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第13話 そして闇に。
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「奥様、お嬢様です!」
そう言われた途端、マドリョンカは自分の身体から力が抜けて行くのを感じていた。
四人目である。慣れていたとはいえ、さすがに数年おきに確実に産む、という生活は彼女の身体を相当傷めていた。
途中に流産も数回経験している。
それでも何とかして女の子が欲しかった。次の皇帝の皇后になる娘が。
何もそこまで、とさすがに夫にすら思われているのは判っていた。だがそれでも。
皇后アリカが次々に新しいことを打ち出していく様子は父将軍から、亡くなった兄から、そして近年降嫁した桜の公主や、その伝手で知り合った令嬢や夫人から伝わってきた。そしてその都度「何故そんなことが」と思ってしまう自分が居た。
判っている。「それができる」のが皇后なのだ、と。命と引き換えくらいの勝負に出て得られる何かがあるのだと。それを忌避した異母妹は側近とはいえ女官ではないか! いや、それでも「サボン」としては相当な出世だ。皇后の側近なのだから。
だが元々のアリカがはっきり父に断っていたら? 自分にその勝負を受ける機会があったならば?
その思いはマドリョンカの中にずっとくすぶっていた。それ故に彼女は自分でなく、娘を作って、自分の代わりにしたいと思った。
夫は彼女の考えの流れをそこまで読んではいない。賢く立ち回る権力欲の強い女だと思っているだろう。そう彼女は思っていた。そしてそれはそれでいい、と。
だがどうも三人目も男子だった時、さすがに彼は「もういいんじゃないか」と言い出した。その前に二度流産し、その時も0難産だったからだ。本当に苦しかった。
だが彼女はやはり諦められなかった。最後だから、と頼み込んだ。
正直、本当に彼女の夫、イルリジーは止して欲しかった。元々は利害関係が一致した結婚だが、妻としてのマドリョンカに関しては月日が増す毎に愛情が増していくことを感じていたからだ。
彼女は前向きだ。彼女は愛情深い。彼女は婚家も実家も大切にする。そして何より、望んではいなかっただろう男の子達もちゃんと可愛がる。無論厳しくしつけるところはしつける。だがその一方で、溢れんがばかりの愛情を身体一杯で表現する。
笑いかけ、抱きしめ、時には振り回すくらいの。
そう、だからこそ今も子供達は、慌てて入ってきては、どうしていいのか判らなくなっているのだ。
冷えて行きそうな手を握りしめ、イルリジーは一番上の息子を待った。隣に走って、彼女の母親を、姉を、呼んできてくれるはずだ。そのひと達にもぜひ、今にも向こう側に持っていかれそうな妻をこの世界に留めて欲しいと、彼は本心から思った。
「父様」
「おとうさま」
下の子達が不安そうに自分を見つめる。寝台の上の母親まで視線が届かないのだ。
「マドリョンカ、頼む、お願いだ、この子達を置いていってしまうのか?」
声は彼女の耳に届く。だが力が入らない。少しでも気を抜くと、暗い暗い暗い闇の中にすうっと引きずり込まれそうだ。
「母様」
「おかあさま」
何とか手を動かそうとする。夫が握っているのは判る。その手で側に居るだろう子達の頭を撫でたい。そしてレク。サレクスタ。一番上の子。何かと下の子の面倒をよく見てくれている。今もどうやら自分の実家の方へ走ってくれているらしい。自分より夫に似ている。高い背、きっと大柄に育つだろう。
「母様! お祖母様と伯母様が!」
息せき切って入ってくる。
「マドリョンカ」
「ああ、どうして」
その近くで「お嬢様」の泣き声も聞こえる。大きな声だ。賢い子であって欲しいと思う。そうでなければ皇后にはなれない。皇后でなくてはいけない? いや、それは夫に任そう。もしその器でなかったなら、死ぬこともある。自分はその勝負をしたかった。だが。
ああ。
マドリョンカは自分が間違っていたことにようやく気付いた。もし皇后になれない様な子だったら自分は果たして愛することができただろうか。いや難しいだろう。自分はあまりにも期待しすぎた。
だったら自分がここで退場してしまった方がいい。おそらく。
「……母様」
「ああ、マドリョンカ、マドリョレシナ、一体どうしてこうも無理を」
レクに手をぐっと掴まれたままのシャンポンはさっと近くの医師の方を見た。
視線に気付いた彼は首を横に振る。向こう側には大量の血まみれの布。後産が上手くいかなかったのか? こちらへ、と合図をされる。
扉を閉めて、小さな声で。
「出血が多すぎました。そして心の臓が」
「どうにもならないですか?!」
医師は首を横に振った。
助からないということはもうイルリジーにも判っていた。だったら、彼はどうしてもこれは聞かなくてはならない、と思った。
「マドリョンカ、マドリョンカ、君の欲しかった女の子だ、名前を、名前をつけてくれ、君の好きな名を、欲しかった子の名を」
「なまえ……」
ようやくその言葉に彼女は反応した。そう、それだけは伝えていかなくては。
自分の様に本名と呼び名が曖昧なものではなく―――
「アルィアーシュ……」
そう言われた途端、マドリョンカは自分の身体から力が抜けて行くのを感じていた。
四人目である。慣れていたとはいえ、さすがに数年おきに確実に産む、という生活は彼女の身体を相当傷めていた。
途中に流産も数回経験している。
それでも何とかして女の子が欲しかった。次の皇帝の皇后になる娘が。
何もそこまで、とさすがに夫にすら思われているのは判っていた。だがそれでも。
皇后アリカが次々に新しいことを打ち出していく様子は父将軍から、亡くなった兄から、そして近年降嫁した桜の公主や、その伝手で知り合った令嬢や夫人から伝わってきた。そしてその都度「何故そんなことが」と思ってしまう自分が居た。
判っている。「それができる」のが皇后なのだ、と。命と引き換えくらいの勝負に出て得られる何かがあるのだと。それを忌避した異母妹は側近とはいえ女官ではないか! いや、それでも「サボン」としては相当な出世だ。皇后の側近なのだから。
だが元々のアリカがはっきり父に断っていたら? 自分にその勝負を受ける機会があったならば?
その思いはマドリョンカの中にずっとくすぶっていた。それ故に彼女は自分でなく、娘を作って、自分の代わりにしたいと思った。
夫は彼女の考えの流れをそこまで読んではいない。賢く立ち回る権力欲の強い女だと思っているだろう。そう彼女は思っていた。そしてそれはそれでいい、と。
だがどうも三人目も男子だった時、さすがに彼は「もういいんじゃないか」と言い出した。その前に二度流産し、その時も0難産だったからだ。本当に苦しかった。
だが彼女はやはり諦められなかった。最後だから、と頼み込んだ。
正直、本当に彼女の夫、イルリジーは止して欲しかった。元々は利害関係が一致した結婚だが、妻としてのマドリョンカに関しては月日が増す毎に愛情が増していくことを感じていたからだ。
彼女は前向きだ。彼女は愛情深い。彼女は婚家も実家も大切にする。そして何より、望んではいなかっただろう男の子達もちゃんと可愛がる。無論厳しくしつけるところはしつける。だがその一方で、溢れんがばかりの愛情を身体一杯で表現する。
笑いかけ、抱きしめ、時には振り回すくらいの。
そう、だからこそ今も子供達は、慌てて入ってきては、どうしていいのか判らなくなっているのだ。
冷えて行きそうな手を握りしめ、イルリジーは一番上の息子を待った。隣に走って、彼女の母親を、姉を、呼んできてくれるはずだ。そのひと達にもぜひ、今にも向こう側に持っていかれそうな妻をこの世界に留めて欲しいと、彼は本心から思った。
「父様」
「おとうさま」
下の子達が不安そうに自分を見つめる。寝台の上の母親まで視線が届かないのだ。
「マドリョンカ、頼む、お願いだ、この子達を置いていってしまうのか?」
声は彼女の耳に届く。だが力が入らない。少しでも気を抜くと、暗い暗い暗い闇の中にすうっと引きずり込まれそうだ。
「母様」
「おかあさま」
何とか手を動かそうとする。夫が握っているのは判る。その手で側に居るだろう子達の頭を撫でたい。そしてレク。サレクスタ。一番上の子。何かと下の子の面倒をよく見てくれている。今もどうやら自分の実家の方へ走ってくれているらしい。自分より夫に似ている。高い背、きっと大柄に育つだろう。
「母様! お祖母様と伯母様が!」
息せき切って入ってくる。
「マドリョンカ」
「ああ、どうして」
その近くで「お嬢様」の泣き声も聞こえる。大きな声だ。賢い子であって欲しいと思う。そうでなければ皇后にはなれない。皇后でなくてはいけない? いや、それは夫に任そう。もしその器でなかったなら、死ぬこともある。自分はその勝負をしたかった。だが。
ああ。
マドリョンカは自分が間違っていたことにようやく気付いた。もし皇后になれない様な子だったら自分は果たして愛することができただろうか。いや難しいだろう。自分はあまりにも期待しすぎた。
だったら自分がここで退場してしまった方がいい。おそらく。
「……母様」
「ああ、マドリョンカ、マドリョレシナ、一体どうしてこうも無理を」
レクに手をぐっと掴まれたままのシャンポンはさっと近くの医師の方を見た。
視線に気付いた彼は首を横に振る。向こう側には大量の血まみれの布。後産が上手くいかなかったのか? こちらへ、と合図をされる。
扉を閉めて、小さな声で。
「出血が多すぎました。そして心の臓が」
「どうにもならないですか?!」
医師は首を横に振った。
助からないということはもうイルリジーにも判っていた。だったら、彼はどうしてもこれは聞かなくてはならない、と思った。
「マドリョンカ、マドリョンカ、君の欲しかった女の子だ、名前を、名前をつけてくれ、君の好きな名を、欲しかった子の名を」
「なまえ……」
ようやくその言葉に彼女は反応した。そう、それだけは伝えていかなくては。
自分の様に本名と呼び名が曖昧なものではなく―――
「アルィアーシュ……」
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