21 / 38
第21話 母親とは。ラテは色々聞いて聞かさせる。
しおりを挟む
「太公主さまから見て、どんな方だったんですか?」
ラテは訊ねた。
「そうね、私もルーシュの茶会にお邪魔した時くらいしか会う時はなかったのだけど。とっても熱心な子だったわ」
「ねっしん?」
「ルーシュや私や、ともかく自分が知らないことにはもの凄く貪欲…… いえ、そうね……」
太公主は片頬に手を当て、軽く考え込む。貪欲、としか言い様が無いのだ。マドリョンカの美しいものや新奇なものに対する好奇心というものは。
「たとえば、そうね、このテープルの上の」
とん、と彼女は四角いテーブルの中央に大きく丸く作られた編み飾りを指す。
「これをラテはどう思って?」
「きれいです」
「どう綺麗?」
「外側に向かって、虹の様に色がどんどん変わってくところ…… たくさん色を使ってるのに、目がちかちかしないし」
「そうよね。私もそう思うわ。これはルーシュがくれたものなんだけど、この編み方が流行ったことがあったの」
「そんなことがありましたか」
皇帝もそう口を挟む。
「貴方は女性同士のことはさして気にしないから」
「女性はとても難しいですよ」
「母上も?」
「お前の母上は、そうだな、俺と一番良く似ているよ」
そう言いながらカヤはラテの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「似てる? かなあ?」
「似てますよ。お二人とも私達にはとっても判らないことをよぉくご存知です」
「母上がそうなのは、サボンからよく聞いているんだけど、父上も?」
「何だ、俺が色々知っていたらおかしいか?」
こいつめ、とぐい、と引き寄せて笑いながら揺さぶる。目が回る、とラテは悲鳴を上げる。
太公主はそれをまぶしそうな表情で眺める。
彼女は時々思う。このひとがせめて私の異母きょうだいという名目が解かれていたなら。
言っても詮無いことである。彼女は「サシャ公主」だったからこそ帝都にたどり着く前、まだ皇帝になる前のカヤと出会って心を通わせた。
だが彼が皇帝と成れてしまったことで彼女はそれ以上の思いをできるだけ押し込めなくてはならなくなった。
あきらめて他の何処かに嫁ぐという話も無い訳ではなかった。特に実姉はしきりにその話を持ちかけてきた。
姉は自分が異父姉妹であることを知っていた。先帝に放っておかれた母が寂しさと苛立ちの中で関係した男との間にできたのが自分だと。
姉は皇帝の血を引いていない自分がいつまでも公主であるのが許せなかったのだ。執拗に、実に執拗に迫ってきた。時には外出した時に彼女を襲わせようとしたこともあった。
カヤはその話を聞きつけた時、サシャに後宮から出ることを禁じた。守りたいからなのだろう、と彼女は思った。そして独占したいからだと。既に泣き付かれた後だった。愛しさと諦めが半々で、ずっとこの後宮で生きてきた。
そしてもう、歳を取らない皇帝にとって親子にしか見えない歳になり―――
皇后が決まった時、とうとう義務かい解放されると泣きつきにきたのだから、本当に仕方がないひとだ、と思うしかなかった。
それでも時々思うのだ。先帝が自分を公主としなかったらどうだったのだろうと。ただの母の娘だとしたならば。
その後姉は嫁いだ高官と共に遠くの任地に引っ越して行った。こればかりは確実に皇帝の鶴の一声だったらしい。
「理由は分かっているだろうな」
滅多に怒らないという彼が酷く冷たい声でそれを言い放ったという。
それではこの子供はどうだろう?
少なくとも今、友達になりたい子の母としてのマドリョンカのことを聞きに来ている。
そう思うと太公主はありのままの姿を話すのはためらわれた。
「ラテはエガナをどう思う?」
「どうって…… エガナはエガナだよ」
「そうではなく、あなたの母上と、どっちが甘えやすい?」
「……エガナ」
「まあそれは仕方ないな。お前の母は、その辺りの感情が少し人と違うんだ。だからエガナにその分を変わってもらっているんだよ」
皇帝も付け足す。
「母上と僕が一緒に暮らせないのはそのせい?」
今度は父親の方を向いて訊ねる。
「嫌か? 学問所は楽しくないか?」
「うーん、フェルリと一緒なのは楽しい。だって、ここには同じくらいの子が誰もいなかったし。腕ずもうとか、走り回って競争するとか、誰もしてくれなかったし」
「うん。父さんもそれを心配してたから、外に出したんだ」
「父上が?」
「お前に言ってなかったかな? 俺はここに来る前は、小さな村で宿屋の倅だったんだよ」
「やどやのせがれ?」
少年は首を傾げる。
「副帝都なら、色んな店があって、大きな町だよな。お前の父さんが育ったのは、そんな大きな町じゃなかったんだ。カイばあちゃんを覚えてるか?」
「うん」
少年の中で、後宮で一番口が悪く、そして豪快で誰も勝てないひと。そんな印象があった。
「あのひとはお前にとってのエガナにあたるんだよ。本当のばあちゃんじゃない」
「もう一人居るの?!」
「そう。父さんを産んだ、お前にとっての母上と同じひとがな。だけどそのひとは、赤ん坊の父さんを捨てていったんだよ」
「ええっ」
ああもう。太公主は思う。それは笑顔で言うことではありませんよ、と。
ラテは訊ねた。
「そうね、私もルーシュの茶会にお邪魔した時くらいしか会う時はなかったのだけど。とっても熱心な子だったわ」
「ねっしん?」
「ルーシュや私や、ともかく自分が知らないことにはもの凄く貪欲…… いえ、そうね……」
太公主は片頬に手を当て、軽く考え込む。貪欲、としか言い様が無いのだ。マドリョンカの美しいものや新奇なものに対する好奇心というものは。
「たとえば、そうね、このテープルの上の」
とん、と彼女は四角いテーブルの中央に大きく丸く作られた編み飾りを指す。
「これをラテはどう思って?」
「きれいです」
「どう綺麗?」
「外側に向かって、虹の様に色がどんどん変わってくところ…… たくさん色を使ってるのに、目がちかちかしないし」
