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第23話 ラテとフェルリはトモレコルの屋敷へ行く
しおりを挟む 皇宮から戻ると、三兄弟も学問所に戻ってきていた。
長男はそれでも、講義の時間が終わればそそくさと帰っていく。なかなかラテは彼を呼び止めて話をすることができなかった。
「でもさ」
フェルリは言う。
「何を話するんだ?」
「うーん」
考えてみれば、エガナの家で育てられている子供、フェルリのきょうだいということになっている今、共通の話題がある訳でもない。
下手に従兄弟だ何だと言わずに。
「ただ友達になりたいだけ、っていうのはどうすればいいんだろ?」
「そうだなあ……」
「おや、トモレコルはもう帰ったのかね?」
トバータ教師は戸を開け、辺りを見渡すとそう言った。
「終わったら最近はもう一目散ですよ」
「付き合いが悪くなったよなー」
「元々あいつは弟達が心配で仕方ないんだよ」
口々に好きなことを言う。教師も「そうだな」とため息をつくしかできない。
「それでは誰か伝言を頼めるかな。明日は学問所全体が急に休みになってしまったと」
「あ、俺行きます」
そこでひょい、と手を挙げたのがフェルリだった。ラテはそのタイミングに目をみはった。
「おお行ってくれるか。ではその時にこれも頼む」
その場でさらさらと教師は生徒用の紙に何やらと書き付ける。
「これは何ですか?」
「うん。皆も聞きなさい。休みの代わりに、明日は皆家で一枚の紙に読本の好きな話を書き写してくること!」
「話!」
彼等が使っている読本は、幾つかの小さな物語が載っている。読むだけでなく、綴りの練習にもそれは活用される。
「一枚の紙」はなかなかに書きでがあるものだった。練習用に使われるものは決して質の良いものではない。一度使った紙を一度溶かして梳き直した「紙屋の紙」である。
少年達はやはり近年安価で出回りはじめた細い炭筆を使って綴りを学ぶ。ただその炭筆は消すことができないので、書き写しには皆慎重になる。
そしてこれらの紙もまた回収され、やがてまたもっと色の濃い紙になって行くのである。
最も悪い質の紙を必要とするのは副帝都では本の出版業だった。いや、良い紙を必要とする業者もある。だが大量に必要とするのは悪い紙の方だった。
字が読める程度の人々の楽しみとなる冊子。それらが版木を使って刷られ、市場に出回りつつあった。
なお、彼等が使っている「読本」は「良い紙」を使用している。製本も良く、ちょっとやそっとのことでは壊れも破れもしない。
それだけにその本は彼等固有の持ち物にはならない。その年だけの借り物である。中にはそれを持ち出して売りさばこうとした者も居たが、そのための「良い紙」だった。何より帝国のお墨付きが付けられていた。これは何処の地方の学問所でも同じだった。副帝都に限らない。
そして一年、もしくはその本をきっちり学び尽くしたと判断されたところで学問所に戻される。そしてまた次の者に渡されるのだ。
「読本は持っていっているのかな、トモレコルは」
彼の机の蓋を開けた一人が「入ってません。そのようです」と答えた。
「では伝言だけ頼む」
「判りました」
行こうぜ、とフェルリはラテの腕を掴んで外へと飛び出した。
「どうしたの一体」
「友達になりたいなら、きっかけからさ。それにあいつの家のこと知りたいんだろ?」
「うん」
「ちょうどいい!」
あわわわ、と引っ張られ、ペースを乱されつつも、ラテは何とかフェルリについて行った。
*
「大きな家だなあ」
「いやそれより、何か横に長い家だよなあ」
門は格別鍵が掛かっている様子はなかった。
敷地内に入ると、目に入ったのが、広い芝生の広がる庭と、無性に横に長い建物だった。駆け回ったり転がったりしたら気持ちいいだろうな、とラテは思う。
副帝都に来てからというもの、迷路の様な街中を走ることはあっても、緑の芝生の上はご無沙汰だったのだ。
それまで住んでいた後宮には緑が多かった。あちこちの館へ行く時には常に美しく整えられた花々と、綺麗に刈り込まれた芝生と。小さな頃は本当にころころと転がり回ってエガナを困らせたものだった。
そんなことを思っていると、フェルリが先に扉につけられていた呼び鈴を鳴らす。
すぐに使用人の女性が出てきた。
「おやおやどなた?」
「学問所のレク君の同級でフェルリ・タバイと言います。こっちはきょうだいのラテです」
「まあまあ。坊ちゃま達なら、今は離れの方にいらっしゃるのだけど。どうしましょうね」
柔らかな笑顔のまだ若い――― エガナよりは確実に―――使用人は、二人に待ってて欲しい、と頼み、ぱたぱたと廊下を早足で歩いていった。
彼女は戻ってきた時、もう一人、もっと若い女中を連れてきた。どうやらあまり彼等と歳が変わらない様な。
「マリャータ、坊ちゃん方のところへこのお二人をお連れしてちょうだい」
「え? 何であたしが!」
「貴女そもそもサーレクル様のお付きでしょう? 使用人部屋で無駄話しているよりは向こうへ行ってらっしゃい」
「はあい……」
肩をすくめ、こっちですよ、とマリャータと呼ばれた年少の女中は外へと駆けだしていった。
