを、じりじりと連中は工作していたのだ。
「馬鹿じゃないの、と思ったわ。そんなことする訳ないじゃない。私は即刻家から出て、義母と共に別宅に移り住んだわ。そして即座にそこを社員の保養施設にした。その方がいいに決まってる! 無論それも彼等に火を点けた。ずっとあの家を狙っていたのよ。居心地の良い、私達のあの家を!」
そう言ってアイリーンは声を落とした。
「単に殺すのは簡単だわ。だけどそうじゃない。社会的にも、徹底的に制裁を受けさせた上で死刑にさせてやる、私はそう決意したの」
アイリーンは晴れ晴れとした顔を、オリガを含めたこの部隊に向ける。
「私としても、夫が彼等に殺されたりしなければ、ここまで追求しようとは思わなかったわ。だけど彼奴らはあのひとを、私の大切な、命より大切なあのひとをあんな場所で、酷い有様に、殺して、曝して、潰してしまった!」
笑顔で言うだけに怖い。
「うちの夫は馬車で轢かれた、と新聞にも出たでしょう? でもその時の様子は、写真に出ていなかったわね。撮っていた記者も居たのよ、でもあまりにも酷かったから載せられなかったの!」
新聞の記事に載っていたのは、あくまで馬車と、血の跡のついた路上と、そして実際に轢いてしまった御者といったものだけだ。
それだけでも一面を飾るには充分だったし、大変なことが起こったのは間違い無い、と皆思ったろう。
「私はその時のことを新聞社にも問い合わせた。人を使って証言を集めた。そうしたら、出てくる出てくる。まず彼はよろけた、という証言が多かったけど、その中の幾人からは、押された、という声もあったわ。中には押した輩の顔を見たひとも居た。だけど証言するにしても、まず聞きに来られなかった、って言うのよ」
「警察にはそのひとは」
「警察にできれば関係を持ちたくないって人々も多いわよね。特に普通に生活している人々の中には。うちとは関係ないから、と。そういうのが多いのを知っていたのよ。ただ命じた連中は、私がそこまで調べるとは思っていなかった様ね」
「奥さん、それで旦那さんはどんな風に?」
オルセンが問いかける。
するとアイリーンの顔が奇妙に歪んだ。
「まず跳ねられ、その後わざわざその身体を馬と車輪でわざわざ轢いていった、というのよ。わざわざ! 驚いて馬がどうこう、操作がどうこう、と警察に御者は言ったらしいけど、目撃者の多くは止める努力をしていなかった、と言ってたわ。轢き逃げしていく様にそのまま速度を上げるでもなく、わざわざ、踏み潰し、轢き潰してから、止まったようだ、とね」
「証言は別々にもらったんですよね」
リック・ロレンスは顎に手をやって考える。
「ええ。口裏が揃わない様に。裏で連絡を取っていないか、も調べさせたわ。その上での証言よ。あと、写真」
アイリーンは地図の上に写真を広げた。
「これは……」
惨憺たるものだった。
「……戦場で頭を撃たれた奴を思い出すぜ」
そう言ったのは、筋骨隆々の一人だった。
彼等は口々にそうだな、と言った。
遺体を見慣れている彼等はじっとそれを凝視する。
「警察から検視の後服が戻ってきたけど、なかなか私、それを処分することができなかったわ。だって、その時もう彼は埋葬されなくちゃならなかった。だけど彼の血や脳の一部や、そういったものがついた服を、私は手放すことができなかっった」
握りしめる手が、白い。
「それでも白々しく弔問とやらにやってきて、我が家に入るなり『いい家ねえ。これが今では全てあんたのものなんでしょう?』と母はほざいたわ。しかもこう言った。『あんたのものなんだから、私達も住まわせてくれない?』」とね。私はそこで完全に彼等に殺意を抱いたわ。徹底的に潰してやる、とね」
そうか。
今更の様に思う。
アイリーン一人のものになるのを、じりじりと連中は工作していたのだ。
「馬鹿じゃないの、と思ったわ。そんなことする訳ないじゃない。私は即刻家から出て、義母と共に別宅に移り住んだわ。そして即座にそこを社員の保養施設にした。その方がいいに決まってる! 無論それも彼等に火を点けた。ずっとあの家を狙っていたのよ。居心地の良い、私達のあの家を!」
そう言ってアイリーンは声を落とした。
「単に殺すのは簡単だわ。だけどそうじゃない。社会的にも、徹底的に制裁を受けさせた上で死刑にさせてやる、私はそう決意したの」
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