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第27話 縫製方の活気とイルリジーの懸念
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「最近陛下は新しい図案とかお出しにならかったから、嬉しい!」
「そう単純に言ってくださるな、アルレイ。糸がなかなか厄介だわ」
編み物担当は図案と糸、担当が異なる。糸担当のアハテ・サクレクランナ・エイド、通称サクレは糸箪笥を開きながらつぶやく。
「そういう糸は今無かった?」
「どうもこの依頼は赤子宛なのよね。となるとただ単にふわふわしているというだけではまずいわ。柔かな肌にくすぐったさを与えない様にしなくちゃならないと思う。だから普段雲の様な飾りに編む場合とは様子が異なってくる」
「そうか。ただ単に綺麗なだけじゃまずいのよね」
「ラテ様の時はふわふわにはしなかった。常にこの後宮は温かだったし…… おくるみが必要な時は、むしろ毛皮で包んで……」
ふむ、とそこでサクレは言葉を止めた。
「ちょっと毛皮を出してもらおう」
「がんばってー」
ひらひらとアルレイは手を振る。上昇志向の強いアルレイと違って、サクレはむしろ職人肌だった。新たな課題がくればそれに没頭して、気付いたら倒れていることもしばしばだった。
だが彼女が考案し、実際に作り出す糸は種類も多く、美しいと賞賛された。当人は賞賛よりは納得の方が大事な様だったが。
*
一方刺繍担当のマルレテとアファサは、赤子用の非常にやわやわとした、そして布目が粗い生地につける模様に悩んでいた。
「陛下も何でまたこの様な模様を選ばれるのか……」
「色はいいのよね。生成りに強い色は合うから。だけど……」
彼女達に課せられたのは、文様としての花や鳥の図案を刺繍することだった。それまでも細かい図案、金糸銀糸を使った絵の様なものも散々扱ってきた。
だが実用の場合、多少勝手が違う。
「……マルレテ、陛下は何処に、とか全面的に、とかはご指定なさらなかったのよね」
「特に書いてはいないわ」
「だったら、最低限形が判るものを細かく、そして子供の肌に当たりづらいところにつけるしかないわね」
「そうね。あと問題は、この生地と糸よ」
「……薄いからね…… 下手につけると引きつりかねないわ」
「そこが問題よ」
こちらはこちらで、生地と図案の問題に頭を悩ませるのであった。
*
だがそれは確かに送った相手には伝わり、正しく答えを出していた。
「成る程、彼等どちらかが皇太子殿下ということか……」
子供達をまとめて世話したり、勉強を見てやっているシャンポンはそうつぶやく。
「どちらか、というのは簡単だよ。ラテ君の方だ。彼はフェルリ君の母親のエガナさんのことをお母さんと呼んでいなかった。ところでそもそもシャンポンは皇宮に呼ばれたことはあるんじゃないか?」
「私はマドリョンカと違って、あそこにはあまり縁が無かったからな。母様もあまり私には行かせたがらなかったし、……マヌェのこともあったし。だからまだ向こうで暮らしていた頃の殿下を、顔を覚える程に見たことはなかった」
「なるほど。で、君から見てラテ君達はどうだい?」
彼はそう言って身を乗り出す
「や、ごく普通の子だね。可愛いものだ。安心したよ」
「安心?」
「私はあまりアリカと遊んだりすることはなかったんだが、……まあ、実のところあそこまで頭が切れる女だとは思っていなかったんだが…… ともかくあまりそこまでは継いでいない様で、良かったと思う」
「良かった?」
「今の皇后陛下は色々急ぎすぎていないか、と思うことが時々あるんだ」
「それは商人としての意見?」
「そう。俺達の考えることを飛び越えすぎていて…… いや、だからこそこっちも色々と便利にはなってきた。商品も増えた。楽になった部分もある。何より皆も、何かしら工夫しようとし始めた」
「それの何処が?」
