四代目は身代わりの皇后④十年後~皇后アリカの計画と皇太子ラテの不満

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
26 / 38

第26話 送った側の目論見と縫製方の密かな楽しみ

しおりを挟む
「成る程、別にトモレコル家の亡くなった夫人がサヘ家とつながっている、ということは」
「ラテ様はご存じではありません。あくまでしばらく休んでいた弟達の世話をよく焼いている級友のことが気になったご様子」

 フヨウはそうアリカに報告する。
 ラテ達が遅くなるとトモレコルの使者から連絡があった時、エガナは近くに散らばっている手の者に、それだけを皇后に連絡し、判断を待っていたのだ。

「まあ同じ学問所に居たならば、友となる機会も多いだろう…… 当人達はともかく、イルリジー殿に全く伝えておかないというのは後々厄介なことになるかもな。何はともあれ義理の兄に当たる訳だ。何処かでいつか判るにせよ、子供達の友情は育んでおいた方がいいのだろう」

 いいだろう、ではなく、いいのだろう。
 その辺りがアリカの判断できるぎりぎりなのだとサボンは思った。芯からそう思っている訳ではないが、流れや理屈や今後の見通し的にその方が良い。友情も一つの手段にしかおそらく彼女には見えないのだから。
 とりあえずこうサボンは言い添えておく。

「少なくとも、十六になればこちらにお戻りになるのですから、向こうでお友達を自由に作ることができるうちは作っておいた方が良いでしょうね」
「なのでしょうね」

 アリカは短く答える。なるほどそういう見方があるのか、という表情をサボンの方に向けながら。

「あとはやはりシャンポン様とイルリジー様は、お二人元々非常に腹を割って話せるご友人同士ですから」
「ですね。こちらが先に名乗っておかないとやはり、向こうは向こうで下手に頭を回しかねません」

 マドリョンカの気持ちと行動の意味をアリカはさっぱり理解できなかった。それだけに彼女が身体に無理をしてまで妊娠出産を繰り返し、願いが叶ったとばかりに亡くなったことはどうもアリカの心にささくれを残していた。
 フヨウを縫製方に回した後、サボンと二人になるとアリカはつぶやいた。

「そんなにこの地位が欲しかったのでしょうか?」
「どうでしょうね。私がなれたなら、それはそれでもっと意地をはったかもしれないし…… でも考えても詮無いことですよ。だってきっと彼女でも無理だったでしょうから」
「では彼女の娘はどうでしょうね」
「私はそこが判らないんですが。マドリョンカは皇后という地位と、注目される仕事と、その成果が欲しい――― ような性格ではあったとは思います。ですが娘にはどうなのでしょうか」
「それは私にはもっと判らないですよ。今現在の息子のことだってさっぱり判らないのですから」
「少なくとも三人、自分の手をそのまま使うとは言わないですが、良家の子供の様にはちゃんと育てているし、亡くなれば悲しむ様にお互いに愛があった訳ですよ。……そんな彼女が娘だけ道具にするとは思えないのですが」
「全くもって、人の心というものは本当に難しいですね」

 普段では滅多に見ない程の大きなため息をつくアリカに、サボンは珍しい、と思った。

「貴女は子供は作らないのですか?」
「作ると休みが増えますよ?」
「本当に欲しいなら構いません」
「でもその場合、きっと貴女の仕事は一年止まりますよ。私はきっと母に似て、身ごもると体調をどっと落としますから」
「それは嫌です」
「でしたら、そういうことは聞かないで下さい。全く産めなくなりそうな時になったらまた聞いてください。それにお付き合いの方では、何処かではずみの様にできてしまう可能性もあるのですし。その時は本当に貴女にご相談致します。仕事が遅れますと」
「貴女がそれで幸せであるなら、仕事が数年遅れてもいいのですけど」
「本気で言ってらっしゃる?」

 サボンは軽く首を傾げてアリカを見上げた。

「貴女がここを離れる時までは私はここで共に仕事をします。そう決めてありますし、あの方もそれをご承知です」
「リョセン殿は本当にそれで良いと?」
「あの方は私も大切ですが、軍務もとても大切です。いえ、おそらく、そちらの方が大切でしょう」
「そういうものですか?」
「帝都が安全であるためには各地の乱があったら平定しなくてはならない、と言ってましたから」
「……つまりそれは、貴女が居る場所だから、ということで?」
「そういうことです」

 そういうとサボンはにこりと笑った。

「貴女は本当に年相応に大人になりますね」
「歳相応に次第に老けてきますから」
「私はいい。いいんですが、今となってはあの子はきっと複雑な気持ちになるのでしょうね。あの子は陛下の方によく似ているから」



 一方の縫製方では、皇后アリカから久々の編み飾りに加えて刺繍の注文だったことから沸き立っていた。

「えー何なに? 糸に注文だわ。えーと、芯はレースを編む時くらいに細く、そしてその周囲をふわふわとした同じ色の毛で取り巻く様に…… 赤ん坊の肌に優しく」
「ラテ様にはそういうの注文来たことあったかしら?」
「どうでしょう? ……ええと、色合いは任せる、とのことだけど…… まあ試すのが私達だから!」
「久しぶりに腕がなるわ!」

 時期筆頭候補のアルレイは思い切りぐっと拳を握りしめた。

「あともう一つは刺繍班! マリュレ!」
「はい!」
「と、素材…… は?」
「わたし……」
「そうそう! できるだけふんわり柔らかでそれでいて水を良く吸う肌着用の布ですって」
「それに刺繍?」
「それは…… なかなか難しいのでは」
「ついでに言うと、この模様です」

 図案を見た刺繍班マルレテことスリディ・マリュレテニヤ・サドリとアファサことデラ・アファサレイン・ドクトランは「うわ」と顔をしかめた。

「図案と生地が合ってませんー! 陛下ぁぁぁぁ」
「合わせるにはどうしたら良いのか考えろと仰有るのですね陛下……」

 嘆きつつ、彼女達の表情は何処か恍惚としていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる

江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。 実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。 膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...