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第12話 トモレコルの三兄弟、そして。
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どん。
不意に突き飛ばされ、ラテは思わずその場にひっくり返った。
「あ! ごめん! 痛かった!?」
明るい声で振り返った少年は即座にラテのもとに寄ると肩をぐいと持って立ち上がらせた。何て力だ、とラテは思う。
「本当にごめん、今日はどうしても急ぐんだ。また今度あらためてお詫びさせて欲しい!」
そう言うと、連れていたのだろう弟らしい少年二人と学問所を飛び出していった。
「大丈夫?」
フェルリは服のほこりを払ってやりながら問いかける。
「うん。元気な奴だね」
「あー、トモレコルの三兄弟だ」
「トモレコル…… ってことは」
「うん」
フェルリは黙っていたが、つまりはラテにとっての形式上の従兄弟にあたる。ただ向こうはそのことを知らない。ラテはただのエガナの息子、フェルリの弟としてここに居るだけだ。
「確か俺達より一つ下のはずだけどな。身体がでかいから同じと思ってるんじゃないかな」
学問所は年齢関係無く、自分の学力に合った場所で授業を受ける。一つ二つ年齢の差があったところで誰も気にしない。必要なのは、「教えられたことをきちんと身につける」ことなのだ。そこに年齢は関係はない。
「だけどトモレコル家なら、わざわざ学問所に来なくても、家庭教師が来ればいいんじゃないの?」
豪商なのだ。貴族より特別な教育を受けることも多いとラテは聞いていた。
「うーん、どうなんだろう。いやそれより、お前自分のこと言えるのか?」
「あ、そっか」
そもそも自分が学問所に通っていること自体、通常では考えにくいことなのだ。ただこれは両親の考えが一致していることなので仕方がない。自分は同じ年頃の子供達との付き合いが必要なのだ、と。
「だからまあ、あの兄弟にも何かそれなりに理由はあるんだと思うよ」
「理由かあ。じゃあそれ、帰ったら聞いてみようよ。確かカリョンさんとこの店と張り合う様なところもあるとこだってこの間言ってたし」
「母さんに? そうだな」
ラテも学問所では一応エガナのことを母と呼んではいる。だがさすがにフェルリと話す時にそう呼ぶのは何となく居心地が悪いものを感じた。
*
「ただいま!」
大きく扉を開け、少年達が館に飛び込んでくる。
「母様! 生まれた?!」
「あ、声がする!」
「弟? 妹?」
「まあまあ何ですか坊ちゃん達! また勢いよく走りすぎて何度も転んでるでしょう!」
背後には大柄な女中頭が構えていた。
「まず身体を綺麗にして下さい! 奥様のところに行くにしてもそれからです!」
わかった! はーい! などと大声を上げつつ、九・七・六歳の少年達は風呂場
向かっていった。
「坊ちゃん達の身体を拭いてやるだけの湯を早く出しておくれ!」
はいっ! と奥の若い女中が声を張り上げる。
厨房では今日は食事どころではなく、湯を、ただ湯を! 沢山沸かしてきた。食事は軽く食べられるものを前日から用意していた。旦那様もそれで充分だと言っていた。
やっと必要が無くなったが、準備は充分だったから、坊達の準備など簡単である。一人が彼等の着替えを用意して駆けていく。
この館は広い。横にも縦にも。嫁いできた奥様の実家がお隣だったことから、そのすぐ近くまで別棟を伸ばしたこともあり、雨の日でも少年達が不自由することなくのびのび程走り回れる程の広さになってしまった。
その少年達は、身体を拭いてくれる乳母と女中達に「もういいよ!」とじれったそうに言いながら身体をうずうずさせていた。
彼等は見たかったのだ。四人目のきょうだいを。男か女か。
「ねえ知ってるんだろ? どっちだった?」
「それはご自分達の目でお確かめ下さい」
「ちぇっ!」
「早く行きたかったら、じっとしていて下さい!」
一番若い―――少年達と五つ六つ程度しか違わないだろう少女の言葉は容赦無い。
「あ、何かいい匂いがする!」
真ん中の少年が鼻をひくつかせる。
「これ」
「そうだよ、母様の大好きなあれだよ!」
「ということは」
顔を見合わせてるうちに、女達はてきぱきと服を着せて行く。
「はいできた! くれぐれも奥様にはそんなでかい声を張り上げないように!」
「マリャータこそ!」
「何ですって!?」
マリャータと呼ばれた少女は思わず手を振り上げるが、既に少年達はその場からするっと抜け出していた。
廊下の角をいくつか曲がって、一番お隣に近い場所。そこに彼等の母親がお産の後ゆったりと休んでいる部屋があった。
「母様!…… ?」
だがどうも様子がおかしい。
先ほどは、確か自分達を迎えた女達もどちらかというと浮かれていたはずだ。なのに、何だ。この医者達の慌てぶりは。
そして父が、母の横たわっている寝台の横に膝をついて手を取っている。
「ああ坊ちゃん方! ちょうどいいです、お隣の、坊ちゃん方のお祖母様を!」
「僕が行ってくる。お前等はここにじっとしていろ」
一番上、九つの長男はひらりと窓から飛び出すと、草原を走って行く。隣の家。柵をひらりと越えて。母の実家。そして祖母が現在住んでいるはずの。
「ミチャお祖母様!」
走り込んだ彼はどんどん、と扉を叩いて叫んだ。呼び鈴を鳴らした。
その声に横の部屋の窓が開いた。乗り出す女性は彼に問いかける。
「レク? どうしたのそんな!」
「お祖母様、お願い早く来て下さい! 母様が、マドリョンカ母様が」
「マドリョンカが?」
「お願いです、一緒に……!」
不意に突き飛ばされ、ラテは思わずその場にひっくり返った。
「あ! ごめん! 痛かった!?」
明るい声で振り返った少年は即座にラテのもとに寄ると肩をぐいと持って立ち上がらせた。何て力だ、とラテは思う。
「本当にごめん、今日はどうしても急ぐんだ。また今度あらためてお詫びさせて欲しい!」
そう言うと、連れていたのだろう弟らしい少年二人と学問所を飛び出していった。
「大丈夫?」
フェルリは服のほこりを払ってやりながら問いかける。
「うん。元気な奴だね」
「あー、トモレコルの三兄弟だ」
「トモレコル…… ってことは」
「うん」
フェルリは黙っていたが、つまりはラテにとっての形式上の従兄弟にあたる。ただ向こうはそのことを知らない。ラテはただのエガナの息子、フェルリの弟としてここに居るだけだ。
「確か俺達より一つ下のはずだけどな。身体がでかいから同じと思ってるんじゃないかな」
学問所は年齢関係無く、自分の学力に合った場所で授業を受ける。一つ二つ年齢の差があったところで誰も気にしない。必要なのは、「教えられたことをきちんと身につける」ことなのだ。そこに年齢は関係はない。
「だけどトモレコル家なら、わざわざ学問所に来なくても、家庭教師が来ればいいんじゃないの?」
豪商なのだ。貴族より特別な教育を受けることも多いとラテは聞いていた。
「うーん、どうなんだろう。いやそれより、お前自分のこと言えるのか?」
「あ、そっか」
そもそも自分が学問所に通っていること自体、通常では考えにくいことなのだ。ただこれは両親の考えが一致していることなので仕方がない。自分は同じ年頃の子供達との付き合いが必要なのだ、と。
「だからまあ、あの兄弟にも何かそれなりに理由はあるんだと思うよ」
「理由かあ。じゃあそれ、帰ったら聞いてみようよ。確かカリョンさんとこの店と張り合う様なところもあるとこだってこの間言ってたし」
「母さんに? そうだな」
ラテも学問所では一応エガナのことを母と呼んではいる。だがさすがにフェルリと話す時にそう呼ぶのは何となく居心地が悪いものを感じた。
*
「ただいま!」
大きく扉を開け、少年達が館に飛び込んでくる。
「母様! 生まれた?!」
「あ、声がする!」
「弟? 妹?」
「まあまあ何ですか坊ちゃん達! また勢いよく走りすぎて何度も転んでるでしょう!」
背後には大柄な女中頭が構えていた。
「まず身体を綺麗にして下さい! 奥様のところに行くにしてもそれからです!」
わかった! はーい! などと大声を上げつつ、九・七・六歳の少年達は風呂場
向かっていった。
「坊ちゃん達の身体を拭いてやるだけの湯を早く出しておくれ!」
はいっ! と奥の若い女中が声を張り上げる。
厨房では今日は食事どころではなく、湯を、ただ湯を! 沢山沸かしてきた。食事は軽く食べられるものを前日から用意していた。旦那様もそれで充分だと言っていた。
やっと必要が無くなったが、準備は充分だったから、坊達の準備など簡単である。一人が彼等の着替えを用意して駆けていく。
この館は広い。横にも縦にも。嫁いできた奥様の実家がお隣だったことから、そのすぐ近くまで別棟を伸ばしたこともあり、雨の日でも少年達が不自由することなくのびのび程走り回れる程の広さになってしまった。
その少年達は、身体を拭いてくれる乳母と女中達に「もういいよ!」とじれったそうに言いながら身体をうずうずさせていた。
彼等は見たかったのだ。四人目のきょうだいを。男か女か。
「ねえ知ってるんだろ? どっちだった?」
「それはご自分達の目でお確かめ下さい」
「ちぇっ!」
「早く行きたかったら、じっとしていて下さい!」
一番若い―――少年達と五つ六つ程度しか違わないだろう少女の言葉は容赦無い。
「あ、何かいい匂いがする!」
真ん中の少年が鼻をひくつかせる。
「これ」
「そうだよ、母様の大好きなあれだよ!」
「ということは」
顔を見合わせてるうちに、女達はてきぱきと服を着せて行く。
「はいできた! くれぐれも奥様にはそんなでかい声を張り上げないように!」
「マリャータこそ!」
「何ですって!?」
マリャータと呼ばれた少女は思わず手を振り上げるが、既に少年達はその場からするっと抜け出していた。
廊下の角をいくつか曲がって、一番お隣に近い場所。そこに彼等の母親がお産の後ゆったりと休んでいる部屋があった。
「母様!…… ?」
だがどうも様子がおかしい。
先ほどは、確か自分達を迎えた女達もどちらかというと浮かれていたはずだ。なのに、何だ。この医者達の慌てぶりは。
そして父が、母の横たわっている寝台の横に膝をついて手を取っている。
「ああ坊ちゃん方! ちょうどいいです、お隣の、坊ちゃん方のお祖母様を!」
「僕が行ってくる。お前等はここにじっとしていろ」
一番上、九つの長男はひらりと窓から飛び出すと、草原を走って行く。隣の家。柵をひらりと越えて。母の実家。そして祖母が現在住んでいるはずの。
「ミチャお祖母様!」
走り込んだ彼はどんどん、と扉を叩いて叫んだ。呼び鈴を鳴らした。
その声に横の部屋の窓が開いた。乗り出す女性は彼に問いかける。
「レク? どうしたのそんな!」
「お祖母様、お願い早く来て下さい! 母様が、マドリョンカ母様が」
「マドリョンカが?」
「お願いです、一緒に……!」
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