シャンポンは目を眇めた。彼女からしたら、元々がサボンだった女であれ、皇后という存在が世間を動かしているというのは悪い気持ちはしない。
自分自身、結果として家を継ぐことになったが、兄の死がなかったらそれは実現しなかった。だが継いだとしても、世間の目はサヘ家の時期当主というよりは、「有能な婿を取った女」という方が強い。
仕方がないとは思う。様々な書を読み、学をつけてきたと思っては来ても、生かせる場所が無いのだ。
その辺りは実にはがゆい。
現在レク達を通わせている学問所には女の子が入ることができない。無論自分自身そこで教えることもできない。
何故だろうと考えることもある。この帝国が成立した時には皇后すらも手に剣や弓矢を持ち、馬に乗って戦っていたはずなのだ。
「女が戦わずに済むなら、それはそれだけ平穏無事になったということだろ」
この目の前の男もそう言う。
夫としたサハヤはこう言ったことがある。
「今でも草原から出てくる中には女兵士もいますよ。ただあまり知られてはいないですがね」
「何故?」
「彼女達が軍人で居られる期間が短いということ、そしてやはり男ばかりの中では気が休まらないということもあるでしょう。あとは、月のもののこともありますね」
嗚呼、とシャンポンはそればかりは嘆かざるを得なかった。
「男は男で月によって狂わされることもあるけれど、それは平たく言うと『やりたくなる』ですから」
「本当に平たく言うね」
「そして女は女でその身体のつくりから、血を流さなくてはならない。貴女も多少はあるでしょうが、普段より身体が重くなったり、気持ちが不安定になる。時には感受性が豊かになりすぎる。それはどちらかというと道具の様に扱いたい側としては困った部類なのですよ」
「では祖后様の時代ではどうだと?」
「それこそその時代では、それが日常だったでしょうから、皆それなりに女の兵士の常識というものがあったのでしょうね。ともかく戦う人員の方が大事だった時代なら。だが今はそういう時代ではない」
だから統率が取りにくい女性は軍人の職務につけたくない、というのが彼の意見だった。
「そう単純に言ってくださるな、アルレイ。糸がなかなか厄介だわ」
編み物担当は図案と糸、担当が異なる。糸担当のアハテ・サクレクランナ・エイド、通称サクレは糸箪笥を開きながらつぶやく。
「そういう糸は今無かった?」
「どうもこの依頼は赤子宛なのよね。となるとただ単にふわふわしているというだけではまずいわ。柔かな肌にくすぐったさを与えない様にしなくちゃならないと思う。だから普段雲の様な飾りに編む場合とは様子が異なってくる」
「そうか。ただ単に綺麗なだけじゃまずいのよね」
「ラテ様の時はふわふわにはしなかった。常にこの後宮は温かだったし…… おくるみが必要な時は、むしろ毛皮で包んで……」
ふむ、とそこでサクレは言葉を止めた。
「ちょっと毛皮を出してもらおう」
「がんばってー」
ひらひらとアルレイは手を振る。上昇志向の強いアルレイと違って、サクレはむしろ職人肌だった。新たな課題がくればそれに没頭して、気付いたら倒れていることもしばしばだった。
だが彼女が考案し、実際に作り出す糸は種類も多く、美しいと賞賛された。当人は賞賛よりは納得の方が大事な様だったが。
*
一方刺繍担当のマルレテとアファサは、赤子用の非常にやわやわとした、そして布目が粗い生地につける模様に悩んでいた。
「陛下も何でまたこの様な模様を選ばれるのか……」
「色はいいのよね。生成りに強い色は合うから。だけど……」
彼女達に課せられたのは、文様としての花や鳥の図案を刺繍することだった。それまでも細かい図案、金糸銀糸を使った絵の様なものも散々扱ってきた。
だが実用の場合、多少勝手が違う。
「……マルレテ、陛下は何処に、とか全面的に、とかはご指定なさらなかったのよね」
「特に書いてはいないわ」
「だったら、最低限形が判るものを細かく、そして子供の肌に当たりづらいところにつけるしかないわね」
「そうね。あと問題は、この生地と糸よ」
「……薄いからね…… 下手につけると引きつりかねないわ」
「そこが問題よ」
こちらはこちらで、生地と図案の問題に頭を悩ませるのであった。
*
だがそれは確かに送った相手には伝わり、正しく答えを出していた。
「成る程、彼等どちらかが皇太子殿下ということか……」
子供達をまとめて世話したり、勉強を見てやっているシャンポンはそうつぶやく。
「どちらか、というのは簡単だよ。ラテ君の方だ。彼はフェルリ君の母親のエガナさんのことをお母さんと呼んでいなかった。ところでそもそもシャンポンは皇宮に呼ばれたことはあるんじゃないか?」
「私はマドリョンカと違って、あそこにはあまり縁が無かったからな。母様もあまり私には行かせたがらなかったし、……マヌェのこともあったし。だからまだ向こうで暮らしていた頃の殿下を、顔を覚える程に見たことはなかった」
「なるほど。で、君から見てラテ君達はどうだい?」
彼はそう言って身を乗り出す
「や、ごく普通の子だね。可愛いものだ。安心したよ」
「安心?」
「私はあまりアリカと遊んだりすることはなかったんだが、……まあ、実のところあそこまで頭が切れる女だとは思っていなかったんだが…… ともかくあまりそこまでは継いでいない様で、良かったと思う」
「良かった?」
「今の皇后陛下は色々急ぎすぎていないか、と思うことが時々あるんだ」
「それは商人としての意見?」
「そう。俺達の考えることを飛び越えすぎていて…… いや、だからこそこっちも色々と便利にはなってきた。商品も増えた。楽になった部分もある。何より皆も、何かしら工夫しようとし始めた」
「それの何処が?」
シャンポンは目を眇めた。彼女からしたら、元々がサボンだった女であれ、皇后という存在が世間を動かしているというのは悪い気持ちはしない。
自分自身、結果として家を継ぐことになったが、兄の死がなかったらそれは実現しなかった。だが継いだとしても、世間の目はサヘ家の時期当主というよりは、「有能な婿を取った女」という方が強い。
仕方がないとは思う。様々な書を読み、学をつけてきたと思っては来ても、生かせる場所が無いのだ。
その辺りは実にはがゆい。
現在レク達を通わせている学問所には女の子が入ることができない。無論自分自身そこで教えることもできない。
何故だろうと考えることもある。この帝国が成立した時には皇后すらも手に剣や弓矢を持ち、馬に乗って戦っていたはずなのだ。
「女が戦わずに済むなら、それはそれだけ平穏無事になったということだろ」
この目の前の男もそう言う。
夫としたサハヤはこう言ったことがある。
「今でも草原から出てくる中には女兵士もいますよ。ただあまり知られてはいないですがね」
「何故?」
「彼女達が軍人で居られる期間が短いということ、そしてやはり男ばかりの中では気が休まらないということもあるでしょう。あとは、月のもののこともありますね」
嗚呼、とシャンポンはそればかりは嘆かざるを得なかった。
「男は男で月によって狂わされることもあるけれど、それは平たく言うと『やりたくなる』ですから」
「本当に平たく言うね」
「そして女は女でその身体のつくりから、血を流さなくてはならない。貴女も多少はあるでしょうが、普段より身体が重くなったり、気持ちが不安定になる。時には感受性が豊かになりすぎる。それはどちらかというと道具の様に扱いたい側としては困った部類なのですよ」
「では祖后様の時代ではどうだと?」
「それこそその時代では、それが日常だったでしょうから、皆それなりに女の兵士の常識というものがあったのでしょうね。ともかく戦う人員の方が大事だった時代なら。だが今はそういう時代ではない」
だから統率が取りにくい女性は軍人の職務につけたくない、というのが彼の意見だった。
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