ラテとフェルリはいきなり駆けだした彼女の足についていけるのか、一瞬不安になりつつも追いかけだした。
長男はそれでも、講義の時間が終わればそそくさと帰っていく。なかなかラテは彼を呼び止めて話をすることができなかった。
「でもさ」
フェルリは言う。
「何を話するんだ?」
「うーん」
考えてみれば、エガナの家で育てられている子供、フェルリのきょうだいということになっている今、共通の話題がある訳でもない。
下手に従兄弟だ何だと言わずに。
「ただ友達になりたいだけ、っていうのはどうすればいいんだろ?」
「そうだなあ……」
「おや、トモレコルはもう帰ったのかね?」
トバータ教師は戸を開け、辺りを見渡すとそう言った。
「終わったら最近はもう一目散ですよ」
「付き合いが悪くなったよなー」
「元々あいつは弟達が心配で仕方ないんだよ」
口々に好きなことを言う。教師も「そうだな」とため息をつくしかできない。
「それでは誰か伝言を頼めるかな。明日は学問所全体が急に休みになってしまったと」
「あ、俺行きます」
そこでひょい、と手を挙げたのがフェルリだった。ラテはそのタイミングに目をみはった。
「おお行ってくれるか。ではその時にこれも頼む」
その場でさらさらと教師は生徒用の紙に何やらと書き付ける。
「これは何ですか?」
「うん。皆も聞きなさい。休みの代わりに、明日は皆家で一枚の紙に読本の好きな話を書き写してくること!」
「話!」
彼等が使っている読本は、幾つかの小さな物語が載っている。読むだけでなく、綴りの練習にもそれは活用される。
「一枚の紙」はなかなかに書きでがあるものだった。練習用に使われるものは決して質の良いものではない。一度使った紙を一度溶かして梳き直した「紙屋の紙」である。
少年達はやはり近年安価で出回りはじめた細い炭筆を使って綴りを学ぶ。ただその炭筆は消すことができないので、書き写しには皆慎重になる。
そしてこれらの紙もまた回収され、やがてまたもっと色の濃い紙になって行くのである。
最も悪い質の紙を必要とするのは副帝都では本の出版業だった。いや、良い紙を必要とする業者もある。だが大量に必要とするのは悪い紙の方だった。
字が読める程度の人々の楽しみとなる冊子。それらが版木を使って刷られ、市場に出回りつつあった。
なお、彼等が使っている「読本」は「良い紙」を使用している。製本も良く、ちょっとやそっとのことでは壊れも破れもしない。
それだけにその本は彼等固有の持ち物にはならない。その年だけの借り物である。中にはそれを持ち出して売りさばこうとした者も居たが、そのための「良い紙」だった。何より帝国のお墨付きが付けられていた。これは何処の地方の学問所でも同じだった。副帝都に限らない。
そして一年、もしくはその本をきっちり学び尽くしたと判断されたところで学問所に戻される。そしてまた次の者に渡されるのだ。
「読本は持っていっているのかな、トモレコルは」
彼の机の蓋を開けた一人が「入ってません。そのようです」と答えた。
「では伝言だけ頼む」
「判りました」
行こうぜ、とフェルリはラテの腕を掴んで外へと飛び出した。
「どうしたの一体」
「友達になりたいなら、きっかけからさ。それにあいつの家のこと知りたいんだろ?」
「うん」
「ちょうどいい!」
あわわわ、と引っ張られ、ペースを乱されつつも、ラテは何とかフェルリについて行った。
*
「大きな家だなあ」
「いやそれより、何か横に長い家だよなあ」
門は格別鍵が掛かっている様子はなかった。
敷地内に入ると、目に入ったのが、広い芝生の広がる庭と、無性に横に長い建物だった。駆け回ったり転がったりしたら気持ちいいだろうな、とラテは思う。
副帝都に来てからというもの、迷路の様な街中を走ることはあっても、緑の芝生の上はご無沙汰だったのだ。
それまで住んでいた後宮には緑が多かった。あちこちの館へ行く時には常に美しく整えられた花々と、綺麗に刈り込まれた芝生と。小さな頃は本当にころころと転がり回ってエガナを困らせたものだった。
そんなことを思っていると、フェルリが先に扉につけられていた呼び鈴を鳴らす。
すぐに使用人の女性が出てきた。
「おやおやどなた?」
「学問所のレク君の同級でフェルリ・タバイと言います。こっちはきょうだいのラテです」
「まあまあ。坊ちゃま達なら、今は離れの方にいらっしゃるのだけど。どうしましょうね」
柔らかな笑顔のまだ若い――― エガナよりは確実に―――使用人は、二人に待ってて欲しい、と頼み、ぱたぱたと廊下を早足で歩いていった。
彼女は戻ってきた時、もう一人、もっと若い女中を連れてきた。どうやらあまり彼等と歳が変わらない様な。
「マリャータ、坊ちゃん方のところへこのお二人をお連れしてちょうだい」
「え? 何であたしが!」
「貴女そもそもサーレクル様のお付きでしょう? 使用人部屋で無駄話しているよりは向こうへ行ってらっしゃい」
「はあい……」
肩をすくめ、こっちですよ、とマリャータと呼ばれた年少の女中は外へと駆けだしていった。
ラテとフェルリはいきなり駆けだした彼女の足についていけるのか、一瞬不安になりつつも追いかけだした。
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