四代目は身代わりの皇后①発端

江戸川ばた散歩

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第9話 天井の絵

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「ああ、それはな」

 その夜。
 問い掛けたアリカに、のしかかる男は囁いた。

「呪いの絵だ」
「呪い、ですか?」
「そう、それも、二代の后の」

 二代の后。この日は眠らずに控えていたサボンは思わず聞き耳を立てる。

「二代様とおっしゃいますと、確か……」

 アリカは言葉を濁す。

「春逝《しゅんせい》皇后と称された方だ」

 そう、確かにそうだ。サボンは思う。
 帝国で今までに皇后は三人。
 初代祖帝、二代皇帝、三代武帝それぞれにたった一人づつ。
 その一人づつに、国は名を送っている。
 建国に到った戦いを皇帝と共に戦った女傑には冬闘祖后《とうとうそこう》。
 若くして自ら命を絶った二代の后には春逝皇后。
 そして地位を捨てて放浪に旅立った三代の后には風夏太后《ふうかたいこう》の名が送られている。

「これは春逝皇后・マリャフェシナ様が亡くなる前に繰り返し繰り返し詠っていた言葉に、当代の絵師カイリョーカが触発されて描いたものだ」

 カイリョーカ、と言えばサボンも知っている、三百年程昔の絵師だ。細い、あっさりとした線画を得意とし、現在でも散逸している彼の作品を求める者は多い。

「……けれど」

 少しばかり熱の籠もった声が問い返す。

「何故に、そのカイリョーカの絵を、この様な色鮮やかなうねりで隠すのでしょう?」

 あ、という声が混じった。

「それはな」

 ふふ、と薄く笑う声がする。

「隠したい。だが隠すのに惜しい。そういうものだからだ」
「隠す?」
「つづきものだ、とそなたは言ったな」

 答えは無い。

「そう、春逝皇后は確かにつづきものの題材を残したのだ」
「初耳です」
「それはそうだ。そうそう知る者は居ない。知ろうとする者も居ない」

 いや、と皇帝は微妙に言葉の端を上げた。

「見ないふりをしたいのだろう」
「え……」
「今ではほとんど知っている者は居ないはずだ。私が宮中に入った頃でも知っていたのは年輩の女官くらいなものだった」
「それは……」

 凄いわ、とサボンはふう、とため息をつく。確かにアリカは知識欲の権化の様な少女ではある。だが。
 それでもまだ、嫁いで三日目の夜なのに!
 あれだけ何やら、経験したことの無い未知の感覚に驚き、焦っている様な声を立てているというのに!
 それでも聞こうという姿勢を崩さないというのは。
 そもそもサボンはじっと控えて座ってこの様子を聞いている訳である。それだけでもう大変である。気持ちはいっぱいいっぱいなのだ。
 手には汗、唇はひきつり、眠いと思いつつその都度耳に飛び込む会話につい眠気を醒まされ。
 甘やかされて育ってきた富裕な令嬢特有の耳年増な想像力は大変なことになっていた。
 普段鉄面皮と言ってもいいくらい冷静なアリカが、あの薄い帳の中で、一糸まとわぬ姿になって、どんなところを、あの、おそれ多くも皇帝陛下に触れられているというのか。まさぐられているのか。いやそれとも。いやいやいや。
 もう大変である。
 なのに当の本人は、最初の夜に疑問に思ったことをきわめて冷静に問い掛けている。
 二日目でないあたり、冷静もいいところだ。一日かけてじっくり天井絵の観察をサボンと共にし、そのうえであたりさわりのない質問を探していたらしい。
 絵は全部で七種類あった。
 寝台の真上の絵がどうも起点らしい。
 一枚目、女は手に剣を持ち、走り出す。
 二枚目、走り出した女はふわりと崖らしい所から飛び降りる。
 三枚目で女は長棒を手に空を眺めている。
 四枚目も同じ絵だったが、女の手に長棒は無く、見つめているのは高い壁。
 五枚目で女は壁の中に入り、花に埋もれる。
 六枚目、女は手一杯の花を壁の外にばらまく。
 そして最後の七枚目は。

「もしかしたら、そなたは理解できるかもしれないな」

 皇帝はつぶやいた。



 翌朝。
 ご苦労、の言葉を残し皇帝は夜明け前にやはり戻っていった。
 ようやく仮眠をとることができる、とサボンは自分の寝台にさっさと潜り込んだ。
 そして。

「いつまで眠ってらっしゃるんですか!」

 配膳方の声で目を醒ましたのは、既に昼近くだった。
 慌てて身支度を済ませると、寝台の中、アリカは眠っていた。

「……アリカ……」

 元々の自分の名を呼びかけるのは未だに違和感はある。だが必要だ。何度か呼びかけた。だが目は開かない。揺り動かしても、すーっ、と静かな寝息を立てるだけだった。

「これは」
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