25 / 38
第25話 贈り物に秘められた伝言
しおりを挟む
「今日はこれを持っていきなさい」
エガナはそう言って、トモレコル家に行こうとする子供達に一つの包みを差し出した。
「これ、何?」
「あちらのお嬢さんへ。まあ沢山あるだろうが、幾らあってもいいものだろうしね」
何だろう、と思いながらも「途中で開くんじゃないよ!」という母の言葉には従う二人だった。
呼び鈴を鳴らすと、待ってたとばかりに小柄な女中が扉を開く。
「いらっしゃい。今日はレク様が図書室に案内したいって仰有ってたわ」
「あ、マリャータ、ちょっと待って」
フェルリはエガナから預かった包みを差し出した。
「うちの母さんから、こちらのお嬢さんへ、ってことで」
「まあまあどうしましょう」
ぱたぱたとマリャータは一旦奥へと引っ込んで行く。そして再び戻ってきた時には、この家の女中頭を連れてきた。
「坊ちゃん方、せっかくのものありがとうございます。今日は旦那様がいらっしゃるので、そちらに直接お渡しなさっていただけませんか?」
柔らかだが有無を言わせぬ迫力が彼女にはあった。二人はただ首を縦に振る。
「それではこちらへ。レク様もそちらに、と申しつけておりますので」
二人は顔を見合わせる。この家の旦那様と言えば、要するにレク達の父親なのだろう。女中頭の後に彼等は付いて行く。
「旦那様、小さなお客様をお通し致しました」
「入りなさい」
扉を開けると、大きな机に向かって書類を両脇に積み上げている男性がいた。
さらさらと良い紙に墨筆で清書している姿は子供達にとっては非常に大切な仕事の文書を作っているかの様に見えた。
墨筆を置くと、彼は机の前から立ち、子供達が座る椅子の方へと移動した。
「今日は何だね、何かうちのアーシェに贈り物をしてくれると聞いたが」
「は、はい! これを……」
ばね人形の様に飛び上がると、フェルリはエガナからの包みをイルリジーに渡した。
「開けてもいいかな?」
「はい!」
「僕達も中身を知りたいです!」
おい、とフェルリはラテの腕を軽くつねる。ふっ、とイルリジーは笑うと淀みない仕草で開いてみる。そこにあったのは数枚の肌着と、柔らかな糸で編まれた可愛らしい上着だった。
「これを君等の母上が?」
「あ、はい! うちの母さんはそういうものがとても上手なんです!」
「僕やフェルリの襟巻きも作ってくれると約束しました!」
そういう意味で聞いている訳ではないのだが、子供にはそこは伝わらないし、伝える必要も無い。
イルリジーは見た瞬間、幾つの部分がひっかかったのだ。
一つは、肌着にされている刺繍の模様。そしてもう一つは上着に使われている糸と編み方だった。
無論模様などというものは皆自由に考え、個性を出すのが普通である。ただそこにしてあったのは、副帝都近辺ではそう見ないパターンの柄と色合わせだったのだ。
現在副帝都で流行っているのは花の刺繍。小花をそのままの形で取り入れたものである。
だがそこに刺されていたのは、むしろ花を「象った」もの。それだけではない。鳥や獣を象った―――
「君等の母上は草原の出身かい?」
「? いいえ?」
「聞いたことがありません」
ねえ、と二人はうなづきあった。
そしてこの上着の編み方。これはまだ彼が見たことが無いものだった。
糸はまず予想がついた。自分達の卸しで扱っているものではなく、別の系列の店のものだろう。色の微妙さも自分達の扱いには無い。
問題は編み方だった。無論個人で工夫することはあるだろう。
だがやはり目の前にある中心を細くし、ふわふわとした毛足を長くとった糸をひたすらに軽く軽く、それでいて揃った調子で全体を鎖の編み目で作ったものは、今まで彼は見たことがなかった。
「とてもいいものをありがとう、と母上にお伝えしてくれ。今日はゆっくりしていって欲しい。できれば夕食も一緒に」
「え」
「あの、家には夕刻には帰ると」
「その辺りは私の方から連絡をしておこう。最近君等が来る様になってから、息子達が楽しそうでな」
「僕らも楽しいです。学問所は楽しいですが、すぐに皆走って帰ってしまうから……」
「君等の家はそう遠くは無いね」
「はい。でも結構遠くから通ってきていたり、家の手伝いをしなくてはならないとか色々……」
なるほど、とイルリジーはうなづき、幾つか学問所のことを訊ねる。二人はそれぞれの意見をそれぞれに持っている様子だった。
ただ一つ、フェルリが母親のことを母さん、と読んで話題に出しているのに対して、ラテがその件に関しては何かしらの呼称をつけていないこと気になった。
先ほどの疑問と、この点。後でゆっくり考えてみよう、と彼は思った。
そして大人の質問に答えるのは、なかなかに時間がかかる。考えているうちにレクが二人を呼びに来た。
「父さん、今日は二人に夕飯まで居てもらっていいの?」
「ああ。そう伝える様に命じてもおいた」
「やった!」
レクは両手を胸の前で握りしめた。
「そう、今日はこの二人の母上からアーシェに贈り物があったんだ。せっかくだからお前の妹を見せてやりなさい」
「父さんも! あ! それが貰ったものなんでしょ!? アーシェに似合うかな」
「そうだなあ」
イルリジーは子供三人を連れて娘が大事に寝かされている部屋へと向かった。
*
一方、遅くなるとの知らせを受けたエガナは、トモレコルの主人がそれに込めた何かを読み取ることができるかと考えていた。
刺繍はそう、確かに彼が看破した様に草原で使う花や鳥そのものではなく「象った」ものである。彩りもそれに倣っている。
そして編み方と糸は――― まだこれは市井に出回っているやり方ではない。皇后に相談した時、何処まで通じるかやり方を聞いてきた、縫製方の新作の糸と編み方の組み合わせだった。
エガナはそう言って、トモレコル家に行こうとする子供達に一つの包みを差し出した。
「これ、何?」
「あちらのお嬢さんへ。まあ沢山あるだろうが、幾らあってもいいものだろうしね」
何だろう、と思いながらも「途中で開くんじゃないよ!」という母の言葉には従う二人だった。
呼び鈴を鳴らすと、待ってたとばかりに小柄な女中が扉を開く。
「いらっしゃい。今日はレク様が図書室に案内したいって仰有ってたわ」
「あ、マリャータ、ちょっと待って」
フェルリはエガナから預かった包みを差し出した。
「うちの母さんから、こちらのお嬢さんへ、ってことで」
「まあまあどうしましょう」
ぱたぱたとマリャータは一旦奥へと引っ込んで行く。そして再び戻ってきた時には、この家の女中頭を連れてきた。
「坊ちゃん方、せっかくのものありがとうございます。今日は旦那様がいらっしゃるので、そちらに直接お渡しなさっていただけませんか?」
柔らかだが有無を言わせぬ迫力が彼女にはあった。二人はただ首を縦に振る。
「それではこちらへ。レク様もそちらに、と申しつけておりますので」
二人は顔を見合わせる。この家の旦那様と言えば、要するにレク達の父親なのだろう。女中頭の後に彼等は付いて行く。
「旦那様、小さなお客様をお通し致しました」
「入りなさい」
扉を開けると、大きな机に向かって書類を両脇に積み上げている男性がいた。
さらさらと良い紙に墨筆で清書している姿は子供達にとっては非常に大切な仕事の文書を作っているかの様に見えた。
墨筆を置くと、彼は机の前から立ち、子供達が座る椅子の方へと移動した。
「今日は何だね、何かうちのアーシェに贈り物をしてくれると聞いたが」
「は、はい! これを……」
ばね人形の様に飛び上がると、フェルリはエガナからの包みをイルリジーに渡した。
「開けてもいいかな?」
「はい!」
「僕達も中身を知りたいです!」
おい、とフェルリはラテの腕を軽くつねる。ふっ、とイルリジーは笑うと淀みない仕草で開いてみる。そこにあったのは数枚の肌着と、柔らかな糸で編まれた可愛らしい上着だった。
「これを君等の母上が?」
「あ、はい! うちの母さんはそういうものがとても上手なんです!」
「僕やフェルリの襟巻きも作ってくれると約束しました!」
そういう意味で聞いている訳ではないのだが、子供にはそこは伝わらないし、伝える必要も無い。
イルリジーは見た瞬間、幾つの部分がひっかかったのだ。
一つは、肌着にされている刺繍の模様。そしてもう一つは上着に使われている糸と編み方だった。
無論模様などというものは皆自由に考え、個性を出すのが普通である。ただそこにしてあったのは、副帝都近辺ではそう見ないパターンの柄と色合わせだったのだ。
現在副帝都で流行っているのは花の刺繍。小花をそのままの形で取り入れたものである。
だがそこに刺されていたのは、むしろ花を「象った」もの。それだけではない。鳥や獣を象った―――
「君等の母上は草原の出身かい?」
「? いいえ?」