「そうよね。私もそう思うわ。これはルーシュがくれたものなんだけど、この編み方が流行ったことがあったの」
「そんなことがありましたか」
皇帝もそう口を挟む。
「貴方は女性同士のことはさして気にしないから」
「女性はとても難しいですよ」
「母上も?」
「お前の母上は、そうだな、俺と一番良く似ているよ」
そう言いながらカヤはラテの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「似てる? かなあ?」
「似てますよ。お二人とも私達にはとっても判らないことをよぉくご存知です」
「母上がそうなのは、サボンからよく聞いているんだけど、父上も?」
「何だ、俺が色々知っていたらおかしいか?」
こいつめ、とぐい、と引き寄せて笑いながら揺さぶる。目が回る、とラテは悲鳴を上げる。
太公主はそれをまぶしそうな表情で眺める。
彼女は時々思う。このひとがせめて私の異母きょうだいという名目が解かれていたなら。
言っても詮無いことである。彼女は「サシャ公主」だったからこそ帝都にたどり着く前、まだ皇帝になる前のカヤと出会って心を通わせた。
だが彼が皇帝と成れてしまったことで彼女はそれ以上の思いをできるだけ押し込めなくてはならなくなった。
あきらめて他の何処かに嫁ぐという話も無い訳ではなかった。特に実姉はしきりにその話を持ちかけてきた。
姉は自分が異父姉妹であることを知っていた。先帝に放っておかれた母が寂しさと苛立ちの中で関係した男との間にできたのが自分だと。
姉は皇帝の血を引いていない自分がいつまでも公主であるのが許せなかったのだ。執拗に、実に執拗に迫ってきた。時には外出した時に彼女を襲わせようとしたこともあった。
カヤはその話を聞きつけた時、サシャに後宮から出ることを禁じた。守りたいからなのだろう、と彼女は思った。そして独占したいからだと。既に泣き付かれた後だった。愛しさと諦めが半々で、ずっとこの後宮で生きてきた。
そしてもう、歳を取らない皇帝にとって親子にしか見えない歳になり―――
皇后が決まった時、とうとう義務かい解放されると泣きつきにきたのだから、本当に仕方がないひとだ、と思うしかなかった。
それでも時々思うのだ。先帝が自分を公主としなかったらどうだったのだろうと。ただの母の娘だとしたならば。
その後姉は嫁いだ高官と共に遠くの任地に引っ越して行った。こればかりは確実に皇帝の鶴の一声だったらしい。
「理由は分かっているだろうな」
滅多に怒らないという彼が酷く冷たい声でそれを言い放ったという。
それではこの子供はどうだろう?
少なくとも今、友達になりたい子の母としてのマドリョンカのことを聞きに来ている。
そう思うと太公主はありのままの姿を話すのはためらわれた。
「ラテはエガナをどう思う?」
「どうって…… エガナはエガナだよ」
「そうではなく、あなたの母上と、どっちが甘えやすい?」
「……エガナ」
「まあそれは仕方ないな。お前の母は、その辺りの感情が少し人と違うんだ。だからエガナにその分を変わってもらっているんだよ」
皇帝も付け足す。
「母上と僕が一緒に暮らせないのはそのせい?」
今度は父親の方を向いて訊ねる。
「嫌か? 学問所は楽しくないか?」
「うーん、フェルリと一緒なのは楽しい。だって、ここには同じくらいの子が誰もいなかったし。腕ずもうとか、走り回って競争するとか、誰もしてくれなかったし」
「うん。父さんもそれを心配してたから、外に出したんだ」
「父上が?」
「お前に言ってなかったかな? 俺はここに来る前は、小さな村で宿屋の倅だったんだよ」
「やどやのせがれ?」
少年は首を傾げる。
「副帝都なら、色んな店があって、大きな町だよな。お前の父さんが育ったのは、そんな大きな町じゃなかったんだ。カイばあちゃんを覚えてるか?」
「うん」
少年の中で、後宮で一番口が悪く、そして豪快で誰も勝てないひと。そんな印象があった。
「あのひとはお前にとってのエガナにあたるんだよ。本当のばあちゃんじゃない」
「もう一人居るの?!」
「そう。父さんを産んだ、お前にとっての母上と同じひとがな。だけどそのひとは、赤ん坊の父さんを捨てていったんだよ」
「ええっ」
ああもう。太公主は思う。それは笑顔で言うことではありませんよ、と。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する
ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。
その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。
シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。
皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。
やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。
愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。
今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。
シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す―
一部タイトルを変更しました。

四代目は身代わりの皇后③皇太子誕生~祖后と皇太后来たる
江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。
実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。
膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる