四代目は身代わりの皇后④十年後~皇后アリカの計画と皇太子ラテの不満

江戸川ばた散歩

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第35話 私室で久方ぶりのお食事

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「ご連絡いただければもう少し良い食事を頼めましたものを」
「これでいい。これで充分だ。量があれば嬉しいが」
「そうですか。貴方本当にいつもお変わりない」
「そうか?」

 宮中、後宮の外にサボンの私室がある。
 帰るべき郷里を持たない、ということで皇后の命によって側近の彼女に与えられている部屋だった。
 彼女がここに寝泊まりするのはリョセンが遠征から戻ってきた時だけだった。 
 上級女官であらば私室を貰えることもある。
 だがそもそも実家が帝都や副帝都にある者が多いため、周囲から詮索されやすい宮中より実家に戻る者が大半である。
 そもそも上級女官にまでなれる者は、実家が存在しないという者は滅多に居ない。遠方に、という場合はあっても、皆ある程度以上の家柄の者なのだ。
 例外はタボーだった。
 彼女はその腕をもって身分的には下級でしかいられないところを今の地位まで上ってきた。
 彼女も私室一応持っては居るのだが、いちいちそこまで戻るのは面倒、と配膳方の小部屋を勝手にただ寝るだけの場所にして占拠している。
 そもそも休みを取るという発想も無いらしい。訪ねてくる家族も居ないとのことだった。
 ブリョーエはさすがに休みの時には私室でのんびり過ごすとのことだった。女官長の仕事はやはりなかなかに神経をすり減らすものである。

「美味いな」

 そんなサボンの思いをよそに、内縁の夫とも言える男は実に豪快に食事を口にする。

「そりゃここのものは何だって美味しいですわ」
「それだけじゃない。サボンが居るとやはり美味くなる」
「貴方口が上手くなりました?」

 はて、と彼は首を傾げる。そしてテーブルの斜め前に陣取ると、自分も食事を口にする。

「あ、でも確かに今日の方が美味しい」

 野菜と肉を大量に煮込んだスープを口にすると、サボンは驚く。

「だろう?」
「不思議ですねえ」
「環境の問題だ、と向こうの司令官に言われた」
「環境ですか」
「食事を充分摂れるのは有り難いが、どうにも味気ないと。そうしたら、早く帝都に戻りたいのではないか、と言われた。話のつながりが上手く見えなかったので、よくよく訊ねたら、つまりはサボンと一緒に食べたいのだな、ということに気付いた」
「……もう」

 このひとは本当にそういうところが変わらない。ただ一度に口にする言葉はやや多くはなったが。

「海の近くだったと聞いてますけど」
「うん。向こうの藩候の城の一番上に上ると、海がよく見えた」
「どんな感じですか?」
「ただただ水が広がっている」
「湖とどう違うんですか?」
「それが何処まで続くか判らないということだな。あと、遠くにいつも霧の様なものがかかっている」
「霧ですか」

 うむ、とリョセンはうなづいた。そしてコップの中身を口にする。。

「最近はこっちでも酸味乳茶が飲まれるのか? 珍しい懐かしい味だ」

 したり、とばかりにサボンは笑顔を見せる。

「ええ。でもまだ試しの段階です。陛下の手の者が砂漠近辺の方に出向いた際に、非常に美味しかったそうで、それまで乳茶と呼んでいたものと違っている、と驚いたのですが…… ご存知だったんですね」
「まあ、俺は作る側ではないから、あくまでそういうものがあったとしか言えない。と言うことは、陛下の手の者というのは、今あちこちに派遣されているのか?」
「私もそちらは詳しくは無いのです。そちらの担当はフヨウなので」
「しっかりと仕事の担当が決まっているんだな」
「私は本当に、あの方の思うことをある程度通訳している様な気に、時々感じるの」
「通訳?」
「リョセン様は昔、あまりこちらの公用語が上手くなかったでしょう? そういう時、誰か通訳が欲しいと思いませんでした?」
「思ったな」

 素直に彼はうなづく。

「今も正直、思っていることのどれだけをサボンに言えているのか俺も判らない。ところでこの飲み物は美味いからもう一杯貰えるか?」
「はいはい」



 その様な関係を持つ様になったのは、ラテが生まれてから五年程経った頃だった。

 遠征に出た彼の隊が全滅した、といっとき知らされたことがあった。それは誤報だったが、知らせを聞いたサボンは瞬時に意識を失った。
 目覚めた時、どれだけ自分が彼を待っていたのか気付いたのだった。
 誤報だ、彼の含まれる大隊は生存している、との知らせが来るまで、サボンはまるで仕事にならなかった。一応起きて物を右から左に動かすことはできたが、それ以上のことは無理だった。
 無事の知らせが来た時、アリカが提案してきた。

「彼を帝都の防衛か近衛にしますか?」

 それくらいは自分の裁量でできる、ということだった。だがサボンは首を横に振った。

「それはあの方自身が許さないと思うの」
「では賭けますか? 戻ってきて、貴女が泣いて頼めば彼もそうするか」
「私はそうしない方に賭けます」
「では私はその逆で」
「だけど賭けだとするなら、何かつけてもらえません?」
「そうですね。お部屋をそろそろつけましょう」
「お部屋」
「貴女が仕事熱心で私の無茶に付き合ってくれているのは判るのですが、やっぱり疲れる時には一人で休んだ方がいいと思いますよ」
「大丈夫ですよ」
「必要になりますよ」

 ああ全く! その時のことを思い出すとサボンは今でも頬が赤らむ思いだ。
 帰還した彼を宮中の庭で認めた途端、彼女は滅多にしない全速力で走り出したのだから。
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