四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
上 下
14 / 38

第14話 将軍の思い

しおりを挟む
「何故そう思う?」

 将軍は問い掛ける。息子は押し黙る。啖呵を切ったはいいが、次の言葉が見つからない。
 煮え切らない態度。悪い癖だ、と将軍は思う。

「まあいい。確かに儂はほのめかした。二人が入れ替わりたいならすればいい、と」

 ウリュンは父親の顔をにらみつける。

「大した問題では無い」
「大した問題では、無いですと?」
「あれがアリカであれサボンであれ、我が家から出た娘であることに間違いはあるまい」

 それは、とウリュンは言葉を切る。
 確かにそうだ。世襲貴族の家には、娘が無くて同族の貧しい家から養女にした上で宮中に入れた例も幾つかある。

「立場を選んだのはあの娘達だ。アリカは自分の名とサヘ家と一族を捨ててでも無事に生き延びることを選び、サボンはそんなアリカに同意した――― か、それをアリカに持ちかけた。それだけのことだ」
「では――― 父上が、アリカの命を惜しんで、ということでは無いのですね」
「皇帝陛下にお世継ぎが誕生する方が先決だ。気の進まぬ娘から良い子は生まれぬ」
「しかしサボンの気持ちというものは」
「あれは儂《わし》が拾った娘だ」

 ぐっ、とウリュンは言葉に詰まる。それは事実だ。

「あれがまだ部族自身に囚われていたのを解放した娘だ。あれは、儂がどう使おうと構わんと言った。それはあれが三つの頃だ。度胸がある。それに頭もいい」
「頭が?」

 それは初耳だった。
 いや、聞いても、耳を素通りしていたかもしれない。

「アリカより、お前より、いや、お前の自慢する友人、そう、今来ていると言ったろう」
「サハヤのことですか」
「そう。ネカスチャ・サハヤ・クセチャは評判の秀才だそうだな」
「……はい」
「軍でお前と同じ暮らしをしているというのに、兵法や様々な部族の言葉だけでなく、文芸にも通じているというではないか」
「そうです」
「そう言えばもう一人、今日は来ていると言ったな。何と言ったか。あの『姓無き部族』の青年は」
「センですか。ツァイ・ツ・リュアイ・リョセン」

 上官はよく、彼の名を皮肉を込めて一度に呼ぶ。
 ツァイツリュアイリョセン、と。よく舌を噛まないものだ、とサハヤはその都度感心している。ウリュンも同様だった。だから名前の最後だけを取り、センと呼ぶ。
 呼ばれている当人は、どう呼ばれているかにはさほど関心も無い様である。
 彼はこの帝国臣民の大半が名前の上に持つ母姓も、下に置く父姓も持たない。
 いや、彼の部族がそうなのだ、とウリュンは聞いている。
 彼等は実の父母を明らかにされない。子供は皆の子供であり、部族の皆が親である。そのせいだろうか、彼等の名はひどく長いことが多い。
 意味が長いのだ、と無口な友人はぽつりぽつりとウリュンに説明したことがある。

「彼は彼で、素晴らしい武人だということだが」
「……はい」
「お前は彼等の友人として、恥ずかしくない振る舞いをすべきだ」

 つまりそれは。ウリュンは内心思う。こんな、妹や、女のことでうだうだと悩むな、ということだろうか。

「判ったら行け。お前は友人達を待たせているのだろう。本日の客人だ。客人は充分にもてなしてやるがいい」
「……はい」

 それ以外、ウリュンには何も言えなかった。



 扉が閉まると、将軍はふう、と息をつく。
 長男は、跡取りの息子は、彼にとっては悩みの種だった。
 無論最初の子であり、たった一人の男子であり、跡取り息子である。大切な、息子である。
 だが、どうしても、自分の跡取りとしては、凡庸すぎた。
 これが代々文官を勤める家や、世襲貴族、さもなくばいっそ、市井の商家にでも生まれれば良かったかもしれない。
 ―――が、あいにく彼が生まれてしまったのは、将軍の家なのだ。
 サヘ将軍とていつかは引退するだろう。
 その時息子はやはり武官としてある程度の位置にあって欲しいと彼は願う。
 これまで彼が築き上げてきたものを、受け継いで欲しい、と思う。武官の家が、文官として出世するというのは難しい。その武官でも、世襲貴族でない、いわゆる「成り上がり」の場合は―――

 あきらめろ。

 様々な意味を込めて、将軍は内心、息子に呼びかける。

***

 一方、息子はため息をつきながら、友人達の待つ部屋へ行こうとし―――
 扉の前に、華やかな山を見つけた。

「やめてよ、痛いってば!」
「だって見えないじゃない、もうっ」
「だから、止めましょうって、……あの……」
「あーもう。無駄無駄、こいつ等に言ったって」

 戸から漏れる光。のぞき見。彼は苦笑する。

「こらお前等、はしたないぞ」

 ふわり、ととりどりの色のりぼんが跳ね上がる。

「お兄様っ!」

 四人の妹達は兄の方を一斉に向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目は身代わりの皇后④十年後~皇后アリカの計画と皇太子ラテの不満

江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。 実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。 膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。 皇太子誕生から十年後。ちゃくちゃくと進んで行くアリカの計画だが、息子は……

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「帝国」貴族・ホロベシ男爵が流れ弾に当たり死亡。搬送する同行者のナギと大陸横断列車の個室が一緒になった「連合」の財団のぼんぼんシルベスタ・デカダ助教授は彼女に何を見るのか。 「四代目は身代わりの皇后」と同じ世界の二~三代先の時代の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目は身代わりの皇后②身近なところから~編み物で社交界は変わるか

江戸川ばた散歩
ファンタジー
何十年も後継者が出来なかった「帝国」の皇帝の世継ぎである「息子」を身ごもったサヘ将軍家の娘アリカ。そしてその側近の上級女官となったサボン。 実は元々はその立場は逆だったのだが、お互いの望みが一緒だったことで入れ替わった二人。結果として失われた部族「メ」の生き残りが皇后となり、将軍の最愛の娘はそのお付きとなった。 膨大な知識を皇后となったことでインプットされてしまった「アリカ」と、女官となったことで知り得なかった人生を歩むこととなった「サボン」の波乱と友情と日常のはなし。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...