〈完結〉夫を亡くした男爵夫人、実家のたかり根性の貧乏伯爵家に復讐する

江戸川ばた散歩

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三日目の夕方の停車駅にて

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「アイリーンはお子さんは?」

 聞いていいものか、少し迷った。
 だがそう切り出してくるということは、聞いて欲しいという誘い水なのかもしれない。

「二度身ごもったのだけど、……ね」

 そう言って目を伏せた。

「もうずっと昔の話よ。順番に話すわ。でも今となっては、子供が居なくて良かったかもしれない、と思いもするの」
「何故ですか?」

 私は今の夫と知り合って、子供ができたことは素直に嬉しかった。
 今回、どうしても頼んで置いて来なくてはならないこと、しばらく離ればなれになることは後ろ髪を引かれる思いだった。
 だから、二度身ごもってまで欲しかった子供に対し、居なくて良かったかも、という彼女の言葉はなかなか理解しづらかった。

「夫が亡くなってからのごたごたを見せなくても済んだ…… というのが大きいわね。私の実家がその子に何かしたらと思うと、ぞっとするわ」
「そういうことが」
「あのひと達なら、私にもし子供ができていたなら、誰かを懐柔するか、そうでなかったら、私一人に夫と共に作った財産を継がせる様に子供を」

 さっ、と彼女は首の前で手をさっと横に引いた。
 冷静な表情なだけにぞっとした。
 しばらくの間、どう言っていいのか判らないまま、会話が途切れた。
 私は本を改めて開き、何度も何度も繰り返し読んだことのある話をまた読み進めた。
 そのうち、車掌が停車駅にことを告げだした。
 環境の変化に合わせて整備を少し加えるので、二時間程停車する、という内容がよく通る声で伝えられた。

「どう、今度は外に出てみる?」
「いいですね」

 やがて速度が落ち、遠くの山々が稜線だけを見せる様になる中、それまでに比べると格段にがらんとしたホームが私達の目の前に現れた。
 私達は車掌にホームに降りる旨を告げる。お気を付けて、と彼は言った。
 ホームはそれまでの駅と違い、舗装も何もされていない。
 薄茶色の土が固く平たく整備してあるだけだった。
 木造の屋根のついた待合室は大きくはあるががらんとしている。そこから乗り込む人々は、皆色とりどりの布で作った袋を肩から掛けていた。

「二等以上は居ないみたいね」

 アイリーンは待合室から出て乗り込む乗客を見てつぶやいた。
 そしてまた、その出てくる中から、やはり何処にも居る売り子の姿もあった。
 大人も子供も居る。
 むしろ他の駅よりその数は多そうだった。

「あら、あの子供……」

 小さな子供が首から提げた箱に、花を少しずつ束にして入れていた。

「あまり売れていないようね……」

 アイリーンは近づくと、子供から小さな花束を三つ買った。
 私は革細工を広げている男のところへ行った。
 なかなか細かい柄が面白いと思った。
 私は「毛を刈る鋏入れだ」と説明された刺繍入りのものを買ってみた。
 丈夫そうだし、大きさが探していたものにちょうど良かった気がしたのだ。
 二人とも銘々欲しいものを買った、ということでまた車両に上ろうとした時。
 ひゅん。
 背後で、薄茶色の地面が鈍い音を立てて砂埃を上げた。

「何」

 私は眉根を寄せた。

「早く中へ」

 ばたばたとそのまま個室へと飛び込み、できるだけ姿勢を低くする様に言った。

「流れ弾です」

 ああ、と彼女は驚きもしなかった。
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