「聞いたことがありません」
ねえ、と二人はうなづきあった。
そしてこの上着の編み方。これはまだ彼が見たことが無いものだった。
糸はまず予想がついた。自分達の卸しで扱っているものではなく、別の系列の店のものだろう。色の微妙さも自分達の扱いには無い。
問題は編み方だった。無論個人で工夫することはあるだろう。
だがやはり目の前にある中心を細くし、ふわふわとした毛足を長くとった糸をひたすらに軽く軽く、それでいて揃った調子で全体を鎖の編み目で作ったものは、今まで彼は見たことがなかった。
「とてもいいものをありがとう、と母上にお伝えしてくれ。今日はゆっくりしていって欲しい。できれば夕食も一緒に」
「え」
「あの、家には夕刻には帰ると」
「その辺りは私の方から連絡をしておこう。最近君等が来る様になってから、息子達が楽しそうでな」
「僕らも楽しいです。学問所は楽しいですが、すぐに皆走って帰ってしまうから……」
「君等の家はそう遠くは無いね」
「はい。でも結構遠くから通ってきていたり、家の手伝いをしなくてはならないとか色々……」
なるほど、とイルリジーはうなづき、幾つか学問所のことを訊ねる。二人はそれぞれの意見をそれぞれに持っている様子だった。
ただ一つ、フェルリが母親のことを母さん、と読んで話題に出しているのに対して、ラテがその件に関しては何かしらの呼称をつけていないこと気になった。
先ほどの疑問と、この点。後でゆっくり考えてみよう、と彼は思った。
そして大人の質問に答えるのは、なかなかに時間がかかる。考えているうちにレクが二人を呼びに来た。
「父さん、今日は二人に夕飯まで居てもらっていいの?」
「ああ。そう伝える様に命じてもおいた」
「やった!」
レクは両手を胸の前で握りしめた。
「そう、今日はこの二人の母上からアーシェに贈り物があったんだ。せっかくだからお前の妹を見せてやりなさい」
「父さんも! あ! それが貰ったものなんでしょ!? アーシェに似合うかな」
「そうだなあ」
イルリジーは子供三人を連れて娘が大事に寝かされている部屋へと向かった。
*
一方、遅くなるとの知らせを受けたエガナは、トモレコルの主人がそれに込めた何かを読み取ることができるかと考えていた。
刺繍はそう、確かに彼が看破した様に草原で使う花や鳥そのものではなく「象った」ものである。彩りもそれに倣っている。
そして編み方と糸は――― まだこれは市井に出回っているやり方ではない。皇后に相談した時、何処まで通じるかやり方を聞いてきた、縫製方の新作の糸と編み方の組み合わせだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する
ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。
その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。
シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。
皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。
やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。
愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。
今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。
シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す―
一部タイトルを変更しました。

四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる
江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。
実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。
膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる