31 / 47
三日目の夜の個室にて
5
しおりを挟む
「それからというもの、私と夫はもう仕事にしゃかりきになったわ。夫は主に新規立ち上げ事業に関わっていたけど、それだけじゃあ済まなくて。そこで夫の側の親類縁者がまず群がってきたのよ」
「そちらの家族ではなく?」
「そこが私の実家の性根の腐っているところなのよ」
彼女は苦笑する。
いや、嘲っている様な顔にも見えた。
「自分達が即どうこうできるとは実際には思っていないのね。せいぜい、兄の仕事の口利きをしてやれ、とか、最近ちょっと身体の調子が悪いから金を用立てろ、とかそのレベルなのよ。で、私達は彼等にいちいち関わっている時間の余裕が無いから、とりあえず少しならいいか、と出してやってしまう訳。まずいとは思うわよ。ただ、正直関わるとまた私がずいぶん疲弊するのが判っていたからね。夫も出せる分は出しておけばいいさ、と言う訳。義母もまたいい人だから、姻戚になったひと達が困っているなら、と…… 特に、義母は義父が亡くなってから、すっかり気落ちしてしまって。そんなところに実家の母親が妙に親身な手紙とか出してくる訳よ。またこれが口が上手くてね!」
溜まっていたものを吐き出す様に、アイリーンは言う。
「それで、お義母様はそれに対しては?」
「そこが微妙だったのよ。金を引き出そうって相手に対しては口が上手いから。ただ、夫がその辺りはがん、と言ってくれていたのよ。向こうがどれだけ家族の付き合いをしよう、と言ってきても、今まで私に対してこんな仕打ちをしてきた、今も何かと援助をもらいたいという姿勢が丸見えだ、もしも断るのが自分では嫌だったら自分が言うから手紙を見せてくれ、とちゃんとね」
「……本当に、いい旦那様だったのね」
「ええ、本当に!」
絞り出す様な声になる。
「私ね、これと言って好きな男性のタイプとかって特に無かったのよ。メイリンはどう?」
「私ですか? そうですね、夫と好きな男性のタイプは確かに違うかもしれません。でも夫になってくれただけでも私にはありがたいと思います」
「そうね。ただそれで、メイリンの足枷になっていなければいいんだけど……」
「え?」
「いいえ、独り言」
何だろう?
足枷。
動きを限定するためのもの。
その意味では現在は確かに夫はそうかもしれない。
だけど、かと言って。
「むしろ今まで私の方が足枷だったと思うんですよ。あのひとには」
「そうかしら」
「そうですよ。だって私は東の国から売られてきた西の国の得体の知れない奴隷の様なものだった訳ですし」
「力になったこともあるんじゃない?」
「それは――」
全く無いとは言い切れない。
夫とて、目論見が全くのゼロだった訳ではない。
ただの親切で引き取るにはリスクが大きすぎる自分なのだから。
「そちらの家族ではなく?」
「そこが私の実家の性根の腐っているところなのよ」
彼女は苦笑する。
いや、嘲っている様な顔にも見えた。
「自分達が即どうこうできるとは実際には思っていないのね。せいぜい、兄の仕事の口利きをしてやれ、とか、最近ちょっと身体の調子が悪いから金を用立てろ、とかそのレベルなのよ。で、私達は彼等にいちいち関わっている時間の余裕が無いから、とりあえず少しならいいか、と出してやってしまう訳。まずいとは思うわよ。ただ、正直関わるとまた私がずいぶん疲弊するのが判っていたからね。夫も出せる分は出しておけばいいさ、と言う訳。義母もまたいい人だから、姻戚になったひと達が困っているなら、と…… 特に、義母は義父が亡くなってから、すっかり気落ちしてしまって。そんなところに実家の母親が妙に親身な手紙とか出してくる訳よ。またこれが口が上手くてね!」
溜まっていたものを吐き出す様に、アイリーンは言う。
「それで、お義母様はそれに対しては?」
「そこが微妙だったのよ。金を引き出そうって相手に対しては口が上手いから。ただ、夫がその辺りはがん、と言ってくれていたのよ。向こうがどれだけ家族の付き合いをしよう、と言ってきても、今まで私に対してこんな仕打ちをしてきた、今も何かと援助をもらいたいという姿勢が丸見えだ、もしも断るのが自分では嫌だったら自分が言うから手紙を見せてくれ、とちゃんとね」
「……本当に、いい旦那様だったのね」
「ええ、本当に!」
絞り出す様な声になる。
「私ね、これと言って好きな男性のタイプとかって特に無かったのよ。メイリンはどう?」
「私ですか? そうですね、夫と好きな男性のタイプは確かに違うかもしれません。でも夫になってくれただけでも私にはありがたいと思います」
「そうね。ただそれで、メイリンの足枷になっていなければいいんだけど……」
「え?」
「いいえ、独り言」
何だろう?
足枷。
動きを限定するためのもの。
その意味では現在は確かに夫はそうかもしれない。
だけど、かと言って。
「むしろ今まで私の方が足枷だったと思うんですよ。あのひとには」
「そうかしら」
「そうですよ。だって私は東の国から売られてきた西の国の得体の知れない奴隷の様なものだった訳ですし」
「力になったこともあるんじゃない?」
「それは――」
全く無いとは言い切れない。
夫とて、目論見が全くのゼロだった訳ではない。
ただの親切で引き取るにはリスクが大きすぎる自分なのだから。
3
お気に入りに追加
138
あなたにおすすめの小説

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。


あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます
天宮有
恋愛
水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。
それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。
私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。
それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。
家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。
お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。
私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる