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第14話 将軍の思い
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「何故そう思う?」
将軍は問い掛ける。息子は押し黙る。啖呵を切ったはいいが、次の言葉が見つからない。
煮え切らない態度。悪い癖だ、と将軍は思う。
「まあいい。確かに儂はほのめかした。二人が入れ替わりたいならすればいい、と」
ウリュンは父親の顔をにらみつける。
「大した問題では無い」
「大した問題では、無いですと?」
「あれがアリカであれサボンであれ、我が家から出た娘であることに間違いはあるまい」
それは、とウリュンは言葉を切る。
確かにそうだ。世襲貴族の家には、娘が無くて同族の貧しい家から養女にした上で宮中に入れた例も幾つかある。
「立場を選んだのはあの娘達だ。アリカは自分の名とサヘ家と一族を捨ててでも無事に生き延びることを選び、サボンはそんなアリカに同意した――― か、それをアリカに持ちかけた。それだけのことだ」
「では――― 父上が、アリカの命を惜しんで、ということでは無いのですね」
「皇帝陛下にお世継ぎが誕生する方が先決だ。気の進まぬ娘から良い子は生まれぬ」
「しかしサボンの気持ちというものは」
「あれは儂《わし》が拾った娘だ」
ぐっ、とウリュンは言葉に詰まる。それは事実だ。
「あれがまだ部族自身に囚われていたのを解放した娘だ。あれは、儂がどう使おうと構わんと言った。それはあれが三つの頃だ。度胸がある。それに頭もいい」
「頭が?」
それは初耳だった。
いや、聞いても、耳を素通りしていたかもしれない。
「アリカより、お前より、いや、お前の自慢する友人、そう、今来ていると言ったろう」
「サハヤのことですか」
「そう。ネカスチャ・サハヤ・クセチャは評判の秀才だそうだな」
「……はい」
「軍でお前と同じ暮らしをしているというのに、兵法や様々な部族の言葉だけでなく、文芸にも通じているというではないか」
「そうです」
「そう言えばもう一人、今日は来ていると言ったな。何と言ったか。あの『姓無き部族』の青年は」
「センですか。ツァイ・ツ・リュアイ・リョセン」
上官はよく、彼の名を皮肉を込めて一度に呼ぶ。
ツァイツリュアイリョセン、と。よく舌を噛まないものだ、とサハヤはその都度感心している。ウリュンも同様だった。だから名前の最後だけを取り、センと呼ぶ。
呼ばれている当人は、どう呼ばれているかにはさほど関心も無い様である。
彼はこの帝国臣民の大半が名前の上に持つ母姓も、下に置く父姓も持たない。
いや、彼の部族がそうなのだ、とウリュンは聞いている。
彼等は実の父母を明らかにされない。子供は皆の子供であり、部族の皆が親である。そのせいだろうか、彼等の名はひどく長いことが多い。
意味が長いのだ、と無口な友人はぽつりぽつりとウリュンに説明したことがある。
「彼は彼で、素晴らしい武人だということだが」
「……はい」
「お前は彼等の友人として、恥ずかしくない振る舞いをすべきだ」
つまりそれは。ウリュンは内心思う。こんな、妹や、女のことでうだうだと悩むな、ということだろうか。
「判ったら行け。お前は友人達を待たせているのだろう。本日の客人だ。客人は充分にもてなしてやるがいい」
「……はい」
それ以外、ウリュンには何も言えなかった。
*
扉が閉まると、将軍はふう、と息をつく。
長男は、跡取りの息子は、彼にとっては悩みの種だった。
無論最初の子であり、たった一人の男子であり、跡取り息子である。大切な、息子である。
だが、どうしても、自分の跡取りとしては、凡庸すぎた。
これが代々文官を勤める家や、世襲貴族、さもなくばいっそ、市井の商家にでも生まれれば良かったかもしれない。
―――が、あいにく彼が生まれてしまったのは、将軍の家なのだ。
サヘ将軍とていつかは引退するだろう。
その時息子はやはり武官としてある程度の位置にあって欲しいと彼は願う。
これまで彼が築き上げてきたものを、受け継いで欲しい、と思う。武官の家が、文官として出世するというのは難しい。その武官でも、世襲貴族でない、いわゆる「成り上がり」の場合は―――
あきらめろ。
様々な意味を込めて、将軍は内心、息子に呼びかける。
***
一方、息子はため息をつきながら、友人達の待つ部屋へ行こうとし―――
扉の前に、華やかな山を見つけた。
「やめてよ、痛いってば!」
「だって見えないじゃない、もうっ」
「だから、止めましょうって、……あの……」
「あーもう。無駄無駄、こいつ等に言ったって」
戸から漏れる光。のぞき見。彼は苦笑する。
「こらお前等、はしたないぞ」
ふわり、ととりどりの色のりぼんが跳ね上がる。
「お兄様っ!」
四人の妹達は兄の方を一斉に向いた。
将軍は問い掛ける。息子は押し黙る。啖呵を切ったはいいが、次の言葉が見つからない。
煮え切らない態度。悪い癖だ、と将軍は思う。
「まあいい。確かに儂はほのめかした。二人が入れ替わりたいならすればいい、と」
ウリュンは父親の顔をにらみつける。
「大した問題では無い」
「大した問題では、無いですと?」
「あれがアリカであれサボンであれ、我が家から出た娘であることに間違いはあるまい」
それは、とウリュンは言葉を切る。
確かにそうだ。世襲貴族の家には、娘が無くて同族の貧しい家から養女にした上で宮中に入れた例も幾つかある。
「立場を選んだのはあの娘達だ。アリカは自分の名とサヘ家と一族を捨ててでも無事に生き延びることを選び、サボンはそんなアリカに同意した――― か、それをアリカに持ちかけた。それだけのことだ」
「では――― 父上が、アリカの命を惜しんで、ということでは無いのですね」
「皇帝陛下にお世継ぎが誕生する方が先決だ。気の進まぬ娘から良い子は生まれぬ」
「しかしサボンの気持ちというものは」
「あれは儂《わし》が拾った娘だ」
ぐっ、とウリュンは言葉に詰まる。それは事実だ。
「あれがまだ部族自身に囚われていたのを解放した娘だ。あれは、儂がどう使おうと構わんと言った。それはあれが三つの頃だ。度胸がある。それに頭もいい」
「頭が?」
それは初耳だった。
いや、聞いても、耳を素通りしていたかもしれない。
「アリカより、お前より、いや、お前の自慢する友人、そう、今来ていると言ったろう」
「サハヤのことですか」
「そう。ネカスチャ・サハヤ・クセチャは評判の秀才だそうだな」
「……はい」
「軍でお前と同じ暮らしをしているというのに、兵法や様々な部族の言葉だけでなく、文芸にも通じているというではないか」
「そうです」
「そう言えばもう一人、今日は来ていると言ったな。何と言ったか。あの『姓無き部族』の青年は」
「センですか。ツァイ・ツ・リュアイ・リョセン」
上官はよく、彼の名を皮肉を込めて一度に呼ぶ。
ツァイツリュアイリョセン、と。よく舌を噛まないものだ、とサハヤはその都度感心している。ウリュンも同様だった。だから名前の最後だけを取り、センと呼ぶ。
呼ばれている当人は、どう呼ばれているかにはさほど関心も無い様である。
彼はこの帝国臣民の大半が名前の上に持つ母姓も、下に置く父姓も持たない。
いや、彼の部族がそうなのだ、とウリュンは聞いている。
彼等は実の父母を明らかにされない。子供は皆の子供であり、部族の皆が親である。そのせいだろうか、彼等の名はひどく長いことが多い。
意味が長いのだ、と無口な友人はぽつりぽつりとウリュンに説明したことがある。
「彼は彼で、素晴らしい武人だということだが」
「……はい」
「お前は彼等の友人として、恥ずかしくない振る舞いをすべきだ」
つまりそれは。ウリュンは内心思う。こんな、妹や、女のことでうだうだと悩むな、ということだろうか。
「判ったら行け。お前は友人達を待たせているのだろう。本日の客人だ。客人は充分にもてなしてやるがいい」
「……はい」
それ以外、ウリュンには何も言えなかった。
*
扉が閉まると、将軍はふう、と息をつく。
長男は、跡取りの息子は、彼にとっては悩みの種だった。
無論最初の子であり、たった一人の男子であり、跡取り息子である。大切な、息子である。
だが、どうしても、自分の跡取りとしては、凡庸すぎた。
これが代々文官を勤める家や、世襲貴族、さもなくばいっそ、市井の商家にでも生まれれば良かったかもしれない。
―――が、あいにく彼が生まれてしまったのは、将軍の家なのだ。
サヘ将軍とていつかは引退するだろう。
その時息子はやはり武官としてある程度の位置にあって欲しいと彼は願う。
これまで彼が築き上げてきたものを、受け継いで欲しい、と思う。武官の家が、文官として出世するというのは難しい。その武官でも、世襲貴族でない、いわゆる「成り上がり」の場合は―――
あきらめろ。
様々な意味を込めて、将軍は内心、息子に呼びかける。
***
一方、息子はため息をつきながら、友人達の待つ部屋へ行こうとし―――
扉の前に、華やかな山を見つけた。
「やめてよ、痛いってば!」
「だって見えないじゃない、もうっ」
「だから、止めましょうって、……あの……」
「あーもう。無駄無駄、こいつ等に言ったって」
戸から漏れる光。のぞき見。彼は苦笑する。
「こらお前等、はしたないぞ」
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「お兄様っ!」
四人の妹達は兄の方を一斉に向いた。
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